「ねえ」と、私は不機嫌に言い放った。彼は同じように不機嫌に「なに、」と返してきた。
「いつまでそうしてるつもりなの?」
私も負けじと、先程から微塵も動こうとしない彼に不満を叩き付ける。
今、彼――閻魔は、私のすぐ目の前にいる。目と鼻の先のような距離で、しかも片方の手で私の右手を掴んでいる。因みにもう片方は彼の目のあたりを覆っていて、表情を読みにくくしていた。部屋には二人以外に誰もいなくて、何か色めいた事が起きるには絶好のシチュエーション。それなのに、1秒もあれば抱き着けるほどの距離なのに、彼はいつまで経っても動かないのだ。不満にもなる。 大体、私が不機嫌なのはともかくとしてどうして閻魔まで不機嫌にならなくてはならないのか。意味不明、理解不能、読解困難。目元を覆う掌を外してくれたらまだマシかもしれないのに。そう思って口調がますます棘を含む。―――さっさとキスでも何でもしなさいよ、じれったいな!
「まだ、」 「え?」 「ちょっと待って。まだ触れない」
触ってるじゃない、手。なんて。さすがに今は揚げ足を取るのをやめておこう。変わりに暴言ひとつ。
「・・・ヘタレ」 「知ってる」
鬼男くんにいつも言われてるもん。と、声が平淡だから、怒っているのか悲しいのか、はたまた笑っているのかもわからなかった。目はまだ隠されたままだ。
「今は駄目。あと、あと少し」 「心の準備が出来るのを待って?」 「そう」
こんな調子で、待てと言うのか。こっちは先程からずっと待っているというのに。
「・・・日が暮れちゃうわ」 「暮れてもいいじゃない」 「私はよくないの」
今日は早く帰らないと、見たいテレビがあるんだからね。
「オレテレビ以下?」 「だって、待たせてばっかなんだもん」 「・・・それは、」 「それは?」
機嫌悪く続きを促す。待たされるのは気分がよくないのだ。往生際の悪い閻魔は、しばらくあー、とかうー、とか、意味を成さない音を並べていたけれど、私が再び問いを繰り返すと観念したように両目を覆っていた掌を避けた。あらわになった瞳が私を捕らえる。
「だって、今きみに触ったら絶対我慢出来ないよ」 「なら、しなくていいじゃない。触ってよ」 「・・・テレビは?」 「・・・待たされないならテレビより閻魔」
微笑み掛ければ、苦笑いで返された。「そんなこと言って、待ったは無しだからね」なんて。 ふん、そんなこと言うはずもないでしょうが。
1秒の距離が長い
(はあ、やっと動き出した。随分長い一秒だことで。)
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