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 さらさらと音を立てて流れる小川の畔を歩く。そういえば、ここは昔家族と来た事がある。まだ私が幼く、家族の仲が良かった頃だ。あの時と同じく、色とりどりの花が咲いて、目に痛かった。死後の国とはこんなものだろうか、と、くだらない事を考えながら座り込んだ。
 死に損ない。ふと脳裏に浮かんだ言葉はそれだった。あの洞窟で死ぬ覚悟はできていた。だが実際は、こうして生きながらえている。ロケットを手に入れる為に飲み干したあの妙な薬の作用で意識が朦朧としていた私を助け、その後匿ったのは、ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団だった。私が生きていたことが余程嬉しいのか、体を震わせるクリーチャーの顔を見ると、再び死ぬ気にもなれず、薄ぼんやりとした意識でなんとか呼吸をした。今はいわゆる命の恩人である、ダンブルドアの下で不死鳥の騎士団メンバーとして動いている。心から感謝もしているし、裏切るつもりなど毛頭ない。
 そのダンブルドアに、「魔力の流れが滞っている」と言われたのは、つい先日の事だった。確かに最近魔法が思うように使えなくなっていた。失望されるのが恐ろしくて隠していたが、全てお見通しだったようで、悲しげな笑みを浮かべていらした。

「少し、休んではどうかの。レギュラス、君はよく働いてくれているが、ちと頑張りすぎじゃ。倒れてしまっては元も子もない」

 そう言って、ダンブルドアがこの場所を手配した。確かに、あの洞窟で助けられた日から碌に休んでいなかった気がする。身体も精神もすっかり摩耗していた、それこそ疲れに気がつかない程に。
 にわかに、背後で何かが倒れるような音がした。驚いて振り返ると、そこには花に埋もれる少女がいた。見た所、3、4歳だろうか。いや、まず、この辺りに人が住んでいた事に驚きだ。近づいて、ゆっくりと抱き起こしてやると、恥ずかしそうにこちらをちらりと見上げた。

「ありがとう、ございます」

 見ると、膝から血が流れていた。転んで擦りむいたのだろう。何か厄介事に巻き込まれているような気がして、小さくため息を吐くと、少女は不安げにこちらをまたちらりと見遣った。

「そこに座りなさい。血が出ているから、手当してあげよう」

 不意に、ずっと俯いていた少女がこちらをしかと見上げた。その少しくすんだ黄色の瞳は、一瞬、こちらの顔を見ると、またすぐに伏せられた。少女は再びお礼を言うと、素直にその場に座った。いくら闇の帝王が滅んだからといって、見ず知らずの人間はもっと警戒すべきじゃないだろうかと思いながらも、応急処置をしてやった。家に帰れば親が対処するだろう。

「おにいさん、だいじょうぶ?」

 相変わらず、目を伏せたまま少女は言った。なんの事かわからず黙っていると、少女はがさがさと、持って来ていたらしいバスケットを漁り始めた。

「これ、あげる」

 差し出された小さな手には、マドレーヌとカップケーキとキャンディが乗っていた。

「かなしいときとか、しんどいときは、これたべたらげんきでるんだよ」

 こんな小さな子に心配される程、酷い顔をしていたのだろうか。少女が漁っていたバスケットに目を遣ると、中には、恐らくここで摘んだのだろう花が入っているだけだった。

「ありがとう、でも、君の食べる物が無くなってしまうから、受け取れないよ」

 そう言って返そうとすると、少女は笑顔で告げた。そのどこまでも無邪気な表情に、なんとなく罪悪感が生まれた。こんな風に笑いかけられたのはいつぶりだろうか、つまりは私が笑いかけられる価値を失って久しいのだろう。私には余りにももったいなくて、情けなくて、自嘲した。

「いいの! おなかすいてないもん。それに、あし、なおしてもらったから」

 きっと、ここで食べるつもりで持ってきたのだろうに、この少女はそれを簡単に他人に与えることができるのか。少し齧ったマドレーヌは甘かった。爽やかなオレンジの香りと、飲み下しても口に残る甘み。優しい味に胸が苦しくなる。

「おにいさん、おなまえは? わたしはポラリスっていうんだけど」

 少女は首をこてんと横に傾げながら尋ねた。一瞬怯んだが、これだけ幼い少女なら、私のことなどきっと知りもしないだろうと落ち着いて答えた。

「レギュラス、だ。ポラリスか、いい名前だね」

 それを聞くと、ポラリスは満足気に微笑んだ。そしてバスケットを持って立ち上がり、続けて尋ねた。

「レギュラス、あしたもここにきて!ぜったいだよ」

 それだけ言って、走り去って言った。それを聞いてすぐに、どうせしばらくはここに滞在するのだし、明日はこのお礼にお菓子を持ってこようと考えていた自分に、言い知れぬ気持ちの悪さを感じた。

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