お題:後輩が可愛すぎるあまりきがくるっとる沖田さんとの部屋での一晩 ※沖田さんが非常に残念、かつ、気持ち悪いです。 ※俺の後輩がこんなにかわいいの続き。 陸曹が二人の二人部屋。これが沖田の寝起きする拠点だ。 だが今夜、ここにいるのは年中「もういい年なんだから営外に出てけ」と言い合っている見飽きた顔の友人ではない。 きっちりベッドメイクされた沖田の寝台に皴を作ってはいけないと思っているのか、背筋をのばして腰を下ろしている、決して見飽きないただひとりの永井頼人陸士長。 目下、沖田が過剰な好意を注ぐ相手である。 どれくらい過剰かといえば、一言では表せない。 まず、永井の言動のひとつひとつが「なにをしてもかわいい」としか思えない。陽気な笑顔が極上なのはいうに及ばず、訓練中の凛々しい顔も良いし、生来の負けん気の強さから、体育会系の理不尽さに反抗的な態度を見せる時の膨れっ面も可愛い。沖田に諭されて反省した殊勝な様子がこれまた、沖田の心のツボをいたく刺激する。 さらに危険なのが、彼より少し背の高い沖田を上目遣いで見上げて、普段よりおとなしいはにかんだ笑顔を見せたり、忠実な犬が主人の命令を待つような物問いたげな表情でいる時だ。 あまりの愛らしさに思い切り抱き締めたくなる衝動を圧し殺し、背中を平手で叩いてやったり触り心地の良い頭を撫でるなどのギリギリ許されるスキンシップで我慢しているが、うっかり吹きこぼれそうな時は乱暴に肩を抱いたりしてごまかしてきた。 殺した衝動の行き先はといえばついうっかり永井をオカズに自慰をしてしまい思春期のガキでもあるまいしと落ち込んでみたり、とにかく筋トレをしたりと我ながら涙ぐましい。別に禁欲生活やら道ならぬ恋やらに悩んでいるわけでもないうえに中年の坂をさくさく上っている最中の三沢が自分の倍近いメニューを淡々とこなしているのはどういうことだ、あの人は連邦の化け物か、などと極めてどうでもいいことに思いを馳せてどうにか永井に向かう意識を散らす始末。 想いを届けてはいけない相手に片思いをする男というのは、時と場合によっては極度に滑稽なものである。 しかしそれでも、迂闊なことをして永井に幻滅されたり、嫌われたりするよりはよほど良い。 なにせ永井は、健康優良日本男児の代表のごとき、良い意味での平凡な猥雑さを備えてはいるがノーマルでストレートで、つまりは同性の先輩に恋愛的な意味での好意を抱くことなど期待できそうもない性質。 食堂のテレビにグラビアアイドルが映れば注視するし、飲み会で誰かが脱ぎ出せば酒杯片手に品のない罪もない野次を飛ばす。沖田のいささか馴れ馴れしすぎるスキンシップにも、面喰ったりはするもののさして意味があるように受け取っている様子はない。 そんな、どこまでも健全、かつ、ごくごく普通の青年だ。 沖田の気持ちを直球でぶつければ、良くて心に見えない壁を建設され、悪くてセクハラとパワハラのダブルスコアで亀裂が入るはず。 面倒見のよい先輩として自分を慕ってくれる永井の無邪気な笑顔が、蔑みの眼差しに変わったら心が死ぬ。絶対に立ち直れない。三十を過ぎた男は案外繊細なのだ。 ―― ここに、沖田の七転八倒を間近で見てしまっている供がいれば『お前が繊細なら世の中の八割の男は風に吹かれただけで倒れて壊れるガラス細工だ』と突っ込みを入れただろうが、彼は沖田のために席を外してくれている。持つべきは友である。 永井のすべてを自分のものにできたらどれほど幸せか、なんて、想像すると現実との差に落ち込みだすくらいには永井が好きだ。言ってしまえば愛している。 だから沖田は、かわいいかわいい永井の純粋な好意や憧れを裏切らないために、彼がいつかどこかの女にさらわれていってしまうのをあたたかく見守ってやるのは実のところ悔しいのでふさわしくない相手なら全力で妨害してやるくらいの気持ちでいた。 しかし、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、立場を踏み越えそうになってはどうにか踏みとどまり続けていたのも過去の話。 ―― 永井があまりにも可愛いので休暇をとってしまった理性さんがいなくなり、羽を伸ばした本能さんが衝動さんを焚き付けて、廊下のど真ん中で永井を抱き締め頬擦りして挙げ句のはてに(こめかみあたりにする判断力はあったものの)キスまでかましたのに、永井は嫌がらなかった。 ―― むしろ照れつつ嬉しがっていた。 沖田宏、三十一年の人生で五本の指に入る喜ばしいできごとである。 そのうち一つは永井のバディを任されたことなので、残り三つもぜひとも永井で埋めたい。 そう。 ここで退くのは男ではない。 全身全霊で押していくべきだ。きらきら輝いてすごくすべすべしているタツノオトシゴっぽい神様が頭の中で『You、やっちゃいなよ!』とサムズアップしている。 というわけで。 同室の供には遠慮してもらい、手っ取り早く永井と二人きりになれる場所、すなわち自分の部屋に連れてきたのだ。 下手を打たないために、あくまで優しく爽やかな先輩の皮をかぶったまま、かしこまっている永井に声をかける。 「楽にしていいぞ」 「はい」 頷いたものの、永井はベッドのへりに行儀よく腰掛けたまま、ジャージの膝に置いた手を軽く拳につくり、借りてきた猫のようにおとなしくしている。 対する沖田は、書き物机に備え付けの椅子に腰かけて、十五センチほど高い目線から永井をじっくりと観察中である。 売店で売っているありふれたTシャツ、すこしゆったりしたサイズを選んだのは寝間着代わりという用途上、締め付けを嫌ったのだろうが、神か悪魔の采配としか思えない。他の隊員に比べれば小兵な永井の体が余計に小さく見えて、保護欲と征服欲を同時にそそられるとともに、隠された体の線を確かめたいと思わされるのだから……沖田以外の誰かが同じことを考えていたら目潰しを食らわせてやる。 軸のおかしい沖田の思考など知るよしもない永井の視線が宙をあちこちとさ迷っているのは、普段は踏み込むことのない部屋の様子が物珍しいようだ。 沖田がじっと見ていることに気付くと、照れ笑いをするのがまたたまらない。 ―― ああ、可愛い。 もう、沖田の両腕と胸は、永井を抱き締めた時の感触を知ってしまったのだ。もう一度といわず、何度でも抱き締めて隅から隅まで撫で回したい。 もういっそのこと舐め回したい。 「で……話ってなんですか」 「ああ。話……だよな」 鉄壁のポーカーフェイスで黙ったまま不埒な妄想を脳内に展開させていると、永井のほうから切り出されてしまった。 他の上官に対するものよりはずっと、親しみを籠められている声と眼差し。それは沖田の願望ではなく、二人で積み重ねてきた時間と信頼が築いたものだ。 一歩間違えばそれを失う――テンションが上がった勢いできたものの、踏み出す間際の恐怖と決意のせめぎあいは、沖田の口を重くする。 「沖田さん、さっきから変だし……なんかあったんですか?」 気遣わしげな上目使いは最高に愛くるしい。だがそれが、率直すぎる感想の鋭い切っ先を鈍らせるわけではない。 「変、か」 むしろ変態だ。その自覚はある。 思わず、乾いた自嘲をもって繰り返すと、永井は慌てた表情で立ち上がった。 「それが悪いとかじゃないです! その、いつも相談とか、愚痴聞いてもらってるばっかりだから、俺なんかで良ければ沖田さんの役に立てたらなって……もし俺のせいで悩んでるなら、ちゃんと聞いて直しますから」 つっかえながら言い募るうちに、永井の表情は次第に落ち着き、凛々しい吊り眉がいつもの角度に戻った。 元気な良い子、を体現した真っ直ぐさと『男の子!』な顔がまた可愛い。永井はほんとに何してても可愛い、としみじみ思いながら、沖田は首を横に振った。 「お前のせいじゃない。俺の問題なんだ。だけど、永井にも関わりのある話だ。嫌な思いをさせるかもしれないけど、聞いてくれるか」 「覚悟はしてます。話してください」 逡巡は僅か。永井は背筋をのばし、力強く頷いた。 ―― まさか、こんな話だと思わないよなあ。 俺のほうはまた別の覚悟がいるんだけどね。心中にぼやき、沖田も真面目な表情をつくる。 「永井、聞いてくれ」 「はい」 「俺はお前を世界一かわいい生き物だと思ってる」 真顔で言い切ってきっかり五秒、永井の顔に巨大な「?」が浮かび上がってきたのを確認してから、言葉を続ける。 「永井の笑顔を見ると生きてて良かったと思うし、人生が輝いてるっていうのかな、体の奥から気力が溢れてくるんだ」 永井がぱちぱちと瞬かせる、短いが密に揃った睫毛には星が輝いているように見える。たとえその顔に『ちょっと意味がわかりません』と書いてあろうともだ。 「え、っと。俺は沖田さんの……ガソリンみたいなもんですか?」 混乱しながらも、なんとか沖田の告白を咀嚼しようとする真面目なところが、実にいい。 「それ以上。好きなんだよ、永井のこと」 元からくりっとしている永井の目が、さらに真ん丸く見開かれた。口までぽかんと開かれる。アヒル口、とは少し違うが中心が若干突き出し気味で、笑う時には思い切り横に広げられるなんとも愛くるしい唇は、茫然としていても魅力を失くさない。 その口に指突っ込みたい、と、軸をずらしはじめた思考を強制的に現実に戻し、沖田は真摯な紳士たらんと再度、表情を引き締めた。 「後輩としてはもちろんだけどな。いつでもさっきみたいに抱き締めて撫でて、俺のものにしたいと思ってる。でも、永井がそれを嫌がるからしたくない……それくらい可愛くて可愛くて仕方ない、大切だし大好きなんだ」 沖田の言動を好意的かつ一般常識的解釈で受けとる永井が意味を取り違えないよう、直球の念押しを加える。 永井は沖田の顔をまじまじと見つめ、たっぷり二十秒はおいてから開きっぱなしだった口を閉じた。ごくりと、容貌の幼さに反して案外立派な喉仏が上下する。 「ほんと、ですか」 「ああ。……だから言ったろ。俺の問題なんだってさ」 「沖田さん……あの、俺……その」 喉の奥で詰まったように、それ以上の言葉を出せない永井の表情は、最初の驚愕からじわじわと滲み出した困惑に取って代わる。 これだから、覚悟が必要だったのだ。 だが、堰を切ってしまったことで逆に気が軽くなる。少なくとも今のところは、永井には嫌悪や忌避の気配はない。 それを見越して踏み切ったのだから 沖田は表情を緩め、小さく首を振った。 「いきなり言われたって、困るよな」 周囲からすれば少しも「いきなり」ではないが、当の永井がまるで察していなかったのだから、彼にとってはそういうことになる。 「ごめんな」 「あ、謝らないでください。俺はそんな、困ってなんか……」 沖田が頭を下げると永井は慌ててベッドから立ち上がったものの、手を中途半端に宙に浮かせ、途方にくれた様子でいる。 「じゃあ、俺がいま、永井に触りたいって言ったら、どうする?」 沖田の問いかけに永井は再び固まり、「あ」だか「う」だか、言葉にならない声を漏らした。 な、と沖田は眉を下げて口元だけで笑んだ。 「困るだろ。……さっきも言ったけど、永井が嫌なら絶対にしない。俺みたいなおっさんが言うのはおかしいだろうけどな、永井に嫌われるのは怖いんだよ」 それは掛け値なしの本音だ。 沖田の吐露に弾かれたように、永井は両の拳を握り、勢いよくかぶりを振った。 「嫌いに、なんて、ならないです! 驚きましたけど、俺……沖田さんのこと本当に好きで、尊敬してるんで……っ!」 「好きって言ってくれるんだ」 「あっ、そういう意味じゃないです」 からかうと、狼狽えた永井の頬が一瞬で赤くなる。 「沖田さんいなかったらマジやってらんなかったと思うし、沖田さんが俺のこと好きなんて嬉し……うわ、なに言ってんだろ」 動揺しすぎて崩れた言葉使いは本来なら注意するところだが、重要なのはそこではない。 沖田に好意をもたれるのが嬉しいと、永井が明言したということだ。 つまり、オッケーだと!!! 「満更でもない?」 沖田が笑うと、永井はますます赤くなり、くうと呻いて勢いよくベッドに座り込み、片手で顔を覆ってしまった。 その初々しい様子に、沖田は内心で拳を握る。 ―― いける。 そう。 沖田宏は覚悟を決めていた。 どの道、伝えてしまえば後戻りはできないのだ。永井が本気で泣きを見せない限り、行けるところまで勢いで押し切ってしまおう、と。 NEXT |