主がじゃけんに抜け出た朝は

「つ、疲れた」

 私は今、天国に住む為の準備を一通り終えた帰りである。自分の行動力と度胸を褒めてやりたい。まずは住民票のようなものを取得した。通常はもっと時間がかかるらしいけれど、白澤さまが一筆書いてくれたお陰で直ぐに済んだのでホッとした。天国とはいえそういう所はしっかりしているらしい。白澤さまが住んでいるあの一帯も彼の私有地らしく、現世と同じ様な制度が整っているようだ。
 住む所も、マンションの一室を貸してもらえることになった。一人だし、ペットもいない、さらにお金は無駄にあるので、安いところを簡単に契約できた。
 高天原ショッピングモールで日用品と携帯電話を買い、今は早速契約したマンションに向かっている。人が多かったら嫌だなあ、特にがっしりした男の人がいたらどうしよう、と思っていたが、天国は平和な人ばかりで気分が悪くなる事はなかった。

「ベッド届くのは明日かー。まあでもあったかいし、タオルさえあればなんとかなるよね」

 帯の端からのろのろと鍵を出し扉を開ける。ガランとしたそこはなんとなく寂しく、早くもホームシックになりそうだった。ちなみに今着ている着物は今日買ったものだ。取り敢えず白澤さまに服を借りて出掛け、服屋で買ったものをそのまま着た。白澤さまの服は大きすぎたので、端を何度か折らねばならず、なんだかそういうファッションのようにも見えなくはなかった。ここでは現世とは違って、着物のようなものを着ている人が多いようだ。着付けはよくわからないが、元々興味もあったし、良い機会だろうと、着物や袴を何着か買い込んだ。勿論それだけではなく、動きやすそうな洋服も買っておいた。いやしかし洋服を売っている店を探すのには苦労した。キワモノ系の服を売っている店が立ち並ぶ通りに、現世から直輸入してるという洋装店を見つけた時には足が棒になっていた。どうやらあの世での洋服は、普段着というよりコスプレに近いらしい。

「意外と何とかなるものだなー」

 荷物を床に投げ出し、壁に寄り掛かって座り込む。きゅっと膝を抱え込み顔を埋める。
 もう、愛しい家族にも友達にも会えなくなるのだろうか。もう、一緒に生活することはできないのだろう。不老不死の私と八十年程の命では、あまりにも違いすぎる。なんだか、一人ぼっちで置いて行かれたような気持になってしまう。寂しいなあ。はあ、と一つ溜息を吐いて、買ったばかりの携帯を手に取る。白澤さまに携帯を買ったら連絡先を送ってほしいと、アドレスの書かれた紙を渡されていたのだ。

「こんなんでいいかな」

雲雀です。
昨晩と今朝はありがとうございました。
無事に手続き等終えることができました。
今は契約したマンションにいます。
明日またそちらへ伺いますね。

 年頃の娘のメールとしては少し素っ気ないだろうか、とも思ったが、これから上司になるのだから、こんなものかと送信ボタンを押した。さて、荷物を多少片付けようかと一つ目の袋を開けた時に、携帯から軽快な音楽が流れた。

雲雀ちゃんだね、登録しといたよー!
いやいや、気にしないでね。
そっか、良かった、心配してたんだ。本当は一緒に行ってあげたかったんだけど、ごめんね。
疲れたよね? 今日はゆっくり休んでね。
じゃあ、明日楽しみにしてるよ(*´∀`*)

 顔文字入りかよ。特に返事もいらないだろうとその辺に置き、お言葉通り今日はもう寝ることにした。皺にならないように着物を直し、袋から適当にパジャマを取り出す。やっぱり、現世が恋しいな、とは思ったけれど、口には出さないようにした。

あとでふくれている布団


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