2013.05.14 【よくある。/一樹と永井】
視界の端で、並んであるく一樹がこちらの顔をじっと見つめているのがわかった。 正確には、喋っている口元を見ている。 なんだよと訊いてみたところで、なんでもないとそっぽを向かれるか、ごまかされてしまう。だから永井は、知らんふりで話を続けた。 「自転車は地元帰った時くらいしか乗らねーよ」 「あると便利だけどな」 「折り畳みってどうなんだよ。乗りにくくないの」 他愛ない話を続けながら、ちらと横目で窺った一樹は真面目くさった顔つきをしている。 ださい眼鏡、無造作といえば聞こえはいいが無頓着な髪、見るからにオタクっぽい服装と、なにより言動のせいで普段は意識しないが、一樹はたいへん整った顔をしている。 背も高いし、時には取材用の機材を抱えてあちこち歩き回るせいか、ぱっと見の印象より筋肉質ないい体をしているのも、永井は知っている。 認めたくはないが、いわゆるイケメンだ、こいつは。 ―― だから、そんなに見んなっての。 落ち着かなくなってくる。 できるだけ意識せずに会話しながら、住宅街のなか、小さな運動場と溜め池がある公園を突っ切っていくのが一樹の住むワンルームマンションへの近道なので、永井も当然のように足を進めて……しまったな、と思った。 土曜日の早朝、人気のない公園は背の高い木に囲まれていて、まだ眠っている町の視線から隔絶している。 黙りこんだ永井が左手に提げたコンビニの袋が、握り締めた拳にひっぱられてかさっと音を立てたのが合図のように、一樹が距離を詰めてきた。 腕を掴んで軽く引き、立ち止まった永井に軽く身を屈めて(これが悔しい)触れるだけのキスをする。 至近距離でまばたきをした永井に、ふわっと甘ったるい微笑をむけて、何事もなかったかのように歩き出す一樹を、半歩おくれて追いかける。 ―― 話してるあいだずっと、俺にキスしたいって、思ってただろ。 それくらい、永井だってわかる。目は口ほどに、なんて言うが一樹の視線はうるさいくらい主張が激しい。 自分たちはそういう関係なのだし、嫌な気はしない、しないが……。 今ので満足してしまったらしく機嫌のよさそうな一樹を、永井は無言で睨み付けた。 「朝飯食べたら、どっか出ようか。買い物行きたいんだろ」 「……まもる」 下の名前で呼ぶと、一樹は目をみひらいてこちらを見る……永井の表情に気づいて、すこし困った、それでいて嬉しげな顔をした。生意気でむかつく。 「わかった。買い物は夕方にしよう」 「なにがわかった。だよ、一樹のくせに」 「頼人が、さっきのじゃ足りなかったって顔してるからさ」 なにを得意げに。 しかも下の名前をさらっと呼びやがった。 ―― ああ、殺したい。 頬が赤くなっているのが自分でわかるだけに、いたたまれない。 キスをしたがってたのは一樹のほうで、永井はそんな、町中で不埒なことは考えてなかったというのに。 三週間ぶりだな、なんて意識したらもういけなかった。 「ぜんぜん足りないに決まってんだろ、ばーか」 もう、まともに顔を見られない。 「俺も。……永井不足を解消したい」 熱のこもった声音でおかしなオタクっぽい言い回しをされて、馬鹿にしたくてもできやしない。
はやく部屋に着かないかなんて、あとすこしの距離がすっかり待ち遠しくなってしまっているのだから。
(スイッチはいっちゃった永井くんと、照れおこ永井かわいーなーとデレデレな一樹。) (余裕こいてるわけでもなく、直球で天然な一樹もいいんじゃないかね。)
2013.07.01
【なんだかんだで生還一年後】
100円のカップアイスを木のスプーンでもっさもっさ食べてる永井くんと、自身が運営するオカルトブログを更新中の一樹。 明日は羽生蛇村跡地の再取材に行く旨を報告中。
「珍しいよな、永井が付き合ってくれるなんて」 「土砂崩れン時、先輩が救助に行ってたから」 「……『沖田さん』?」 そう、と頷く永井は部屋着のTシャツとハーパン姿で、相変わらずの童顔のせいで体育会系の学生にしか見えない。 しかし、沖田の思い出を語るときはいつも神妙な表情をする。 「俺らは待機で……後でいろいろ聞いたけど、きつい現場だったってさ」 永井にはそんなつもりはないだろうが、オカルト的好奇心で向かうことを批難されているようで面白くない。 「奇縁だな」 一言で片付ける。 「きえん?」 「奇妙な縁」 「俺たちのことじゃん」 笑う永井に、胸が奇妙に絞られる。永井は、そうとは口に出さずとも、未だにあの島の出来事を引きずっているが、いま傍にいるのは自分だ。 時折、自身にそう言い聞かせないと、『もう忘れろ』と口走りそうになる……永井には出来ないことだし、なにより、残酷な言葉だ。 PCをスリープにして永井の隣に座り、頭を抱え込むようにして撫でる。 「犬扱いすんなって」 文句を言いつつ、あーんと差し出されたスプーンをくわえ……ようとしたらすいと引かれた。 悪戯を成功させた悪ガキの顔でアイスを自分の口に運ぶ永井の唇を奪い、冷たく甘ったるいバニラを味わいながらソファの背と自分の身体の間に挟み込む。 薄目をあけて顔をずらし、テーブルにアイスのカップを置く……というより、投げつけて転がしてから、永井も一樹の背を抱いた。
その感触に、いっそう、胸の奥を掻き回された。
(沖田さんに密かに嫉妬し続ける一樹と、一樹が思う以上に大人だし、一樹のことをちゃんと好きな永井。)
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