【おきつね沖田さんだ。】13/05/04
たすき掛けも勇ましく、雑巾で床掃除をする永井を眺めるのは沖田の楽しみのひとつだ。 勢い良く走る元気な様子は可愛らしいし、腕を前に伸ばし腰を高くあげて雑巾に体重をかけ、床を磨きあげようとする体勢が……四つん這いで尻を突き出す格好なわけで、なんとも、そそる。 不埒きわまりない目で見られているとも知らず、永井はせっせと廊下を往復しては、袴に包まれた小振りな尻のまろやかな曲線を沖田に披露しているのである。もちろん、夫婦の閨では布地に邪魔されることなく好きなだけ眺めて触ってかじって揉んで擦り付けてあらゆる方法で味わい尽くしている尻だが、慎ましやかに隠れながら元気に躍動している光景を愛でるのはまた格別。 無意識に飛び出した耳の先をぴょこぴょこと動かしながら、沖田は捏ねれば従順に形を変える柔らかさと弾むような手応えを備えた魅惑の尻について思いを巡らせていた。 本性が狐であるだけに沖田はいわゆる後背位での性交を好むが、眼下でしっとり汗ばみ可愛らしく揺れる双丘は、早くはやくと誘って、逸る気持ちを押さえきれなくなる。 最初から深く突き入れて無茶苦茶に揺すりたててしまいたい衝動を落ち着かせるために、瑞々しく甘い香りがする永井の首筋を牙の先で甘噛みし、快感にびくつく体をあやしながら少しずつ、少しずつ屹立を埋め込んでいく。 ―― あぁ、あ……おきたさん……っ うわずって蕩けた呼び声に愛しさが募って、深い場所に入れば、高く喘いで身を捩る永井の内側が雄の楔を搾りあげて、それがまたたまらなく……。 「沖田さん、大丈夫ですか?」 怪しからん夢想に耽っていた意識を、不安げな問いが引き戻した。 さっきまで雑巾掛けしていたはずの恋女房もとい永井が、眉をひそめて沖田の顔をのぞきこんでいる。 「え、ああ……頼人。お疲れ様」 微笑を向けると、にこりと笑みを返してくるのがたまらなく可愛い。 「ぼーっとしてるから、どうしたのかと思いましたよ。ここのところ、忙しかったですもんね」 どうやら沖田がぼんやりしていたのを、疲れているせいだと解釈してくれたらしい。 一応は農耕神である沖田は、春から夏にかけてが一番忙しい時期だ。それは間違っていない。 しかしまさか、仕事に飽きたからお前の尻について思索を巡らせていましたと白状もできず、沖田は「そうだな」と頷いた。 「あいつらもへとへとみたいだし」 部屋の隅に向けた永井の視線の先では、沖田の命令を待っていた飯綱たちが三匹ほど、待ちくたびれてすやすやと眠っている。丸まって寝ているのはまだしも、はちきれそうな腹を天井に向け、短い手足をぴくぴくと痙攣させてイビキをかいているやつなどは、霊獣のはしくれの威厳もなにもない。 「マメもポチもダイフクもずっと飛び回ってて、エサの時間なんか餅丸飲みにしてましたもん」 「ダイフク……?」 「あいつらのあだなです。沖田さんは番号で呼んでるけど、どうしても覚えらんなくって」 背中に豆みたいな模様があるやつがマメ、顔が犬っぽいのがポチ、白くてまるっこいのがダイフクです、と指差す永井の、まだあどけないような屈託のない表情に見惚れて、沖田は不純な目で見ていたことを少しだけ反省した。 「三号と十七号と九号だな」 「だからそれ、覚えらんないですって。家族の一員なんだから、もっと可愛がってあげてくださいよ」 「俺にとってはポケモンと同じだからな、あいつら」 「……沖田さんの口からポケモンって言われると変な感じっすね……」 永井にわかりやすいたとえを使ったのに、微妙に引いた笑みを向けられてしまった。 「頼人は動物好きだよなぁ」 膝立ちになっていた永井の腰を抱き寄せると、小さく笑って、頭を抱かれる。沖田の髪を撫で、耳の根元をくすぐる指先は、何の神通力ももたない人間のものなのに、沖田の中のなにもかもをほどいてしまうような安らぎを与えてくれる。 狐は犬科でも決して犬ではないが、ずっと撫でられていたいくらい心地好い。 「好きですよ。犬飼ってましたし……大きな尻尾のあるお兄さんのことも、大好きでした、し」 最後のほうは恥ずかしげな小声で告げて、ぎゅっと腕に力を籠めた嫁の匂いを吸いこみつつ、沖田は永井の腰で落ち着いている手をもうちょっと下に移動させるかどうか、真剣に悩んでいた。 ―― ここで揉んだら、怒るよな……あーでも、触りたいな。 先刻、見せつけられていた尻だ。 夫婦だから構わないだろ、と結論付けて、そろりと下に動かす。 ボリュームには乏しいが十分愛らしい膨らみを袴の布ごと掴むと、 「どこ触ってんすか」 案の定、先ほどまでの可愛い頼人くんはどこに行ったのかと思うほど、低くドスの効いた声が降ってきた。 「頼人の気持ちいいところ」 果敢に揉みながら正直に答えると、耳を軽く引っ張られた。 「そういう言い方しないでくださいよ!」 逃げようとはしないあたり、言葉ほどは怒っておらず、恥ずかしがっているだけらしい。 「ずっと揉んでられそうなくらい、いい感触だからなぁ」 「あ、そういう意味……」 怒りや困惑、羞恥でもない、何かに気付いたような永井の声音に首を傾げる。 「どうした?」 「なんでも、ないっす」 永井の腕にまた力が籠もり、少し高い体温と、早くなった心音が伝わってくる。 どうも、顔を見られたくないらしい。 ―― あ。 気付いた瞬間、にやけた笑いが込み上げてくる。 「そうか。頼人は『ここ』が気持ちいいんだ?」 「……ッ!!」 やわやわと揉んでいた指の力を強めると、永井は息を詰め、体を強張らせた。 「お。いい反応」 「お、沖田さんの痴漢! へんたい!」 「痴漢に変態なことされて気持ち良くなっちゃうのかぁ、大変だな」 「ばか……!」 どんなに罵られようが、だんだん力の抜けてきた体を預けられるのでは楽しいだけだ。 もう、沖田の頭を押さえつけていた腕も、肩のあたりに落ちている。 「頼人」 顔をあげて、頬を上気させた永井の潤んだ眼差しをしっかりと捉える。 「しよっか」 笑いかけると、永井は気恥ずかしげに目を逸らした。 「……掃除道具、片付けてこないと……」 これはもう、了解の返事と同じだ。 「そんなの、あいつらにやらせればいいだろ」 「へ?」 沖田の目線を辿り、肩越しに振り返って、永井は「う」と詰まった声を上げた。 マメ、ポチ、ダイフクの三匹が、いつのまにやらぱっちりと目を開けてこちらを伺っている……というより、ヒゲをぴんと立て、固唾を飲んで見守っている。 「はい、見物はここまで。聞こえてたろ、お片づけしといで」 沖田の命令に、不服げにきゅうきゅうと鳴き騒ぎだした獣達は、軽く睨んでやるとしぶしぶ動き出した。未練がましく振り返り振り返りして出ていく三匹には、後で水飴でも与えればいいだろう。 「じゃあ、いい?」 「……こ、ここじゃ駄目です! 布団いきましょう!」 「積極的だなぁ」 嬉しいよ、と伸びあがって顎を舐めると、永井は真っ赤になって首を振った。 「ここにいたら、他の飯綱が入ってくるかもしんないですし!」 もうとっくに覗かれてるだろうとは言えず、沖田は「わかったわかった」と永井の背を叩いた。 「行きますよ!」 強引に始められては敵わないとばかり、沖田の手を掴んで引っ張る永井の後について寝室に向かう。 「……でも、あの」 「ん?」 ちらりと振り向く上目遣いに、多少のことでは動じない心臓がきゅんっと鳴った気がした。 「沖田さんずっと忙しくて、ゆっくりできなかったから……嬉しいです」 はにかんだ笑みに、頭のてっぺんから尻尾の先まで稲妻が走ったように、全身がざわめいた。 永井の愛らしい笑みが、心なしか引き攣る。 「……お、沖田さん、尻尾増えてます、尻尾」 犬だったら、いつもより余計に飛び出した尻尾をぶんぶん振っているところだ。 「そっかぁー、嬉しいかぁ」 「落ち着きましょう?」 「寂しくさせたぶん、たくさんしてやるからな。頑張れよ、頼人」 「ええええ……」
翌日、昼過ぎになってから、腰を庇いつつふらふらと社務所に顔を出した永井に、三沢は黙って鰻重を出してやったという話。
【しっぽがすきなの】
背筋をぴんと伸ばし、時代劇でよく見るような巻物に、達筆すぎて俺には読めない字をさらさらと書き付けている沖田さん。 ……の、腰のあたりから床にのびる、きつねいろの尻尾。ふさふさとして先の白い、実に立派なそれは俺を引き寄せる吸引力を持っている。 踏んだり引っ張ったりしなければ好きにしていいと言われているので、沖田さんの後ろに座って尻尾を膝の上に乗せる。うちで飼ってた柴犬より大きいので、いじりがいがある。 しなやかでなめらかな毛並みを撫でていると、幸せな気分になる。あんまり触ってると、ちょっと鬱陶しそうに揺れだすのがなんとなく可愛い。 俺の手から逃げようと揺れる尻尾をつかまえて、ぎゅうっと抱きしめても沖田さんはちっとも気にならないらしい。 が、軽く引っ張ると、くるっとこちらを向いた。眉を下げた、ちょっと困った顔だ。 「頼人」 「なんすか」 「俺の尾を引っこ抜かないでくれよ」 「抜けるんすか?」 「抜けるよ」 初耳だ。沖田さんは真面目な顔だけど、冗談……だよな? しっかり生えてるし。 「抜けたら、俺の抱き枕にしますね」 「やめとけ。襲われるから」 「暴れるんですか?」 トカゲのしっぽみたいに、じたばたと暴れまわる狐の尾。自分の想像のシュールさに笑ってしまう。 沖田さんはひとつ溜め息をついて、ぱさりと2本めの尻尾を出し……自分の手で抜いてしまった。 無造作に、いとも簡単に。 「は!?」 驚きのあまり膝立ちになり、口をひらきっぱなしにしている俺の目の前で、宙に放り投げられた尻尾はぽん、と軽い音を立てて水蒸気爆発を起こし、二本の足で床に立つ。 「沖田さんが、増えた!?」 尻尾だったはずのそれは、沖田さんそっくりの姿に変わっていた。黒髪の中からぴんと立つ黒い毛並みの耳、黒い着物が違うところだが、あとはまるっきり同じ。 俺と目が合うとにっこり笑うのも、変わらない。 呆気にとられてる間に、尻尾の方の沖田さんは屈みこんで俺の手を取り……手の甲に恭しく口付けた。 尻尾だけど沖田さんだ。おろおろと本物の沖田さんを見ると、なんともいえない、困ったような顔をしている。 「沖田さん、これ……うひゃ!」 手の甲から手首をべろっと舐められて、仰天した拍子によろけて尻餅をついてしまう……が、尻尾の沖田さんがとっさに腰を支えてくれたおかげで、ひっくり返らずには済んだ。 「どうも……」 どういたしまして、というように微笑んだ尻尾の沖田さんはそのまま、俺を床に押し倒し、当然のようにのしかかってくる。 「え……」 すりっと頬を擦り寄せられ、耳の下にある、顎の行き止まりっていえばいいのか、出っ張った骨のあたりを軽くかじられる。優しい刺激に、身体の奥のほうが浮き上がるようにざわついた。 元が狐だからか、沖田さんはやたらと俺をかじったり舐めたりするのが好きなんだけど、おかげで、皮膚が傷つかない程度に甘噛みされるとゾクゾクするようになっちゃって……って、暢気に感じてる場合じゃねえよ俺!感じてねえけど!! 「沖田さん、止めてくださいよ!」 首筋を舐めてくる尻尾の沖田さんを、のけぞりつつ、両腕でなんとか引きはがそうとしながら助けを求めたのに、本物の沖田さんは「んー……」と顎をさすっている。 「沖田さんってば!」 なんて馬鹿力だこの尻尾。袷から手を突っ込んで、俺の胸を撫で、いや、摘まむな! 「客観的に見るのも、なかなかえろいな」 「ばか! へんたい! 引きちぎってやっからな!!」 我ながら凄まじくドスの効いた巻き舌でカッ飛ばした最後の脅しが心のどこかに突き刺さったのか、本物の沖田さんがなんだか痛そうな顔で尻尾の沖田さんの背中に軽く触れると、押しても殴っても離れなかった身体は、あっさりと尻尾に戻って沖田さんの手に収まった。抜いた時と同様、無造作に自分の後ろに持っていった尻尾は、元の通りにきちんとくっついて、するっとひっこむ。 「なんですか今のセクハラ尻尾」 白衣の襟を直しながら睨みつけると、沖田さんは目を宙に泳がせた。 「……とまあ、こんな風に襲われるから、抱き枕はやめておいたほうがいいってことさ」 「どうせ沖田さんがやらせたんでしょう」 客観的になんとかとか口走ってたし。 「俺の尻尾だけど、俺から離れたら勝手に動くんだよ、こいつらは」 「危ないっすね」 「うん、危ないんだ。頼人の身体が」 真顔で言われても、もう否定する気になれない。尻尾ぜんぶがあの調子だったら、俺なんかあっという間に絞りカス……いや、ふやけるのか? 精神衛生に悪そうなことは、あんまり考えないことにした。 尻尾のご主人さま一匹で、手いっぱいだ。 「じゃあ、ひっこ抜けないようにしっかりくっつけといてくださいね」 せいぜい念押しして、今は一本だけの尻尾を抱えこむ。 「凝りないなぁ、頼人は」 ちょっと呆れながらも目を細め、俺の頭を二、三度撫でて、沖田さんはまた机に向かう。 「だって、好きなんですもん」 ふかふかの毛並みの先端をすりすりと撫でて、 「沖田さんの身体にくっついてる、沖田さんの尻尾ですから」 わざと音を立ててキスしてやったら、腕の中で尻尾の毛並みが逆立ち、ふわっと膨れた。 「それは、ありがとう」 沖田さんは顔を書面に落としたままクールに答えてるが、狐の耳の先がぴくぴくと動いている。 喜んでるのがわかりやすくて、ああ可愛いなぁと、俺は尻尾を食べちゃいたいような気持ちで笑った。
(これ沖田さんサンドできるなーとか。) (おしごと片付いたら食べられるのは永井くんだけどね!とか。)
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