土砂降りの窓の外を見ると、なんとなくあいつのことを思い出した。そういえば最近会っていない。私は学校を休んでいないし、あいつも来ているはずなんだけど。つくづく掴めない奴である。
いつだってそうだ。香は自由で、何かに捕われたりなんてしないし、振り回されてもくれないもの。振り回されるのは常に私で。
「・・・ばっかみたい、ね」
振り回されるだけとか、私らしくない。それだけじゃ悔しい。たまには振り回したりもしたいじゃない。香もたまには私に振り回されるべきだよ。
そう思ったらやるべきことも見えてきた。今日の放課後、急に行って驚かしてやるのだ。香のクラスはそう遠くないし、授業が終わってから走れば香が帰ってしまう前には会えるだろう。 香に会って、驚かせて。それから一緒に帰らない?と言ってやるのだ。
そっと窓の外を見れば、相変わらず土砂降りの空が少しだけ和らいだ気がした。
***
放課後。 あいつの教室を覗くと、奴はすみっこで机に座って話していた。いつもは見られない、教室での彼の顔だ(相変わらず表情は薄いが)。
彼の友達なのだろう、まわりでたくさんの男女が笑っている。その中には見知った顔もいくつかあって、でも知らない顔がほとんどで、さすが、・・・というか何と言うか。やっぱり人気者なんだなあ、と思った。なんか負けた気分。
みんな楽しそうに笑ってる。ここで声なんかかけたら明らかにKYだよ。ましてや中心にいる香に帰ろう、なんて。そんなの言える雰囲気じゃない。 今場違いなのは間違いなく私で、彼は正しい位置にいるなんてそんなことは十分にわかってる。
「――――・・・帰ろ」
彼らに気付かれないように、そっと踵を返す。が、踏み出した廊下は思いの外ワックスがきいていて。踏み締めたところがキュッ!と高い音を立てた。
「ナマエ?」
聞こえてくる香の声。どうやら気付かれたらしい。 私は思わず、その声の反対側へと駆け出した。もう、今日は何かとうまくいかない。降り止まない雨のせい、だろうか。それとも、笑っていた香のせいだろうか。
「なによ・・・っ、笑っちゃってさっ」
囲まれて、中心で、女の子もいっぱいいた。あの中の何人が香をスキなんだろう・・・って、違う!そういう話じゃなくて、もっとこう、もやもやした感情で・・・
「ナマエ!」
また聞こえた、思考回路を阻むように。彼の声だ。しかも今度はすぐ後ろ、私のすぐ近くだ。手を伸ばせば届くくらいに。
「―――待って」
声の方から伸びた手に、腕をぱしっと捕まれた。捕まった。鬼ごっこは私の負けだね。私は、できるだけ何でもないような顔で振り返った。
「・・・香。どしたの?」 自然な表情、を意識して。
「それはこっちのセリフだし。急に走るから焦ったんだけど?」
もしかして俺、なんかした?小首を傾げてみせる。些細な仕種もいちいち、さすがというか・・・似合う。ムカつく。
「ううん。ヒマだったら一緒に帰ろうかと思っただけ」
話してたからやめたの。にこりと笑う笑顔に、香が気付かなければいいのだけど。
「本当、香は人気者だね。うらやましい」 「why?俺はナマエに人気者とか、なってほしくないんだケド」 「え、何で?」
人気者の座を取られるのがイヤ?香はそんなの、気にしないと思ってたけど。
「・・・secret、言わない」 「なに、それ」 「さあ?」
曖昧な言葉で茶を濁された。ボソッと"なんで気付かないし"って聞こえた気がするけど、私そんなに頭よくないの。なんだかもやもやする。胸のあたりが気持ち悪いの。 一体、なんなんだろうね?
あ、そうだ、ナマエ。香が口を開いた。
「俺今日カサ持ってない的な。・・・入れてほしーんだけど?」 「え?今日朝から雨だったよ?」 「限界にチャレンジ」 「濡れて来たの?!・・・もう、仕方ないな」
かばん持っておいでよ。友達は?いいの?・・・そう、じゃあ行ってらっしゃーい。
かばんを取りに教室へ戻った香を見送りながら気付いた。 あれ、おかしいな?もやもやが消えちゃったよ。たった一言なのに、へんなの。
雨が降ったら会いに来て
(秘密の答えは、案外簡単に見つかるのかもしれないね?)
*** Title*ブルータス、お前もか
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