つばきの蜜
のそりと布団から這い出て、ぼんやりとした思考の中時計を確認する。なんともう昼前らしい、よく寝たもんだと思いながら、時計を棚に戻した。いまだに閉じようとする瞼を擦って、無理矢理目を覚ます。さすがにそろそろ起きなければ、それに口の中に唾液がたまって気持ちが悪い、はやく吐き出して歯を磨きたい。寝起きってどうしてやたらと唾液がたまるのだろうか、何故か目もかゆいし。寝る前に大量に水を飲んだ訳でもないのにトイレに行きたくなるのも不思議である。
ぐい、と腕を引っ張られてベッドに逆戻りする。びっくりして心臓が跳ね上がった心地がした、しかし引っ張った本人は楽しそうに笑っている。
「おはよ、柏木ちゃん」
機嫌がいいのか、無駄にいい笑顔だ。いいから離せ、という意味を込めて睨みつければ、一層笑みを深くしたので少し苛立った。相変わらず腕は彼の手に握られたままで、解放される気配はない。抗議しようにも、口内にたまった唾液のせいで話せない。飲み込めばいい話だけれど、なんというか、ちょっと気が進まない。潔癖なのだろうか。
「おはようのキス、してくれないの?」
いつの間にか腰に回された手がくすぐったい。昼間っからなに盛ってやがるいいから歯磨きに行かせてくれと言いたいが、話せないので彼の腕を引っ張った。先程よりも唾液がたまってきたような気がして気持ち悪い、あとはやくトイレに行きたい。
そんな私の様子から察したのか、ああ、ごめんごめん、なんて軽い調子で謝るけれど、腕を掴む力は変わらなかった。
「柏木ちゃん、それ飲み込まないでね」
言われなくとも、しかしどうして。無意識に眉間に皺を寄せていたらしく、指でつつかれた。そしてそのまま私の頭を片手で掴んで押さえ、有無を言わさずおはようのキスをした。意味わからん、と思いながらも好きなようにさせていると、舌をいれようとしてくるのでさすがに抵抗した。口閉じてないと溢れるじゃないか、睨みつければ相変わらず楽しそうな笑みを浮かべていて益々意味がわからなかった。
「無口な柏木ちゃんも可愛いけど、僕ははやくいつもみたいにお喋りがしたいなァ」
じゃあ洗面所に行かせてください本当勘弁してあとトイレに行かせて、と彼の顔を覗き込む。相変わらず私の頭と腰はがっちりとホールドされていて、逃げられそうもない。どうやら私は変なスイッチを押してしまったらしい。この人Sっ気あったっけ、いつも殴られてるイメージしかないのだけれど。
ちゅ、と小さくリップ音が聞こえる。ふむ、離してくれる気はないらしい、その証拠に、普段は手加減してくれるのに珍しく容赦ない。今だけは無駄に知識が豊富な神獣であることを恨む、こういった行為に関しては賞状を貰ってもいいと思う。外国にいるという淫魔のインキュバスとか、きっといい勝負だろう。くそう、後で極楽満月宛で高い買い物してやる、と心に決めた。
不意に背中を直で冷たい手にまさぐられ、口内へ生暖かい舌の侵入を許してしまう。瞬間、私の唾液は彼の口内へ流れ、それでも足りない分は私の顎を伝って落ちた。
「……はぁっ、最低、変態」
急なお泊まりで、寝巻きにと彼に借りたシャツを汚してしまった。シーツには垂れてないだろうか、ってまあ、どうせ洗うしいいか。
つう、と冷たいものが頬を伝う。なんだこれ、本当意味わからん。私は寝起きに襲われていっぱいいっぱいなんだ。
「は、はくたくさま、ひどいぃ……」
文句の一つでも言ってやろうと思ったけれど、これが精一杯だった。その気でもないのに無理矢理されて、エロ同人の女の子にでもなった気分だ。
「うわっ、ごめん、まさか泣くとは思ってなかった! そんなに嫌だった? 本当ごめんね、お詫びになんでもするから……」
「嫌とか、そういう問題じゃなくて……」
ティッシュで涙と垂れた唾液を拭いながら謝っていた白澤さまが、少し驚いたような顔をする。
「柏木ちゃん、まさか、キスだけで……?」
思い切り振りかぶって、振り下ろす。ついでに腹のあたりを蹴り飛ばす。うん、良い音だ、ちょっとスッとしたわ。
トイレに向かいながら、しばらく白澤さまと遊ぶのはやめようと決めた。台所を勝手に使ってコーヒーを淹れる。起きてきて、柏木ちゃん可愛すぎ、なんて言う彼の分のコーヒーは、とびっきり濃くしてやった。
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