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 ソファーにどっかりと座れば、無意識のうちに溜め息を吐いていた。どうして気付いてやれなかったのだろうか。彼女はまだ9歳で、あんなにも惨い両親の死を受け入れるには幼すぎた。わかっていたはずなのに、どうしてもっと気遣ってやれなかったのだろう。
 彼女の両親の葬儀に出席する為、準備をしていた時だった。部屋で眠っているポラリスを起こし、運んできた朝食を摂らせる。その後、葬儀の旨を伝え、葬式用の黒のシンプルなローブに着替えるように渡し、終わったら呼ぶように言いつけ部屋を出て自分の準備に取り掛かっていたのだが、いつまでたっても呼ぶ声がしない。心配になって見に行けば、まるで嵐が来たかのように荒れた部屋の隅で震えながら涙を流すポラリスが居た。取り乱しているのか、声を掛けてもまともな返事はかえってこなかった。渡したローブは引き裂かれてベッドの上に放り出されていた。
 すすり泣く声と、私がポラリスの名前を呼ぶ声だけが響く。やけに現実感がなく、気分が悪い。どのくらいの間続けていただろう、不意にポラリスは立ち上がり、壁伝いに歩き始めた。

「お母さん、どこにいるの?」

 震える声は痛々しく、耳を塞いでしまいたかった。覚束ない足取りで反対側の隅に来ると、そのまま壁を弱く叩き、そこに座り込んでしまった。

「お母さん、お母さん、どこにいるの」

 ぺちん、と壁を叩く音が響く。何度も、何度も。手を怪我するかもしれないからやめなさい、と止めなければと思ったが、何故か一歩も動くことができなかった。

「お父さん、助けて。暗くて、こわい」

 壁を叩く音は徐々に大きくなり、それと呼応するかのように声も大きさを増した。ついには壁を拳で殴るようになった。

「タバサ、どこなの!一人にしないで、ねぇ!」

 ガリガリと壁を引っ掻く音がする。さすがにそれは危ないだろうと慌てて歩み寄ろうとすれば、急にぴたりと動きを止めた。どうしたのかと様子を窺っていると、そのままぱたりと床に倒れこんでしまった。慌てて駆け寄り、そっと抱き起す。頬には涙の筋がいくつもでき、いまだとどまることを知らない。手は真っ赤に腫れて、爪も剥がれて血を流している。私が来る前につけたのか、首に引っ掻いたような傷があり、うっすらと血がにじんでいた。まさか、自分でやったのだろうか。

「なんでぇ、なんでなのぉ……」

 小さくぽつりと呟かれた言葉は、あまりに悲痛で不条理で、どこか叫び声にも似ていた。
 これでは葬儀どころではない、私はポラリスを半ば無理矢理にベッドに横たえ寝かし付けた。とにかく葬儀を欠席する旨と、彼女の様子をダンブルドアに伝えなればならない。私が見ている事ができないその間だけは、気は進まないが怪我をしないよう動けないように呪文をかける。
 そうして連絡を取り終え、溜息を吐きながら居間のソファに沈み込んだ。どうすれば、いいのだろう。彼女の傷はあまりにも深い、私の手に負えるのだろうか。漠然とした、薄暗い不安が募るが、そうも言っていられない。私が踏みこたえなければ共倒れだろう。強く拳を握りしめ、ポラリスの部屋へ向かう。
贖罪、だろうか。私は彼女から、己の罪から逃げてはいけない。汚れた手には価値はなく、何をも助けることは出来ないかもしれない。きっとそれでも、彼女の心を掬い取ってやらなければ。彼女の泣き叫ぶ声は、自身の犯した罪の声に似ていたのだから。

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