―― おぉ……!! 沖田があと五歳若ければ、口笛のひとつも吹いていただろう。 半脱ぎのTシャツの裾を自らめくりあげるような形で咥えている永井の姿態は、素晴らしい眺めだった。 健康的な肉付きとなだらかな筋肉の隆起とで触り心地の良さそうな胸板を飾る慎ましく愛らしい乳首は、血色の赤みを増した姿をTシャツの影からちらりと覗かせ、沖田を誘っている。あれはいつだったか、後輩たちが脱衣場で永井の腹をかわるがわる触っているので何事かと思えば『永井の腹、細いのに固いんですよー』と近くにいた供に訴えだしたので、さりげなく接近し『うん、きれいに割れてるなあ』などと気さくな先輩の軽いスキンシップを装って撫でることしかできなかった鍛えられた腹筋も、細く締まった腰と共にさあどうぞ召し上がれとばかりに眼下に晒されていた。 日頃は隊服に守られているため、存外に白さを保つ肌が上気しているのが目の保養、否、目の毒だ。 そして、羞恥に赤らんだ頬と目元、ひそめられた眉が形づくる表情は、普段の無邪気な永井からは想像もつかない艶を滲ませている。 ―― 写真……いや、録画してえぇぇ! くっそ、カメラ仕掛けておけばよかった!!! 沖田宏二等陸曹三十一才、魂の慟哭である。 これはもう自らの目に焼き付けておくしかない。唸れ俺の網膜および脳細胞!と己の身体に厳命し、沖田は右手の動きを再開しながら、素直に反応する永井の肢体をとっくりと眺めた。 「んっ……ん、ん」 布を噛み締め、きつく目を閉じて身を震わせる永井を隅々まで可愛がりたいのは山々だが、そこで戸惑わせたり怯ませたりしてはここまで来た意味がない……技に自信がないわけじゃない、気持ちの問題だ。 とにかくいかせてしまおうと、茎を包むように掴んで捏ね上げながら、シーツを掴む永井の右手に左手を重ねる。 絡めた指が、きゅうと握りこまれたことに、切なさの混じる愛おしさが込み上げた。 「永井。こっち見て」 泣きたいような気持ちで呼び、物問いたげに目を開いた永井に微笑みかける。 瞬いた目は、沖田が屹立の先端を摘むと切なげに細められた。軟らかな弾力を持つ笠の頂点、ひっきりなしに雫を垂らす縦割れを弄ってやれば、押し殺した、鼻にかかった喘ぎがそれとわかるほど高くなる。 粘い水音が立つほど溢れる先走りを棹に塗り込め、先端を苛めてやると、永井の下腹に力が籠り、丸めた爪先まで引き攣らせて背を反らせる。 「んん――……っ」 ぐっと布地を噛み締めた永井がひときわ高く甘い呻きをあげ、沖田の手の中の熱が脈打ち震えた。 とぷりと吐き出された白濁の、手に受け止め切れなかった分が平たい腹に零れ落ちる。青臭い、生々しい永井の精のにおいに、思考と身体の深い場所が熱く疼いた。 「ぁ……はぁ……」 沖田の下で、緩んだ口からTシャツの裾を離し、紅潮した顔で荒い息を繰り返す永井はこのうえなく可愛らしく、しどけなくいやらしかった。 自分の手でいかせたのだという達成感と、これで終わりかという惜しむ気持ちがない交ぜになり、沖田も吐息する。 「お疲れ、永井」 供が常備しているボックスから引き出したティッシュで、脱力しきった永井の腹を丁寧に拭ってやる――臍の窪みに溜まったものを舌で舐めとると、永井は真っ赤な顔で「う」だか「あ」だか、単音の声を出したがコメントはせず、腕で顔を隠してしまった。 このまま食っちゃいたいなあと心底から思いつつ、唾液が染みて皺になったTシャツの裾もきちんと伸ばし、下着を穿かせようと――したところで「じ、自分でやりますから!」正気づいた永井に止められてしまった。無念である。 もそもそと身支度を終えた永井は、なぜか、ベッドの上で正座をしている。 うつむき、膝の上に置いた拳が震えているのを見て、沖田は妙におだやかな内心で来るべき時がきた、と感じた。 「あ、のっ……」 押し殺した声。 ―― いいよわかってる、ノリでここまでしたけどやっぱり無理だ、俺を先輩以上には思えないっていうんだろ? それは仕方ない。なかったことにしてやればいい。 「お、俺も、しますから……沖田さんの、を……触って、いいですか」 羞恥に消え入りたいような途切れ途切れの声が、数秒、沖田の精神を涅槃に連れ去っていった。 色とりどりのお花畑が脳裏に広がる。 「永井……本気、か?」 はあはあと息が荒くなっているのが自分でわかる、ここまでしておいて何だが今の俺って相当に気持ち悪いよなぁと頭の隅っこにいる冷静な沖田が遠い目をする。 いや、それを決めるのは永井だ。 沖田の問いにこくんと頷いた永井の真剣な表情は、迷いのないものだ。 「させてください」 「そ、うか。あ、少し待ってくれ」 どこか夢を見ている気分ながら、体は的確に動いて、布団をめくったシーツの上に、部屋に干してあったバスタオルを広げる沖田をどう思っているのか……緊張に真面目な表情を保っている永井は、少なくとも引いてはいない。 「じゃあ、頼む」 部屋着の下衣を手早く押し下げ、既に痛いほどの臨戦態勢だった自身を取り出す。 瞠目した永井はしかし、目を逸らすことはせず、正座の態勢から沖田に並んで座り直し、手を伸ばしてきた。 「おっきい……」 握りこんで、無意識らしく呟いた掠れ声に、頭の芯がくらりと揺れた。 永井にしてみれば、ストレートな感想を口にしたにすぎないのだろうが、この状況ではインパクトがある。 ―― 天然ありがとう! 触れたことで胆が据わったのか、最前、沖田がしてやったように強めに扱く手つきに迷いはない。 時折、重みを増した陰嚢の表面を小指と薬指で引っ掛けるように持ち上げにくるのは永井の癖なのだろうか。沖田は快感を得ることはないが覚えておこうと、好きにさせておいた。 さっきは諦める気だったのに、もう次のことを考えている。我ながら現金だ。 深い息を吐くと、永井はちらりと沖田の表情を窺い、いっそう熱心に捏ね回してきた。 永井の呼吸も浅く、うつむいた首筋が薄く汗ばんでいる。沖田を包む掌も、触れあった二の腕も体温が高い。 きちんと穿きなおしたスウェットの布地を膨らみが押し上げているのは、沖田の興奮が伝染したのか――。 「あ……」 沖田が肩を抱くと、永井は小さく声を漏らし、あわてて口をつぐんだ。二人座るベッドのうしろ、壁の向こうは隣部屋で、当然、同僚が暮らしている。 筋肉の流れを確かめるようにゆっくりと二の腕を撫でる沖田の手は咎めず、永井は薄く開いた唇を舌で湿した。 「顔、見せて」 雄を刺激する手は止めず、沖田に言われるまま上向いた永井の頤を指先で撫で、赤みの差して濡れた唇を軽く押さえる。 情欲に浮かされた顔は、それでもどこかあどけない可愛らしさを残していて、泣かせてしまいたいと頭の隅で思った。 「沖田さん……」 指先を引き込むように柔らかな粘膜が動き、名前を呼ぶ。滑らかに濡れた口腔は、他の場所を連想させた。 甘く忙しない吐息が混ざり、睫毛の一本一本も見分けられる距離で、永井の目が瞬く。 深い場所から突き上げる衝動のまま、自然に閉じた瞼の上に口付け、肩を掴んで引き、横倒しにもつれあってベッドに倒れる。体のあいだに永井の手を挟んだまま、太股に密着した彼の熱を揺すり立てると、切迫した喘ぎがこぼれた。 「ぁんっ、う、あ、これやばい、おきたさ……んぅ」 自らも腰を揺らし、涙声で助けを求めながら自分の左手で口を塞ぐ健気な永井に、なけなしの理性が今度こそ瓦解した。 「永井、一緒に気持ちよくなろう、な」 熱の籠もった低い囁きに身を固くする永井の下肢を再び暴き、昂った互いの性器を直接触れあわせる。驚いたように腰を引くのを許さず、脊柱の付け根を押さえて再び根元まで重なり密着したものの存在感に瞼の裏が熱くなる。 腰を押さえたまま、永井の手の甲を軽く食むと、沖田を見つめる目が切なげに撓った。手のひら越しの口付けに高揚した気分で、二人ぶんの陰茎に手を添えてゆるりと腰を動かし亀頭を擦り合わせると、それだけで達してしまいそうな快感が脊柱を痺れさせる。 笠の低い永井のものは硬く張りつめていてそのぶん敏感であるらしく、ぎゅっと目を閉じた顔は可哀想なほど紅潮していた。 沖田の動きに合わせるように、ぎこちなく揺らめきだした永井の腰が、僅かなずれをもって思わぬ刺激の波を寄越す。 「く……」 沖田が小さく呻くと、永井の濡れた睫毛が震え、うっすらと目を開く。 互いの間にくちゅくちゅとあられもない水音が立つほど淫猥に腰を使っていながら、場違いなほど深い色の瞳に、つかの間見惚れた。 「おきたさん、おれ……」 あとは言葉が続かず、沖田の体に擦りよるように抱き付いてきた永井の唇を、自身の唇で覆う。 ―― キスしていいか、なんて、聞いとくべきだったよなあ。 終われば諦められるように、今のいままで我慢していたのにと節制を打ちやった我が身への呆れも、現実の快感の前では薄っぺらい。 ひどく甘く感じる唾液を舌で味わいながら、夢中で脚を絡め、腰を擦り付けあって、互いを高めていく身体の悦楽も、身を重ねているのが永井だと思えば脳の中で何倍にも膨れ上がる。 ベッドの軋みはことによると階下に聞こえているかもしれないが……対処など、意識の外に蹴り出した。 「ん、は……きもちい……」 息継ぎの合間に、舌足らずに呟く永井の可愛さに悶死しないのが我ながら謎だ。その上、もっと、とばかりに自分から沖田の唇を奪いにくるのだからこれは致死量の愛らしさである。 「永井、ながい」 好きだ大好きだ好きすぎてもう死んじまいそう。 無尽蔵にわき上がる気持ちをありったけ籠めて、歯がぶつかって頭骨に響く音をたてたのも構わずに無茶苦茶に舌を絡めて吸いながら、腰を突き上げ擦りたてる。追い込まれた永井は押し殺した喘ぎを喉奥に響かせ、濡れそぼつ雄をひくひく脈打たせて限界の近さを告げた。 重ね合わせた欲望の先端から飛沫が吹き零れる、その熱さを身に沁むように受け止めて、沖田も永井に白濁を浴びせた。 混ざりあう熱はどちらのものともつかないまま、固く抱き合った身体のあいだを滑り落ちていく。 ―― タオル敷いといて、正解。 ここまでするとは思っていなかったが。 長い余韻をもって口付けをほどくと、永井は沖田にもたれかかって全身の力を抜いた。 「……っ、はぁ、あー……」 酸欠になった肺に空気を取り込むよう低く呻く、てんで色気のない声まで可愛いと思うから末期を通り越している。 PREV NEXT |