泣いた拍子に覚めたが悔しい

 うねうねと動く二匹の蛇がこちらを見ている。コスプレにしては凝り過ぎだ。

「えーと、アタシ、お香っていうの。白澤様に頼まれたから、お世話させてもらうわねェ」

 じっと見ていると、お香と名乗った女性はにこりと微笑んで、こちらに歩み寄った。綺麗な人だ、彼女は先程の彼の奥さんか何かだろうか。いや、そもそも彼女ははたして人なのだろうか。頭には二本の角があるし、耳の先は妙にとんがっている。
鬼、という単語が頭を過ぎった。

「起こすから、じっとしていてね」

 そう言って差し出された腕は白く細く、その女性らしい形に吐き気を催す事はなかった。背中に枕を敷いてもらい、なんとか起き上がる事はできた。その優しげな表情と、実際に優しい手つきからは、鬼らしいものは感じられなかった。鬼らしさ、といっても、今まで鬼と接したことなんてないのだ、私の言う鬼らしさはあくまでイメージである。せいぜい桃太郎に出てくる鬼や節分程度しか知らない。そういえば、泣いた赤鬼という童話の鬼は優しかったっけ。
 そんな事を考えていれば、蛇と目が合って冷や汗が流れた。しかし、帯のように腰に巻きついている蛇は怖かったが、彼女自身には恐怖を抱くことはなかった。
 お香さんは脇に寄せられた椀を手に取ると、蓮華でそれを掬い、私の口元に差し出した。本当は自分で食べたいのだが、いかんせん手が震えてまともに持てやしない。

「事情はよく知らないのだけど、大変だったのねェ。酷い顔だわ、白澤様にお薬貰わないと」

 少し恥ずかしくて目を伏せながらその蓮華を咥える、成る程、美味しい。程よく冷めた茶粥をゆっくりと飲み込み、先程から気になっていた事を口にしてみる。

「はい、少し。すみません、お手を煩わせてしまって。後、気になっていたのですが、白澤さまとは……?」

 白澤とは、中国の神獣ではなかっただろうか。吉兆の報せ、また、良い為政者の前に現れると言われている。その名前が何故今出てくるのだろうか。

「アラ? 聞いてなかったかしら? さっき白衣の男の人が来たでしょう、あの方、白澤様と仰るのよ」

 お香さんは、再び茶粥を掬いながら、なんでもないようにそう告げた。頭が混乱している、ショート寸前だ。
 そんな私とは対照的に、穏やかな顔で蓮華を私の口元に運ぶ彼女を見て、不意に涙がこぼれた。この歳になって、知らない人の前で泣くなんて、情けないなあ。困らせてしまっただろうかと彼女の方を窺うと、変わらず穏やかな顔で、懐から出したハンカチで私の涙を拭い、そっと頭を撫でてくれた。知らない人なのに、妙に落ち着く。なんだろう、まるで、お姉ちゃんみたいだ。

「お香ちゃん、どう? 大丈夫?」

 扉が開いて、ちらりと三角巾が覗く。その手にはいくつかの林檎と果物ナイフが握られていた。目には心配の色が浮かんでいて、また申し訳なくなった。

「ええ、大丈夫よ。ねェ?」

 お香さんがこちらを見てにっこり微笑んだので、私は緩く頷いた。

「そっか、ありがとね」

 ほっとしたかの様にそう言うと、彼はまた柔和な笑みを浮かべた。どうやらさっきので気を遣わせてしまったらしく、彼は部屋に入って来ようとはしなかった。

「じゃあ、アタシはそろそろ行くわね。また来るわァ」

 お香さんは空になった椀を彼に渡し、ひらひらと手を振って外に出て行った。どうしようか、と扉に視線をやると、困ったような笑顔で佇む彼が居た。

「入っても、大丈夫?」

 また、緩く首を縦に振って見せる。すると彼はゆっくりと部屋に入り、遠慮がちにベッド脇まで来ると、私の了承を得てからそこに置かれた椅子に腰掛けた。

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