2013/10/29
【強攻型襲い受け士長、ふたたび】 【えろくない。】
鼻に皺を寄せ、噛みついてきそうな部下に「待て」と「伏せ」をさせたい。 あいにくと今は訓練中ではないし、体育会系の縦割り序列が身に染み込んでいる永井とて、三沢が上官だからといっておとなしく引き下がる気はあるまい。 なにせ、ここは三沢の私室である。くわえて、永井は缶チューハイを三本あけて見事に出来上がった状態で三沢の腿を挟んだ膝立ちになり、三沢の肩をソファの背に押し付けているのだ。 「三沢さん」 熱っぽくぎらついた目で見据えられ、三沢は眉間にきつく皺を寄せた。 夏からこちら、三沢を執拗にストーキングしていたこの若造は、三沢に熱烈な恋情を抱いているという。 ……信じがたい、というのが正直な感想だ。過酷な訓練の日々で頭のネジが吹っ飛んだか、なにかとんでもない錯覚をしているに違いない。 そう思っても、いま、永井の求めているものが何であるかは危機感と共にひしひしと伝わってくる。 「三沢さんは、自分にいれられるのと自分にいれるのと、どっちがいいですか?」 最近どうも上の空だと思っていたが、そんなことを考えていたとは恐ろしい。 強引に頬に触れてくる手を払いのけ、永井のみぞおちに掌を当てていつでも押し退けられる構えを取る。 「お前とそういうことは、しない」 言葉の意味がわからないと跳ね付けて、実地で説明でもされてはたまらないと、きっぱり、はっきりと言いきってやったというのに。 「じゃあ、どの男とならするんですか」 なぜ、男限定なのか。 尖った問いを放つ永井の目の奥に、ちらりと殺意が見え隠れする……誰か、適当な名前を挙げたが最後、滑稽な悲劇が巻き起こりそうだ。 「誰ともしねえよ」 「右手だけがお友達ですか? そんなの寂しいですよ」 「俺の年を考えろ馬鹿」 「自分は気にしてませんから!」 「……永井、酔った勢いで男と寝て失敗したら最悪だと思わないか」 「酔った勢いってことにすれば、三沢さんも言い訳がたちますよ」 「なに?」 眉尻を立てた三沢に、永井は不敵な笑みを向ける。体を傾けた永井の鳩尾に押され、三沢の肘がソファの背にやわらかくめりこんだ。二人のあいだに落ちる影が深くなる。 「本当にいやなら、俺をここまで近付けませんよね。……自分は、三沢さんと深くつながれるんなら、どっちでもいいんです」 三沢がまばたきを三回するあいだに、永井は泣き笑いの顔をつくった。同性の上官に強引に迫っている最中にはそぐわない、頼りない表情に胸がざわめく。 「俺は、アタマとカラダのいちばん奥で、三沢さんのこと好きなんです。そこに……三沢さんを近付けたいんです。近付きたいんですよ」 三沢がなんとも答えずにいると、永井は小さく息を吐き、三沢の体にずるずるともたれかかってきた。 小柄な印象と首の細さのわりには密度が高い、骨太で肉の締まった身体が絡みつくように抱きついてくる。 「好きです」 か細い囁きに応じられないまま、永井を押しのけるはずの掌をソファの上におとして、三沢は目を閉じ、天井を仰いだ。 衣服越しに伝わる永井の体温が心地好いだなんて、相当、毒されている。
密着しているうちに興奮しだして、あらぬ場所をまさぐりにかかった永井を遠慮なく引っ叩いて引き剥がしてソファの下に放り出したのは、その四十秒後である。 玄関の外に追い出さなかったのは、子供のような顔の部下を真夜中に叩き出すほど残酷ではなかったのと、チューぐらいさせてくれたっていいじゃないですかぁと喚き出した馬鹿の頭具合が可哀想になったからであって、脈があるわけではない。 断じて、ない。
2013/11/11 【ポッキーの日な三永】
ちらちらとこちらを窺いながら、沖田に何やら耳打ちされていた永井が、頬を紅くして走ってきたかと思えば。 「三佐! ポッキーどうぞ!」 口にチョコレート菓子を咥えてこちらに向かって背伸びをしてくる。ぎゅっと瞑った瞼が痙攣していて、ひどく緊張しきった表情だ。 沖田といえば、口を押さえ、目をしならせて笑って居た。 上官にはこの方法で献上すべしだとか何とか、また後輩に大嘘を吹きこんだのだろう。俺を困惑させたいだけのあの碌でなしには呆れるが、沖田の戯言をてんから信じる永井もどういうことか。 「永井」 呼ぶと、永井の瞼から力が抜ける。薄らと目をあけて様子を見ようとするのを見計らって、棒菓子を大きく齧り取った。 狼狽した永井の顎に力が入って、ぱきんと折れた残りを飲みこむ。甘ったるい。 「残念だったなぁ、永井」 沖田の揶揄に、一段と顔を赤くした永井が怒鳴りかけた口を追いかけて、柔らかい舌に折れた菓子を押しつけてやる。 「ご馳走さま」 真ん丸く見開かれた目が零れ落ちそうだ。 ぽんと頭を叩いてやって「がんばれよ」さっさと離脱する。 口笛を吹くな、沖田。 「てめえはちょっと付き合え」 「そういうのは、永井に言ってあげましょうよ」 「仕事だよ」 「じゃなかったらお断りですけどね。いい思いさせたんだから、お手柔らかにお願いします」 睨みつけると沖田は莞爾と笑う。 この性悪に騙される馬鹿だから俺に構うのか、アレは。 消えない後味の甘さを舌で拭って、沖田のからかいの種にならないよう、頬を引き締める。
騒々しい足音と共に前に回りこんできたアレが、菓子箱を握り潰しながら「後で部屋に行っ……おうかがいしてもいいですかっ」と叫ぶに到って、俺の表情筋は持ち主の言うことを聞かなくなったが、これは、まあ、仕方ないところだ。
(箱の中でばっきばきに折れたポッキーは三佐の家で消費しました。主に永井くんが。)
2014/01/09
【擬似親子三永】 【はつもうで】
赤い車のワッペンがついたお気に入りのジャンパーだけでは寒そうで、マフラーにイヤマフに毛糸の手袋まできちんと着けさせた頼人は、しきりに「暑い」とこぼしている。 小さな神社の境内には、どこからこんなに集まるのかと問いたくなるほどの参拝客が溢れ、人いきれで蒸された子供が音をあげるのも無理はない。 「持っててやるから、帰りはちゃんと着けろよ」 三沢がマフラーを外してやって空いた首にイヤマフを引っかけた頼人は、ふはぁと気の抜けた息を吐いて、脱いだ手袋をポケットに押し込んだ。そうしてから、三沢の手を握ってくる。 三沢と目が合うと、頼人は「岳明さんをなくさないように持ってなきゃ」生意気な顔で言い、人の壁に潰されまいと三沢に身を寄せてきた。 列の進みは遅々としたものだが、賽銭箱に投げ入れられる小銭の音、打ち振られる鈴の音、乾いた空気のなかで澄む拍手の音は次第に近づいてくる。 「にはい、にはくしゅ、いちれい」 「そうだな」 三沢が教えてやった参拝の作法を復習する頼人に相槌を打つと、得意気に笑う。 「みんな、神様にお願いしに来てるの」 「初詣だからな」 「岳明さんもお願いするの」 「そのために来たんだろう」 テレビで初詣の様子を見た頼人が行きたいとせがんだので、家から近い……といっても頼人の足では片道で二十分ほどの神社まで、寒空の下をやってきたのだ。 神頼みとは無縁、不信心な三沢でもなにか願掛けをしていこうという気分にもなる。 「どんなお願いするの」 「いま考えてるよ。頼人は決まってんのか」 「……いま、考えてる」 三沢の真似をするのが最近の流行りらしい頼人は、少し悪そうな顔で応じて、三沢の指を掴む手指に力を籠めた。軽く握り返してやると、くすぐったそうな笑い声があがる。 「なかなか進まないね」 懸命に背伸びしては人波の向こうを見透かそうとする頼人のつむじを見下ろし、初めて会った時の、取り巻く世界に押し潰されかけていたような頼りない姿を思い出す。 引き取ってから二年のあいだに見違えるほど大きくなったが、頼人はまだまだ小さい子供だ。 実際のところは、願い事なんて考えてもしかたない。頼人が無事に元気でいてくれることと……頼人を守ってやれるように自分の身の安全を祈るくらいしか思い付かないのだから。 無病息災、家内安全。ありふれていて、切実な願い事だ。 ずいぶんと家族らしくなってきたものだ。皮肉でもなく思い、三沢も、ゆったりと動く列のむこうに目をやった。 これほど多くの人間が、それぞれの願い事を抱えて集まっている。それでも、頼人のことを祈ってやれるのは自分だけだ。 握った指に、軽く力を込める。 「頼人」 視線を下げた先、頼人は丸い目をまたたかせてこちらを見上げている。 「帰りに、汁粉でも食ってくか」 「うん!」 参道で見かけた看板と甘い匂いを思い出した提案につられて満面の笑顔になる頼人を現金なやつだと呆れながら、三沢も口の端を持ち上げた。 仕事柄、どうしても構ってやれない時もるだろうが――共にいられる限りは、頼人に寂しい思いはさせない。 神様には叶えられない、三沢にしかできない願いは、胸の底で静かに息づいた。
<終>
頼人くんはおしるこが嬉しいんじゃなくて三沢さんとおしるこが嬉しいし、三沢さんのことを神様にお願いするのも頼人くんだけなんだけど、三沢さんはそれがわかってない。
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