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 バタバタと、やけに騒がしい2、3人の人間の足音が階下から聞こえた。今日はお客様がくると、お母さんは言っていたかなあ、と思いながら階段を降りた。
 おかしい、と下の階に着いてすぐに感じた。普段とは明らかに違う雰囲気、それに物が多数壊されている。

「お父さん? お母さん? どこにいるの」

 怖くなって声をあげる。するとすぐに屋敷しもべ妖精のタバサが慌てたように、私の元へ走ってきた。

「お嬢様!声をあげてはいけません。さあこちらへ、私の手をとってください」

 ここまで慌てた様子のタバサを見るのは、私が箒から落ちた時以来だろうか。その剣幕におされて、私は頷いた。

「いい子ですね。ではしっかり握って、」

 タバサが言葉の最後まで言い終わらないうちに、奥から1人分の、いやに騒がしい足音が聞こえてきた。

「なんだ、あいつら子どもがいたのか。目の前で子どもを殺されるのは、さぞや辛いだろうなぁ」

 仮面をつけた顔を、フードですっぽりと覆った男は、そう半ば楽しそうに言いながらこちらに近づいてくる。いったい誰だろう、見覚えが無い。

「やめてください!お嬢様だけは、どうか!」

 そう叫びながら、タバサが私の前に立った。相変わらず小さくて細い彼女の体は、小刻みに震えていた。男が杖を一振りすると、タバサの体は壁まで飛ばされた。

「タバサ!」

 駆け寄ろうとしたけれど、男に髪を引っ張られ、それは叶わなかった。突然訪れたその理不尽な痛みで、目に生理的な涙が浮かぶ。

「着いて来い。さっさとしねぇと、お前の両親の死に目に会えねぇぞ? まぁ、もう死んでるかもしれねぇけどな!」

 怖い。 この人はなんなんだろう。タバサは無事だろうか。お母さんとお父さんは、どうなっているのだろうか。 私の心は、恐怖に染められた。男は私の腕を、抜けそうになる程強く引き、奥の部屋に向かった。

「おい! 向こうに子どもがいたぞ!」

 部屋に入るなり男は叫んだ。そこには、地獄が広がっていた。
 母は壁にもたれかかってぐったりと動かない。それどころか、血塗れで、そこら中に赤黒いシミができていた。父は、魔法で吊り上げられ、傷だらけで、既にボロボロだった。床には見知らぬ男が1人倒れていた。 何が起こっているというの。今日は皆で木苺狩りに行って、パイを作るんじゃなかったの。どうして、こんな。

「おい、それ以上黙ってると、娘がどうなるかわかんねぇぞ!」

 私をここへ連れてきた男が叫んだ。するとすぐに、父の顔色が変わるのが見えた。

「ハッ!あくまで娘が大事か。お前の家も、終わりだな」

 父と向かい合っていた男が、軽蔑したような声で言った。

「娘は、関係ないだろう」

 父の声は少し震えていた。お父さん、と駆け寄りたい衝動に駆られたが、男に掴まれた手が邪魔をした。

「いや? お前の血を継ぐのだろう、十分関係あると思うが」

 父の向かいに居た男も仮面をつけていて、表情はわからなかったが、その声はやはり、少し楽しそうだった。

「例の物を渡せ、ブラン家の坊ちゃんよ」

 沈黙が訪れる。母の苦しそうな息だけがいやに響いた。

「ふむ、渡さないのか?ならばこちらも然るべき態度で頼もうか」

 父と対峙していた男がそう言った瞬間、私の腕を掴んでいた男が、私に杖を向けた。

「クルーシオ!」

 瞬間、全身に激痛が走った。体がバラバラになったかのような痛み。痛い、痛い、痛い、痛い!全身を針で刺される様だ。体が熱い。襲いくる眩暈と吐き気、一瞬も止む事のない痛み。体のありとあらゆる痛覚を刺激する。このまま死ぬのだろうか。いや、いっそ死んだ方がましではないか。

「やめてくれ! わかったから、なんだって持っていけばいい、だから娘に手を出さないでくれ!」

 その声と共に、体の痛みがふっと消えた。喉が痛い、無意識のうちに叫んでいたのだろう。視界もおかしい、痛みでのたうちまわったのか、先程とは違う場所に横になっている。

「最初からそう言えばいいものを」

 また、男は楽しそうに言った。父の表情からは、何も読み取れなかった。

「まぁ、いいだろう。従ったのだから、褒美をやろう」

 男はそう言って、もう1人の男に私に杖を向けさせた。もうあの痛みは味わいたくない、怖い。

「震えてるのか? マグルの血が流れてる割に、学習能力はあるんだな。予想通り、やってやるよ。クルーシオ!」

 やめろ、と遠くで聞こえた。しかしそんな事に気を回していられる程、簡単な痛みではなかった。痛い。苦しい。頭が破裂しそうだ。ああ、いっそ破裂してしまえば楽になれるだろう。もしかして内臓はもう破裂してしまったのだろうか、酷く気持ちが悪い。指はまだ付いているらしい、踏み潰されるかの様な痛みを感じるのだから。ああ、こんなに痛いのなら、きっと死んだ方がいい。死んでしまいたい。痛い。痛い。痛い。いっそ殺して欲しい。痛い、いたい。 また、ふわりと体が痛みから解放される。同時に下品な笑い声が耳につく。

「もう、やだ。殺して……」

 叫びすぎて潰れた喉から、やっとの思いで出た言葉は、それだけだった。ふと、目があった父の顔は、今まで見たことのないものだった。

「ごめんな、ポラリス」

 そう、どこか諦めたような、愛おしむような声で言うと、父は優しい笑顔を見せた。どうして、と問う前に父は男に目線を戻し何かを告げる。するとたちまち父は解放され、自身の杖を受け取った。それと同時に私に杖を向けていた男は腕を掴むと、私を母の元へ引き倒した。「お前は母親にお別れでもするんだな、余計な事すんじゃねえぞ」
 男はそれだけ言うと、父に杖を向けた。父は男たちに杖を向けられながら、ゆっくりと杖を振り、どこからともなく小さな箱を取り出した。男はその小さな箱を小さな箱を受け取ると、途端に高笑いを始めた。

「ありがとよ、馬鹿な坊ちゃんよ。後は娘の命で借りはチャラにしてやるよ!」

「約束が違うじゃないか! それを渡せば娘には手を出さないと……」

「まさか、信じたのか? こっちも思う所は色々あるんだよ、お前が一番苦しい死に方をするのがずっと俺の夢なんだぜ。見せてくれよ」

 男が馬鹿にしたように笑い、杖を構える。するとすぐに、赤と緑の閃光が飛び交い始めた。その喧噪も、何故かずっと遠い所で起こっているような気がした。あまりにも現実味がない、受け入れられない。それでも世界は待ってくれないのだ、動かなければ置いて行かれてしまう。 私はどうすればいいのだろうか、下手すれば父の邪魔になってしまう。なんとかしてこの場を切り抜けなければならない。錯綜する思考の中、私は疲れた体に鞭打って、母の元へ体を寄せた。

「お母さん?」

血塗れだが、確かに息はしていた。

「ポラリス……生きて……」

 母は私の手をとってそう告げた。いつだって、母は自分の事より私の心配をしてくれた。なのにどうして、私は何もできないのだろう。私は、一度だけ強く抱きしめ、立ち上がった。
 助けを呼びにいこう。今の私にはそれしかできない。しかし、ちょうどその時だった。

「埒があかない、娘を殺せ!」

 不意に、緑の閃光がこちらに迫ってくるのが見えた。疲れ切ったこの体じゃあ、避けられない。

「ポラリス!」

「お嬢様危ない!」

 お父さんがこっちに駆け寄ってくる。そして、小さくて細い体が、私の目の前に飛び出した。
その体を、その二人の体を、緑の閃光が貫く。

「タバサ? どうして、タバサ、タバサ!」

 タバサは、冷たかった。私のよく知っているタバサとは違うようで、恐ろしくなった。

「お父さんは? お父さん?」

 父は、床に横たわっていた。返事をする事もなく、目を開けたまま。

「嫌だ、ああ、いや」

目の前が、真っ暗になる。
遠くで高笑いと、再びこちらに向かってアバダケダブラと叫ぶ声が聞こえた。

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