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※学パロ




 「じゃあ、買い出し係はナマエちゃんとトウヤくんね!」

そう言われた時、私の頭の中にあったのは嬉しさでも嫌悪感でも戸惑いでもなく、ただの不安感と寂しさだった。


 8月最後の日曜日、私達のクラスは親睦会と称して天体観測会をすることになった。ぼちぼち日も沈むかな?という時刻に学校へ集まり、楽しかった夏休みの思い出や、その代償に現在山積みになっている課題の話で盛り上がっていた時だ。
そろそろ何か口寂しいということで(先に買っておくという発想はなかったらしい)、飲み物や夜食を買ってくる人をじゃんけんで決めたのだ。結果は冒頭の通りである。・・・泣きたい。
あーあ、どうしてあそこでパーなんか出しちゃったの私。なんて、今更嘆いても仕方ないことなんだけど。


 一部の女の子達は「トウヤくんと買い出しなんていいなあ」と羨望の眼差しを向けて来るが、それなら是非とも代わっていただきたいのである。私だって好きで買い出し係になったわけじゃない。

別に私はトウヤくんを嫌いではないし、どちらかと言うと、・・・いや、"どちらかと"と限定しなくたって好きだ。大好きだ。
だって、何てったってトウヤくんは私の片想いの相手なんだから。どんな意味でだって好きに決まってる。

じゃあどうしてトウヤくんと一緒の買い出しが嫌なのか、と言われたら、私の答えはひとつ。「トウヤくんと二人きりになるのが苦痛だから」。二人になれば会話が続く気がしないし、それで幻滅されたらどうしようと考えたら緊張で胃が痛みそうで。

かっこよくて、でも笑顔がかわいくて、頭がよくて、運動さえも軽くこなすトウヤくん。
どこか冷めてる彼は女の子にもクールで、そこがいいって子は沢山いたけれど、私はちょっと苦手だった。優しい人がいい、なんてのはこの年頃の女の子なら一回くらいは考えたことがあるはずである。冷たくされるのが好きだなんて、そんなMじゃあるまいし。私はノーマルな趣味のごく普通の女の子です。


 ならば何故彼を好きなのか。
それは私自身にもよくわからないのだけれど、あえて例えるなら惑星と衛星みたいな感じではないだろうか。
トウヤくんには目に見えない引力があって、私はそれに釣られて引き寄せられるのだ。そして彼の周りをくるくる回る。ひたすら彼を追いかける。中心は衛星を気にしたりせず、気ままにのんびりと公転を続けるもので。私なんかに見向きもしないで自分の人生を生きる、惑星の文字通り、私を惑わせるんだ。
それって何だか悔しいな、なんてそんなことを考えていたら。



 「ナマエ?」

 少し先を歩くトウヤくんが振り向く。茶色のふわっとした髪が風に揺れた。眉間にシワを寄せて、訝しげな視線を投げてくる。

ああ、少し歩みが遅いのを気にしているのか。と、そこでやっと彼の言わんとしていることに気付いた。


 「・・・どうかした?」
 「あ・・・ごめん。歩くの遅くて」

ごまかすように小さく微笑む。

でも、それは嘘だ。
本当はただ、後ろからならいくら彼のことを見ても不審に思われないからわざと後ろを歩いてるだけ。トウヤくんに気付かれない為に隣を歩かないだけだから。


 「・・・あっそ」
 「うん」

幸いトウヤくんはそれ以上言及してこなかった。そっけないやりとりの後、トウヤくんはまた前を向いて、私はまたその後頭部を眺める。じーっと、いつかその視線で穴があいてしまうんじゃないかと思うくらいに。



 「ナマエ」

 さすがに視線を感じたのだろうか。トウヤくんがまた立ち止まる。一拍の後に振り返った彼は、じっと私の目を見つめてきた。そのダークブラウンの瞳を見つめると心臓がぎゅっと握られたような感覚に陥るから困るのだ。あまりの緊張に、喉が渇いて仕方ない。


トウヤくんが一歩、私の方へ踏み出す。私は思わず半歩、後ずさった。・・・用事がないならあまり寄らないで欲しい。衛星は惑星に近付きすぎると、その重力で壊れてしまうんだから。私も今、緊張で泣き出しそうだよ。

そんな私の願いも虚しく、トウヤくんは確実に一歩一歩と距離を詰めてくる。私もじりじりと後ろへ下がったが、何しろ速度が違う。どんどん距離がなくなり、ついには腕を捕らえられてしまった。
私を捕まえた彼はこちらを見て一言、それだけ言い放つ。


 「・・・ナマエはずるいね」
 「え?」


―――ずるい?
心の中で彼の言った言葉を反芻する。彼は今、私にずるいと言った?

 ずるいのはどっちの方だ。行動ひとつで私を振り回して、動揺させるくせに。
私の心臓が急ピッチで全身に血液を送り出す、その音は自分で分かるほどに煩い。空気すら震わせて、もしかしたらトウヤくんにも聞こえてしまうのではないかと思うくらいに。


 「ずるいのは、トウヤくんだよ」
 「俺が?」

どうして?と不思議そうに首を傾げてみせた。そんな仕種さえ彼にはよく似合っていて、それにまたどきりとしてしまう。・・・ほら、やっぱりずるいじゃない。


 「だってトウヤくん、私を振り回すよ」
 「え?」

そう言ったら今度はトウヤくんが固まる番だった。目をぱちくりさせて驚くトウヤくんなんて初めて見たからなんだか新鮮。
学校近くのコンビニまでの一本道、いつもとは違う、少しクールの崩れた彼にどうしようもなく躍らされてしまう。何だか私の公転速度が早くなった気さえする。
それなのに、彼はそれが反対だと言うのだ。


 「振り回すとか・・・それ、こっちのセリフだよ。ナマエはいつも、俺を振り回すから」
 「え、私振り回してなんかないよ。トウヤくんが私を、の間違いでしょ?」
 「そうなったらいいなとは思ってたけど、」
 「え」
 「あ?」

まだわかんない?とぶっきらぼうにため息をつく。


 「俺、ナマエのこと好きなんだよ」
 「え?!」

・・・そんなバカな。

そんなのありえないよ。だって、惑星は衛星を振り回すのが仕事のはずでしょう(あと公転と自転もだけど)。自身の強い重力で衛星を引き付けて、さ?
なのにどうして彼まで振り回されているの?びっくりして思わず大きな声を出してるしまったではないか。


 「なんで・・・?」
 「なんでって。お前は俺のことどう思ってるか知らないけど、俺はもうずっと前からナマエの一挙一動全部に影響受けてたよ」
 「・・・」
 「毎日振り回されっぱなしだ」
 「そんなの、私だって・・・」


同じ、と続けようとして、私はふとあることに気づいた。

 「あ」
 「・・・何だよ」

ふと浮かんだとある星の名前。遠い遠い場所にある、誰も住んだことのないような星の名前を思い出したのだ。
理科の時間に習ったそれは、今の私の疑問を解決してくれると思った。


 「―――ああ、そっか。カロンだったんだね」
 「は?何が」
 「ううん、こっちの話」

不思議そうな顔をするトウヤくんに気にしないで、と笑う。


 どうやら衛星は衛星でも、私は冥王星の衛星、カロンだったらしい。冥王星とお互いに回り合う、半径625kmの衛星。




 「あのね、トウヤくん。私もトウヤくんのこと好きです」



学校にある望遠鏡じゃ見えるわけないんだけど、その星を実際に見たいと思った。



カロンと冥王星

20110915

短編ボツ


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