18
「レギュラス、きょうはちがうおかしもってきたんだよ」
音を立てて走ってきたかと思うと、嬉しそうに私の前に座り込んだ。相変わらず警戒心の欠片もない無邪気な笑みに苦笑してしまう。絶対にここに居るとも限らないのに、この少女はバスケットいっぱいに菓子類を詰めてきたらしい。しかし私も私だ、律儀に待っているのだから。
「ありがとう、ポラリス。私もお礼をしないといけないな」
ぱち、と両の目をまんまるに見開いた。どうやらお礼が貰えるとは頭の隅にも無かったらしい。驚いているポラリスの頭に、花冠を乗せてやった。
「わあ、すごい、きれい!」
ポラリスはきらきらとした笑顔で喜び、お姫様みたいだとはしゃいでいた。
懐かしい、家族で来た時も花冠を作った。兄となんとか形にしたそれを、母の頭の上に乗せると、照れたように笑い、2人の頭を撫でてくれたのを覚えている。今となっては遠い昔のことだけれど、褪せる事はなく、それが逆に苦しかった。
「レギュラス、ありがとう!」
そう言ってポラリスは、じっと顔を覗き込んだかと思うとそっと頭に手をやった。一瞬身構えたが、すぐにその小さな温かさに警戒心は溶けていった。
「レギュラスは、すごいね」
どうやら、撫でられているらしい。聖母の様な表情で、穢れのない手で。自分が穢れていることを責められているような心地がして、なんだか喉が渇く。
「こんなこと、誰にだってできるよ」
花冠を作ることも、殺すことも、裏切ることも。そうだ、今更ダンブルドアの下で必死で働いたって、罪が消える訳でもないのに。私はなにを焦っているのだろう。
ポラリスは撫でる手を止めずに言った。
「でも、ポラリスは、レギュラスのつくったのだからうれしいんだよ。だから、すごいの」
居場所を与えられたようで、心が弾むのがわかった。そうか、自分は居場所が欲しかったのか。その為に必死で働いていたのか。そっとポラリスの頭を撫でようとして、手は空を切った。この手で清い少女に触れていいものか。
ポラリスは、もう一度こちらの顔を覗き込むと、急に立ち上がってバスケットを手にとった。
「おなか、すいたね。きょうはたくさんもってきたよ」
にこりと笑う少女に、私は確かに癒されていた。
ポラリスと出会って2週間が過ぎた。彼女は毎日、見た目よりも量が入るバスケットを持ってやって来た。魔法で拡張してあるのだろう。どれだけ入れても重さも変わらないようだった。いつもと同じ場所で彼女が走ってくるのを待っていると、不意に上から声が聞こえた。
「レギュラス、こっち」
木の上にポラリスは居た。どうやって登ったのか、中々の高さだった。
「ねこがおりられなくてこまってたから」
眉を下げてそれだけ言った。確かに、彼女の腕には子猫が抱えられていた。子猫を助けようと無我夢中で登ったはいいが、自分も降りられなくなったという所だろう。もし、魔法が使えれば、彼女を安全に降ろす事など容易い。しかし、思うように使えない今、逆に傷つけてしまうかもしれない。
「ポラリス、動かないで、そこでじっとしていなさい」
この辺りには人は住んでいない。住んでいるのはポラリスの家族くらいだろうし、私は彼女の家を知らなかった。自身の身体で助けるしかないだろう。
「わかった、う、わ、ねこちゃん、うごかないで」
ぐらり。小さな体が揺れ、宙に投げ出された。この距離じゃあ、受け止めるのも間に合わない。しかし、彼女が地面にぶつかることはなかった。ふわり、と着地する。始めは驚いたような顔でこちらを見ていたが、すぐに何が起こったのかわかったのか笑顔になった。
「レギュラス、ありがとう」
無意識に、無我夢中で、魔法を使っていたらしい。その証拠に、手には杖が握られていた。
「ポラリス、明日からもう、ここへは来れない」
動悸がする。昨日の晩までは、浮遊呪文でさえまともに使えなかったのに。はやく、ダンブルドアの下へ行かなくては。
「そうだね。まほう、つかえるようになったもんね」
今までありがとう、と笑うポラリスは、寂しそうだった。魔法が使えなかったことを、話しただろうか。いや、そんな覚えはない。それどころか、魔法使いであることも話した覚えはない。
「あのね、ポラリス、めをみると、いろいろみえるんだ。だから、レギュラスがつらかったの、しってたよ。ごめんね、きもちわるいでしょ」
ぐるぐると回る頭で、一つの答えに辿り着く。まさか、開心術だろうか。この少女はこの年齢で開心術を扱えるのだろうか。いや、有り得ない、魔法の中でもかなり高等な技術だ。そうなれば、持って生まれた才能という可能性も無くはない。もしかしたら、人のいない田舎に住んでいるのは、それが理由の一つなのかもしれない。まだ幼い彼女は、きっとその力を使いこなせないだろう。
「レギュラス、やくそく」
寂し気な笑顔のまま、少女は続けた。どこか大人びていると思っていたが、開心術で様々な事を見てきたからなのだろう。きっと、役立つものから、見たくないものまで。
「じぶんをもっとたいせつにして。しんじゃ、だめだよ」
もう死んでしまおうかと考えていたこともばれていたようだ。なんと浅はかだったんだろう。
「約束するよ。ありがとう、ポラリス。これはお礼だ」
杖を振れば、花冠ができた。ふわりとポラリスの頭に着地すると、周りの花が蝶に変わり、思い思いに飛びまわった。花と同じで色とりどりで、あまりの鮮やかさに眩しかった。
「わあ、きれい……」
もう一度お礼を言おうとポラリスが視線を戻した時、そこにもう彼はいなかった。
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