(「双樹に赤 鴉の暗」ネタバレ有)
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「はあ・・・」
どうしてこう、上手く行かないのだろう。私が何をしたというのだ。自室に閉じこもってため息をついた。 月に数回の落ち込みデー。今日の悩みは隣の席の女の子のことだ。会話がこじれて喧嘩みたいになってしまった。謝るに謝れず、うやむやなまま放課後、帰宅。本当は喧嘩なんかしたくないのに。
あーあ。明日、学校、行きたくないなあ。でも行かなきゃもっとこじれちゃいそうだなあ。なんて。
「この人なんか、いいんじゃない?」 「そうかあ?」
机に突っ伏す私の背後で、聞き覚えのない幼い声が響いた。
「え、君たち、どこから・・・!」
部屋のドアや窓は鍵までしっかり閉まっていて、開く音さえしなかった。そもそもここは2階で、窓からの侵入はできないはずだ。ドアへと続く階段の下には居間があって、今の時間ならお母さんがいるはず。気付かれずに上がってくるのは不可能。それなのにこの子達は普通にここにいて、私の背後で囁き合っている。 おかしな話だ。魔法使いでもあるまいに。
「アル、こいつはどう見たってハズレだろ」 「わからないよ。案外いけるかも」
兄弟だろうか。お揃いの茶色の髪をしているが、片方はツンツン頭、もう片方はサラサラのストレートヘアだ。
「どうだか。・・・ま、前のオッサンよりかはマシか」
聞き捨てならない台詞を吐いて、ツンツン頭で頬に傷のある少年(だ、多分)がニヤリと笑う。アルと呼ばれたストレートの少年もクスクスと。失礼な子たちだ。 女子高生とオッサン。あまり一並びにしてほしくない名称である。
「あ、コイツなんか不満げだぞ」 「仕方ないよ。この年頃の女の人は自分が一番価値のある人間だと自惚れているんだから。他人と、しかも中年のおじさんなんかと比べられるのは我慢ならないんだよ」 「へッ、傲慢だよな」 「・・・」
人を捕まえて自惚れだの傲慢だの。少年達の歯に衣着せない物言いに、私は怒るを通り越してむしろ脱力してしまった。言ってやりたいことは山ほどあるが、とりあえず先程聞きそびれたことをもう一度尋ねることにする。
「・・・あなたたち、何でここにいるの?」
二人は意外、とでもいうように顔を一瞬見合わせたが、すぐに笑顔になって私の方へ向き直った。その笑顔が妙に作為じみていて、背中に寒気を感じる。
「アンタがここにいるからだよ」 「僕たち、キミに会いに来たんだ」 「な、に、」
ぞくぞくぞく。悪寒は背中だけでなく、全身に広がった。危険を予知して脳がNGをかける。 ガブ、と呼ばれた言葉遣いの乱暴な少年がその細い指で私の腕を掴もうとするのを、ばっ、と払いのけた。指先が、ガブの胸元を掠めて仄かな柔らかさを感じる。 少年の、薄いはずの胸元に。
「あっ、」 「あ、あれ?」
ガブが短く叫ぶと共に悪寒が止んだ。緊張仕切った身体が少し緩む。 もしかすると、私は思い違いをしていたのかもしれない。
「あなた女の子、なの」 「・・・性別なんか関係ねぇだろ」
まあ、それは確かに。 でもこう、あるじゃないか。予想が裏切られた感覚とか、間違えた恥ずかしさとかさ。
「間違えてました、ごめんなさい」
ガブは、といえば、謝ったというのに何やら微妙な顔だ。アルの方は口元を手で覆ってくすくす笑っている。不機嫌なガブは、アルを横目で睨みつけて声のトーンを落とした。
「・・・アル」 「うん」 「やっぱり、ハズレだろ」 「そうだね」
残念。 微かに微笑んで、背を向ける。
「お前、命拾いしたな」 「言ってもわからないよ、ガブ」
くすくす笑う声と共に、部屋はいつもの通りになった。机も窓もドアもベッドもクローゼットも、普段見るものと何一つ変わらない。私と、からっぽの空間だけ、何だか取り残されたみたいだった。
非日常デー
(命拾いの意味さえ知らず)
20110615
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