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「今日見た感じだと、症状は次第に進み、何年か後には有機物から無機物まで見たもの全ての記憶や感情が流れ込むようになるでしょう。そうなれば、彼女自身が耐えられなくなってしまう前に、なんらかの処置が必要です」

 向かいの椅子に座る癒師の言葉は、あんまりにも重く冷たかった。なんらかの処置、なんて言葉では濁していても、その渋い顔で嫌でも理解してしまう。要は、見えなくしてしまうのだ。そうなるまでに治療法が見つかるようにと祈る事しかできない自分に、無性に腹が立った。

 ポラリスを連れて、聖マンゴの相変わらず無愛想な受付の女性の横を通り過ぎ、診察室へ向かう。担当癒を見ると、不安げだったポラリスの表情は幾分和らいだ。幼い頃からずっと通っているのだ、きっと親しいのだろう。診察を終えると、ポラリスは助手の魔女に部屋の外へ連れ出してもらった。さて、と軽く呼吸を整え、なんとも言い難い表情の癒師を見た。そうして告げられた言葉は、真っ白なこの部屋で不自然に響いた。
ポラリスは、生まれつき特殊な魔力の流れをしていたらしい。些細な回路の違いが重なり、目にその負荷が掛かっている。そのせいで、彼女の眼球は通常とは異なった構造をとっているらしい。その為、彼女の目は常人と比べて多大な魔力を宿し、それを蓄積してしまう。

「今はまだ、目を合わせない限り何ともないようですが……。進行を抑える薬を出しておきます、受付でお待ちください」

 今の所、治す方法はない。薬で騙し騙しやっていく他ない。余分な魔力を取り除こうにも、目の根幹となる組織にまで微細に宿り、それを取り除いた結果、失明や、他の器官への影響が考えられる為、どうともできないらしい。七変化のように、体質的なものならよかったのだが、進行し、日常生活に支障が出るようになるのだ、体質では済まされない。
 ふう、と息を吐いて受付へ向かう。ここはいつもやたらと騒がしくて驚かされる。顔がイタチになっている男性とひたすらタップダンスを踊る女性の間ををすり抜け、ポラリスを引き取る。助手の魔女がずっと相手をしてくれていたらしい。

「大丈夫だったか? 後は薬を貰うだけで、すぐに帰れる」

 こっくりと頷く少女を見て、胃が痛くなった。
 ある程度育つまでは症状は出ていなかったらしい。マグルの学校へ通っていて、ある日突然、まるで開心術のように、相手の考えが見えるようになったという。その頃から暗い表情や、何か含んだような表情が増えるようになったと両親が語っていたと担当癒から聞いた。きっと何かあったのだろう、彼女の瞳の奥の翳りの原因の一つと考えてよさそうだ。
 ちらりと隣を見ると、子供向けの文庫本を熱心に読んでいた。近くの棚から取ってきたらしい、絵本や雑誌類も並んでいる。帰りは本屋にでも寄るか、と考えながら薬を受け取りに席を立つ。どうやら気付いていないらしく、未だ彼女の目は活字を追っていた。声を掛けても生返事ばかりで、余程面白いらしい。

「ポラリス、立ちなさい。置いて行くよ」

 その瞬間、今まで読んでいた本を放り出して、勢いよくがばりと立ち上がった。しまった、と思った頃にはもう遅い。彼女の瞳は怯えを孕んでゆらゆらと揺れていた。見捨てられる事に対する不安は誰しもが持っているものだが、この子はそれが強いのだ。両親に先立たれているし、無理もない。無闇にそれを刺激してはいけないと、わかっていたはずなのに、私はその意味が本当には理解できていなかったらしい。
 どうしたら伝わるのか、と逡巡しながらポラリスの目を見る。俯く彼女に跪いて目線を合わせ、影を落とす瞳を覗き込んだ。

「本当に置いて行ったりする訳がないだろう。帰りに本屋に寄るから、とりあえず今は薬を取りに行こう」

 目を逸らす事なくそこまで言えば、伝わったらしく安心したように微笑んで頷いた。私は子育て本でも買わなければいけないな、と自嘲しながら、小さな手をひいて受付へ向かった。

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