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 ベッドで寝息をたてる少女を見下ろし、唇を噛む。救えなかった。私は、救えなかったのだ。私がもっとしっかりしていれば、この少女は今日も明日も、両親と笑っていられたかもしれない。昔から、いつだって愚かで無力だった。それでも騎士団の仕事をするようになってからは、少しでも何かの役に立てているのではと思っていたが、そうでもないらしい。相変わらず、私にはなんの力もない。
 杖を振り、水とタオルを用意する。少女が目を覚ます気配はなく、寝顔はいたって穏やかだ。音をたてないように気を配りながら手近な椅子を引き寄せ、ゆっくりと腰かける。このまま時間が止まってしまえばいいのに、と秘かに願った。私には、この小さな命はあまりにも重い。それならばいっそ、目覚めることなく幸せな夢を見ている方が、私の世話になるよりずっといいのではないか。 こつん、と窓を叩く音がする。見ると茶色の梟が部屋の中を窺っていた。窓を開けてやれば遠慮がちに中に入り、手紙を括り付けられた足を差し出した。手紙を取り、水とビスケットをやれば、嬉しげに少しつついた後、音もなく飛び去っていった。 開封せずとも、それがダンブルドアからのものであることはわかった。ペーパーナイフをとり中を見れば、明日の午後にこちらを訪ねる旨が書かれていた。それまでは、出来るだけ彼女を刺激せず、休ませるようにとのことである。相変わらず起きる気配はなく、その点については心配はないだろう。コーヒーを片手に、彼女の身辺を再び洗いながら、私は日が変わるのを待った。

******

 ダンブルドアの到着まで、結局少女が目を覚ますことはなかった。仕方なく揺り起こし、声を掛ける。少し掠れた声でなされた返事は明らかに怯えていた。それにしても、様子がおかしい。妙にキョロキョロと首を動かしておりしきりに目元に手をやるのだ。

「私達は君を助けるために来た者です、安心してください」

もう一度、ゆっくりと念を押すように言えば、まるで声の主を探すかのように首と目をを動かす。まさか、と困惑の色を宿した瞳を見つめ、できるだけ落ち着いた声音で尋ねる。

「ここには貴方に危害を加えるものはありませんから、落ち着いてお話ください。もしかして、目になにか異常がありますか?」

少女は不安げな表情で唇を震わせた。その瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうで、何故か罪悪感を感じてしまう。

「な、なにも、見えないんです」 聞いたことがある。極度の緊張状態や、余りに辛い状況に直面すると、目が見えなくったり、耳が聞こえなくなる等、身体に異常をきたすことがあると。
 この少女もそうなのだろうか。そんな事を考えていると、ダンブルドアが少女にそっと歩み寄り、目を擦る手を止めさせ、穏やかな声で話し出した。

「ポラリス、久しぶりじゃの。わしのことは覚えておるか?」

少女は、相変わらず光を宿さない瞳で、あらぬ所を見つめていた。

「……ダンブルドア先生?」

震える声で呟きながら、その表情はほんの少し和らいだ。ダンブルドアも、見えていないだろうに、柔らかく微笑みながら話しかける。

「すまんが、君と話をせねばならん。君が身を寄せられる所を知っているかの? 親戚か、名付け親でもいい」

 こちらの調べでは、そういった者はいなかった。しかしもしも、内密にされている誰かがいるのであれば、その人に頼むに越したことはないだろう。 しかし調べがはずれる事はほぼあり得ないだろうと覚悟して、少女の返事を待った。

「レギュラス・ブラック」

 やはり酷く掠れた声で、それだけ答えた。どうやら私は、これから子持ちになるようだ。

「お父さんが、何かあったらその人を頼れって、この前」

 身寄りが無いことは知っていたが、まさか自分の名前が飛び出すとは思っておらず目を見開いた。子供にも言い聞かせていたということは、こうなる事は予想済みであったとでもいうのだろうか。

「ふむ、そうかそうか、ありがとう」

 ダンブルドアがにこやかに返した。それからちらりとこちらを見て、続けた。

「そうであれば、君の身元引き受け人は、ここにいる、レギュラス・ブラックという男になる。少し愛想がない所はあるじゃろうが、信用に足る男じゃ。心配することはない。君の目についても、こちらで調べておこう、心配は無用じゃ」

 目をキラキラとさせながら、そう言った。
 ベッドに小さく座っていた少女は、キョロキョロとして、その人物を探しているようだった。私は少女の目の前まで来ると、そっと肩に手をかけた。

「ここにいます」

 そう言うと、少女はそっと、肩にかかった私の手に触れ、弱々しく握った。

「ブラックさん?」

 少し恐れるかのように、遠慮がちに声をかけられた。あまり子供らしくないその態度は、どこか不気味にも、不憫にも思える。

「君はこれから一緒に住む相手を苗字で呼ぶのですか、ポラリス」

 そう言うと、不思議そうな顔をして、慌てたように口を動かした。

「レギュラス、さん?」

 私の手を握る手が震えている。子どもらしい小さな手だ。彼女の唇が震えているのを見て、できるだけ穏やかに声をかけた。

「どうしましたか?」

 なんとなく、何を聞かれるのかは予想がついた。そして、何が起こっていて、また起こるのかも何パターンか予想がついた私は、どうなってもいいように身構えた。

「私の、お母さんと、お父さんはどこですか?」

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