表面は静かに凪ぎ、深い場所でうねる海の如く――詩的表現を取り払えば要するに沸々と滾り出した情欲をポーカーフェイスの底に押し込め、沖田はあくまでさりげなく椅子を立ち、顔を覆い隠したままの永井の隣に座った。
「永井。俺に好かれるのが嫌じゃなくて、俺に触られるのも平気ならさ……もう一度、抱き締めてもいいかな」
 紳士的なお伺いに対し、永井は腕を下げてちらりと沖田の顔を窺い、視線が交わると慌てて目をそらした。幾度か開閉を繰り返した口は結局、言葉を発することなく、小さな頷きが返答になる。
 ほんのり紅潮した頬にかじりつきたいのをぐっと我慢し、優しい先輩の顔を崩さずに微笑する。
「ありがとう、永井」
「え、と……立った方がいいですか」
 立ち上がりかけた永井の腕を弛く掴んで引くと、こぼれそうに瞠られた大きな目が沖田に向いた。まるきり意識されないのも弱るが、こうもがちがちに緊張されては、先に進むのも難しい。多少強引な手を使ってでも、自分のペースに持ち込みたい。
 素早く決断し、沖田は空いた片手で自分の腿を叩いた。
「ここ、座って」
 瞬きを繰り返し、沖田の顔と膝とを見比べてくる永井に、来い来いと手招く。
「沖田さんの膝に、ですか」
「永井もこのほうが緊張しないかと思ったんだけどな」
 我ながら無茶苦茶だ。普通なら引くところだが、素直な永井は「じゃあ、失礼します」と、恐る恐るの体で沖田の膝に腰を下ろした。
 腿に乗る小さく形の良い尻は、程よい密度と確かな重量をもって沖田の胸と腰を熱くする。
 安定性を欠く体を支えるように、両腕で永井の胴をホールドして深く座らせ、肩口に顎を乗せて胸と背を密着させると、「わ」と小さな声が上がった。
 体を固くしてはいるが抵抗は見せず、俯いておとなしくしている永井のうなじを嗅ぐと、爽やかな石鹸の香りがする。どうせなら訓練の後、汗だくになったところを狙いたいなどと、永井が聞いたら泣き出しそうなことを沸いた頭で考えつつ、耳の後ろ、軟らかな産毛の生え際に鼻先を擦り付けると、永井は居心地が悪そうにみじろいだ。
「お、沖田さん」
 何故だか囁きの音量に低められたひそひそ声に「ん?」と、耳の裏側に響く位置で返事を返すと永井は小さく肩をすくめた。
「くすぐったい、です」
「ぎゅってするほうがいい?」
 我ながらひどい提案をしていると思いつつ訊ねると、永井は緊張しきった様子で体を強ばらせたものの、思案の間をあけてから、首を縦に振った。
 ……まさか肯定されるとは。
 ありがたく、未だかつてないほどに密着した永井の身体を思い切り抱き締める。
―― うおおお永井永井永井、本物の永井!!
 それこそ夢にまで見たこの状況。最初で最後かもしれない、いや常識的に考えればそうなるだろう楽園の記憶を生きる糧にするために、天井知らずに上がるボルテージのまま、愛しい感触を堪能しようと力を籠め、柔らかな頭髪に頬を擦りつけてはこめかみに口付け、首筋にもキスを降らせつつ、永井の骨の動きまでわかるくらいに締めつける。
 かくして鯖折り寸前の永井から、うぐ、と色気のない呻き声が上がったので慌てて腕を緩めると、永井は酸欠ゆえか首まで赤くしてぜいぜいと喘いでいた。
「わ、悪い永井。大丈夫か?」
「問題ない、です……」
 沖田の胸にぐったりもたれかかり、涙目になっている永井かわいいやばい鎖骨噛みたい犯したい……ではなく。
 チャンスは逃さず、謝りながら永井の腕やら腹やらをここぞとばかりにさすりまくる。セクハラ?いえいえ、介抱です。
「永井があんまり可愛いからつい興奮しすぎちまったんだ、ごめんな」
「沖田さん、俺に興奮するんですか」
「してるよ、そりゃあするよ」
 即答である。
 実際、もう限界なんかとっくに超えているのだ。正直、永井の体温やら匂いやら身体の感触やらを全身全霊で堪能するのに忙しくて、先ほどから自分が何を口走っているかもよくわかっていない。
 とりあえず、永井が露骨に引いたり嫌がる素振りを見せていないので、表面上のまともさは保てているはずだ、たぶん。
「そっ、すか」
 永井は潤んだ目を瞬かせ、居心地が悪そうに足を動かした。沖田の、本日は箍が弛みがちとはいえこの状況下では驚異的な強度を保つ自制心の及ばぬところ、すなわち下半身の重要拠点が起立しつつあることを悟られているのは間違いない。
 ついでに言えば、もぞつく永井の尻肉が丁度良い具合に当たるのでますます元気になってきている。となれば――ここは、開き直る他にない。
 振り切れ寸前のテンションのまま、沖田の掌は浅く上下する永井の胸から腹をゆるゆると撫で擦り続けた。うつむき加減の永井は、なにかを耐えている風情だが……置き場に迷って自分のTシャツの裾を掴みしめていた手は、今は身体の横にだらりと垂らされ、甲は沖田の太股に触れている。次第に大胆になる沖田の手指が乳首のあたりを撫で回すたび、永井の手は指を曲げ伸ばし、沖田の脚に擦り付けられる。
 無自覚の媚態が、沖田をさらに勢い付けた。
「永井は、興奮しない?」
「っ……す、少し……」
 消え入りそうな声で、素直に応じる永井が愛しすぎて、沖田の理性の箍はさらに弛む。
「永井が嫌ならすぐやめるから、もう少し、ちゃんと触っていいか」
 こんなやり口は卑怯だと自覚しながら、飽くまでお伺いの形で問う。
「いい、です」
 予想通り頷いた永井に「無理はするなよ」と形ばかりの優しさを投げる。
「……平気です」
「わかった……じゃあ、触るからな」
 わざと意識させるように言っているのだから、我ながら性質が悪い。
 宣言してから、腹を撫でていた手をゆっくりと下げていく。臍のあたりを通り越し、鼠径部に近い下腹を円を描くようにさすると、永井の背がわずかに反った。
 とうとうぎゅっと拳をつくり、堪えている様子がなんともいじらしい。汗ばんできたうなじにちゅっと音を立てて唇を落とすと、永井は音にならない息を吐いた。
 そのまま、ゆったりとしたTシャツとスウェットの布地をひたりと張り付かせるように、永井の脚の間に手を差し込む。
 芯の通り始めた膨らみを捉えたとたんに、うろたえた声に呼ばれた。
「沖田、さん」
「やめる?」
 すこし間をあけて、今度は首を横に振る永井に安堵し、指先を滑らせて、兆したかたちを掌に収める。
―― ついに、ここまで来たのか。
 沖田の胸に、万感の思いが去来した。
 これは、男子平均サイズのイチモツでしかない。しかし、到達した者にとっては偉大な一歩である。下ネタついでにふざけて鷲掴みしたことはあれど、膝に永井を乗せた状態で可愛がるというシチュエーションを実現できる日が来るとは……夢は叶うものなのだ。
 などと感動しながらも、沖田の手は休まず動き、永井の雄を育てていった。
 持ち主同様に素直な性質らしい永井ジュニアは、軽く掴んでは強弱をつけて揉みこむ沖田の働きに応え、硬さを増していく。
 緊張と興奮とで短く吐き出される永井の呼気と、耐えられないように押し付けられる背中、その動きでずるずると滑って沖田の腿に乗り上げた尻と、落ちないように突っ張りながら、床を滑る爪先……全ての反応が初々しく、可愛らしい。
「永井、落っこちちゃうぞ」
 左腕を胴に回して引き上げながら笑い含みに囁くと、永井は荒い息の隙間で「すみません」と小さく謝罪した。
「謝らなくていいから。体勢、変えような」
 この密着体勢を捨てるのは惜しいが、正直そろそろ永井の表情をじっくり観察したい。百パーセントの下心をもって、沖田は力の入らない永井の体を寝台に横たえた。
「永井……」
 感嘆の響きを以て呼ぶ沖田を見上げる目は熱に潤んでいる。わずか浮かせた片脚を擦り合わせているのは、続けてよしのサインだろう。
「下着、汚したらまずいからな。脱がせるぞ」
 是も非も聞かず、永井の足を軽く持ち上げて下着ごとスウェットを抜く。下腹部はTシャツに被われているため、布地を押し上げたシルエットと、若々しく締まった肉の上に薄い肌がぴんと張りつめて、なんとも美味しそうな脚の付け根あたりがちらりと見えるのもたいそうそそられる。
 噛み痕のひとつもつけてやりたいが、今はともかくペースを落とさないことだ。
 両手両膝の囲いに永井を閉じ込める体勢でベッドに乗り上げた沖田を、永井は眩しそうな……実際、蛍光灯を背にしているので眩しいはずだ……目で見つめた。
「続き、するな?」
 無言のまま、微かに顎を引かれる。どこかぼうっとしたままの様子に微笑み、頭を撫でると永井の目元もやわらかくしなった。
 稚気な笑みに、心臓がきゅっと絞られる。宇宙一可愛いなんてもんじゃない、先史から未来に至るまで永井以上に愛くるしい存在は生まれ出ないと今なら断言できる。
 よし、と、膝立ちの姿勢に戻り、永井の股間に手をのばす。指先が触れたかと思うと、抵抗なく掌に収まったそれ。
 未ださらりと乾いた状態でありつつ、しっとりと肌に吸い付く滑らかさと、いわく言いがたい愛しさを呼び起こす体熱がいま、我が手のなかで息づいている。
―― これが、ナマ永井か……!!
 沖田の心の中では一個師団が地をどよもす万歳三唱をしているが、ここが目標到達地点ではない。本番はまだここからだ。
―― いや、ホンバンはしないけどな?
 いくらなんでもこの部屋では無理だ。
 暴走しそうな気持ちを落ち着けるため、くだらない突っ込みをおのれに向けつつ、沖田はそっと擦りあげる動きでもって、Tシャツの裾を永井の腹の方向にめくりあげた。
 重しをなくして仰角を増した永井のモノは風呂場で見たこともあるが、その時は当然反応していなかったし、ここまで間近にじっくりと見られるものでもなかったので、ここぞとばかりに観察する。
 沖田にもついている物であり、日常生活の中ではややもすると滑稽さを醸し出すソレも、永井のものであり、自分の施しによって元気になったかと思うと愛しさが増す。薄い色味も初々しく、永井らしい……と言ったら本人の気を害するか。しかし可愛いのだから仕方ない。
「沖田さん、あの……そんな見ないで、くださいよ」
 恥ずかしげに身じろぐ永井に、莞爾と笑いかける。
「ごめんな、早く気持ちよくなりたいよな」
「そういうわけじゃ……」
「焦らされるほうが好きとか?」
 問いかけつつ、やわやわと掌を擦りつけるように動かすと、浮いていた永井の片脚が敏感に跳ねる。永井は両肘を寝台につき、腹筋の要領で上体を浮かせて、沖田に訴えかける目を向けてきた。
 それでも、自分からは要求できない様子に、助け船を出してやる。
「永井、どうされたい?」
「う……もう少し強くしていい、です」
 頬を上気させ、文字通りの急所を沖田に握られている不安と快楽への期待とで揺れる永井の、恥じらいを含んだ初々しい応答に血が熱く沸き立ち、ベッドといわず壁といわず拳で叩きながら転げ回りたい衝動をぐっとこらえ、沖田は軽くうなずいた。
「わかった。今は永井を気持ち良くしたいんだから、してほしいことがあったら言ってくれよ」
 永井を労る気持ちに微塵も偽りはない。ないが、正直なところ永井の口からあれこれ言わせたいだけだろ?と問われたら否定はしない。
 そりゃあ言わせたいよ!!日常会話じゃ絶対に聞けないようなことを今ここで聞きたいさ!!
 実も蓋もない事を考えつつ、沖田は極力、落ち着いた表情を崩さずに手指を絡め直した。
「じゃあ、もうちょっと強くするからな」
 親指と人差し指で作った輪を狭め、竿を握りこんで扱くと、永井のものは充血を濃くし硬度と反りを増していく。露出した先端からくぷりと零れ落ちた液体が滑りを生む頃には、永井はすっかり息を上げていた。
「ふ、……ぅ、んんっ……く……」
 荒い息の下から零れる、必死に押し殺した喘ぎが、沖田の脳髄を痺れさせる。
「唇、切れちまうぞ。これでも噛んでな」
 背中側は半ばまで引き上げ、胸の側は首元までまくったTシャツの裾を口元に持っていくと、永井は言われた通りに布地を揃った歯で噛み、潤んだ目で沖田を見上げてきた。


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