【疑似親子三永】(13/04/10)
【頼人くん9歳。】

「岳明さん。あした、佐治くんちに遊びにいっていい?」
 三沢とたいして量が変わらない盛り付けの夕飯を、この小さな体のどこにと呆れる旺盛な食欲で平らげながら、頼人は思い出したように言った。
 佐治くんというのは、頼人が小学校のサッカークラブで作った友達だ。ずいぶんと仲良しらしく、休日に頼人を迎えにきたことが何度かあるので三沢も顔を知っている。三沢に呼び出しを頼む言葉遣いもしっかりした、利発そうな少年だった。
 今までも、学校帰りに何度か遊びに行ったことが
「あまり遅くなるなよ」
「うん。それでさ」
 少し言いづらそうに口ごもりながら、頼人は上目遣いに三沢を見つめた。

「佐治くんちのおばさんがね、夕ご飯も食べていってほしいんだって」
「佐治くんがそう言ったのか」
 頼人は首を横にふり、うつむいて声を小さくした。
「おばさんが、明日はごちそう作るから食べにきてね、おうちの人に話してねって……行っても、いい?」
 佐治少年の母親は息子の天涯孤独な友人をよほど気にかけてくれているらしい。ありがたい話だと、三沢はひとつ頷いた。
 三沢が仕事で遅くなる時は、頼人はひとりで冷凍食品を暖め、ひとりで風呂に入り、ひとりで眠る。時には三沢のベッドに潜り込んで寝てしまっていることもあるが、あどけない寝顔に愛情と一体の不憫さを感じるととても追い出すことはできず、できる限り窮屈に身を縮めて添い寝をしてやっている。
 年よりませてしっかりしているようで、頼人はまだ小さな子供だ。寂しさを感じさせてしまうのは心苦しい……友人との交流で孤独が癒されるなら、それが頼人のためにもなるだろう。
「佐治くんのご家族に、迷惑をかけないようにしろよ」
「了」
 こくんと大きく頷いた頼人に、「了じゃなくてハイだろ」まさか学校でもこの返事じゃないだろうなと一抹の心配がよぎった。




 遅い帰宅にはならないつもりだったが、雑談で今日は坊主がソト飯だと口を滑らせたのを聞き逃さなかった一藤に半ば強制的に連行され、最近、ご執心らしい美人女将の小料理屋での夕飯に付き合わされてしまった。
 三沢とは違って気さくで人好きのする一藤ではあるが、こと、女に対しては奥手で見ているだけでも満足だと純情ぶったことを吐かしている。そのくせ、ほろ酔い顔で「タケはヨリくんのためにも、早いとこ優しい嫁さんもらってやれよ」だの要らない口を叩くので、酒を勧めてさっさと酔いつぶしてしまった……同じく一藤につれ回されてなかば送迎係と化している同僚(どうも言いにくい名前なので、プライベートでは一藤が命名した「お供」というあだ名で呼ばれている奴だ)に後を任せ、住居であるマンションに帰ってきたのは夜の十時近くにもなっていた。
 頼人はとうに眠っているだろう。
 佐治家での夕食はどうだったか、聞くのは明日の朝になる――。
 蛍光灯に照らされたコンクリの廊下、鉄扉の前にうずくまる小さな影を認め、三沢は目を見開いた。
「頼人?」
 見知ったパーカーのフードから覗く顔は確かに頼人のものだ。扉にもたれ、薄く口をあけてすやすやと眠っている。
 あたりに荷物はなく、よく見ればパーカーの下に着ているのはパジャマだ……つまり、鍵を忘れて閉め出されたわけではない。
「頼人、起きろ頼人」
 細い肩を揺すり、赤い頬を手の甲でぺたぺたと叩くと、頼人は「んー」と眉をしかめ、目をあけた。ぼんやりした顔つきで幾度か瞬き、にこりと笑う。
「お帰りなさい、岳明さん」
「こんな場所で寝るやつがいるか。風邪でもひいたら……そうじゃなくても春先は変なやつが多いんだ、部屋で寝ろ」
 腕を引っ張り立たせ、尻についた砂ぼこりを払い、開けた扉に押し込むように追いたてる。
 頼人と眠そうにぐずぐずしながらも、逆らわずにおとなしくしていた。
「なんであんな場所で寝てたんだ」
「岳明さんと、ごはん食べたかったから」
「佐治くんの家でご馳走されたんじゃなかったのか」
 眠たげな目をこすりながら、頼人は首を縦に動かした。
「おいしかったよ。新幹線のお皿で、旗が立ってて、プリンもあった」
 お子様ランチ風の盛り付け……それだけで、手の込んだ料理だったろうと想像がつく。
「でも」
 いきなり、ぱちりと開いた目が真っ直ぐに三沢を見上げる。
「岳明さんと一緒のほうが、楽しいし、おいしいよ」
 言いきって、腰に抱きついた腕にぎゅうと力をこめ三沢のみぞおちの下に顔を埋める頼人は――両親と弟、明るさに満ちた佐治家の食卓では所詮異物でしかなかったのだと、ようやく思い当たった。
「……明日の朝飯は、特製ホットケーキにする」
「うん」
「今日は一緒に寝るか?」
「うん……」
 スーツの裾を掴む手に力が籠る。
「俺、お風呂もまだ入ってない」
「入ってから外にいたなら怒るぞ。……温まって、はやく寝ろ」
「岳明さんは?」
「二人で入ったほうが効率がいい」
「おれも賛成!」
「調子に乗んな」
 嬉しげに笑う頼人の頭を小突いて、やれやれと苦笑する。
 一藤には悪いが、次の誘いはお断りだ。



 窮屈で、すこしばかり寝苦しい寝床は、家族の温度がした。



(こんな頼人くんが数年後には三沢さんを意識しだすのかと思うと。)
(思うと……!)






【退行ショタ永くん。】(13/04/18)
【残さず食べてね】

 永井頼人は闇人の国、夜見島で唯一の人間である。
 いつ、どこから、どうやってこの島に紛れ込んだのかはとんと覚えていない。
 気付いた時には、沖田に手を引かれて歩いていた――街灯の投げかける光の輪を避けて暗い場所を行く沖田とは違い、頼人は光のなかにも平気で踏みこめたし、灯りに惹かれたちいさな虫たちの飛ぶ様を興味深く見守ることができた。
 島のあかりは、頼人ひとりのために点いているのだと闇人たちは言う。
 かつてこの世界にいた人間たちは、闇のなかでは盲いて躓いてしまう、そしてささいな傷や病で死んでしまう脆弱ないきものだったから、たくさんのあかりを必要とした。
 闇人に囲まれて育つ頼人もまったく同じであり、島の光は、頼人が闇のなかでどこかに転げ落ちてしまわぬよう灯されているのだと、皆が言う。

 ……光なんかなくても、沖田がいつも傍にいるので、頼人はそうそう危ない目に遭うことはないのだが。


「俺が死んじゃったら、あかりはいらなくなるね」
 闇人は死なない。
 人間は死ぬ。
 いつからか頼人は、自分は虫や猫とおなじように、命をなくしたら動かなくなってしまう存在なのだと理解していた。
 公園のベンチに並んで腰をおろした沖田は、頼人の呟きにすこし困った風に笑った。
「ずっと、ずっと先の話だな」
 黒い手袋の指が優しく、頼人の髪を撫でる――頼人がもたれかかると、沖田は自分の着ている布で包むように引き寄せた。
「どれくらい先? 俺が死んで殻だけになったら、そしたらみんなと同じになれるんでしょ?」
「誰がそんなことを」
 沖田の声に怒気が籠り、肩を抱く力が強くなる。頼人が身をすくませると、沖田ははっとして力を緩めた。
「……お前は、死ぬことなんて考えなくていい。誰になにを言われても、殻を渡そうなんて思うんじゃない」
「……うん」
 沖田はすこし神経質なくらい頼人を大事にしてくれる。闇人が出歩けない日中、一人で遊んでいた頼人が、森で転んで大きな傷をこさえて帰ってきてから、昼間は決して社宅の外に出ないことを約束させられた。
 どうしても退屈で、幾度かこっそりと森に遊びにいったが、どういうわけか沖田は頼人の行動をすべてお見通しで、毎回さんざん叱られて、四度目のあとは一週間も、昼も夜も部屋の外に出してもらえなかった。
 さすがに反省して、いまは公園だけで遊んでいる……ひとりではつまらないから、ひととおり遊具をためしたら沖田の部屋に戻ってしまうのだが、最近では同じ社宅に暮らしている闇人が遊んでくれるので、そちらの部屋に行くこともあった。
 しかし、内緒だと言われたのをすっかり忘れて沖田に報告したら、これもどういうわけだかそれきり彼の姿を見なくなってしまった上に『沖田がいない時に他のひとの部屋にあがらない、服を脱がない、沖田以外の誰にも体に触らせない』と固く約束させられた……自分がひどく悪いことをしたのは沖田の態度で伝わってきたので、これはきちんと守っている。
 もとより、ひたすら足を撫でられたり軽くかじられるのはどうにも気持ち悪かったし、楽しくともなんともなかった。
 しかし、気になる話を聞かされた。
「でも俺、闇人になりたいよ。それで、沖田さんと一緒になりたい」
 人間のままでいたらいつか萎れて枯れてしまうけど、その前に死ねば皆とずっと一緒にいられるんだと、言われた。
「いつ死ねば、闇人になれるの」
「……頼人。結婚はな、闇人にならなくてもできるんだぞ」
「結婚?」
 沖田が頼人を膝に乗せ、背後からぎゅっと抱き締める体勢になったので、顔を見られない。
「一緒になるっていうのは所帯を持つってことだからな……つまり、一緒にくらして、同じ布団で寝て、子育てをするんだ」
「いまもやってるよね?」
 一緒にくらして、同じ布団で寝て、ペットの闇霊の世話をして。
 頼人の指摘に、沖田は小さく息を吐いた。
「ぜんぜん、違うんだよ。でも、そうだな……そろそろ、結婚の訓練しようか」
「訓練するの?」
「大きくなった時に、ちゃんとできるようにな。いまから拡張……いや、慣らしておけばつらくないと思」
「沖田」
 冷えきった声が、熱の籠る沖田の言葉を遮った。
「三沢さん」
 機関銃を手にした三沢が、ひどく不機嫌な顔で逆光のなかに立っている。
「永井はまだ子供だ。あまり妙なことをするな」
「もう七歳ですよ。戦国時代なら結婚してます」
「ねえよ」
 すっぱり切り捨て、三沢は頼人を沖田の膝から取り上げて肩車をした。
 急に高くなった視界に驚いて、赤い頭巾にしがみついても三沢はぐらつかない。
「ちょっと、俺の頼人を持ってかないでくださいよ」
 ほら、と手を差し伸べられて、頼人はふるふると首を左右に振った。沖田が目を見開き、悲しげに「よりと……」と呻くのには罪悪感が湧くが、三沢が構ってくれることは滅多にないのだ。
 せっかくのチャンスを逃したくないと、三沢にしがみつく手足に力を籠める。
「俺、さんさと屋上いってくる」
「三沢さんはお仕事があるからな? こっちおいで」
「構わん。見回りのついでだ。……大人しくお留守番してろ、沖田二曹」
 ふん、と鼻でせせら笑われて、沖田はがくりと肩を落とし、いじけだす。
「永井は俺のバディなのに」
「昔の話だろう。行くぞ」
「うん!」
 ぽん、と足を叩かれ、頼人は満面の笑顔で頷いた。


 頼人が覚えていない昔、頼人は沖田や三沢の仲間だった、らしい。
 それなのに、自分は変わってしまって、いつか死んでしまうんだと考えると悲しくなってくるが、今はこうして一緒にいられると思うと嬉しい。
「さんさ、あのね」
 階段を上がる三沢の肩の上、頼人は身を低く屈め、こそっと声を低めて告げた。
「俺ね、闇人にならないで死んだら、沖田さんに食べてもらうんだ」
「……なに?」
「魚も、亀も、死んだら食べてもらえるでしょ。俺、沖田さんと、みんなと離れて土に埋められるのやだもん。さんさも、食べてくれる?」
「俺は……」
 ふう、と溜息をついて、三沢は頼人の身体をゆすりあげた。
「ああ、一口ぐらいならな」
「いっぱい食べていいのに」
「沖田がひとりじめしたがるだろ、お前のことは」
「俺、沖田さんもさんさも大好きだから、食べてほしいんだけどな」
「……お前、本当に記憶がないんだろうな」
 低めた問いの意味がわからず、ぱちぱちと瞬きをしていたら、また、溜息をつかれてしまった。
「安心しろ。骨も残さないだろうよ」
「骨は固いから、おなかこわしちゃうよ」
「そうだな」
 今度は笑ってくれたので、頼人も笑い、三沢を抱きしめた。


 行き先が決まっているなら、死ぬのはそれほど寂しくないかもしれない。




※寝ながら携帯打ってて、寝落ちした件について※


あれですよ。
永井くんは、人間は死んだら殻を残して中身がどっかいっちゃうんだよって言われる→中身ってなに?→中身が俺?→じゃあやっぱり死にたくない→だけどいつか死にそうになったら沖田さんが俺を食べてね、という話。

「……頼人、死ななくても食べるのはできるんだぞ」
「沖田さんが俺を食べるの?」
「ちょっと痛いかもしれないけど我慢できるよな? 頼人は根性あるもんな」
「あ、三沢さん」


その夜一晩、沖田さんは屋上から逆さ吊りされました。




【合法ショタ永くん。】(13/05/13)
【※ややグロかもしれない。】


 ごめんなぁ、永井。

 永井が目を覚ました時、沖田は白い顔に少しも悪いと思っていなさそうな笑いをはりつけて謝ってきた。
「おまえの殻、けっこう酷いことになってたからさ……なんとか治したんだけどな、元の通りにはできなかったんだ」
 沖田がなにを言っているのか、理解できない。
 第一、他人事のように言っているが永井を傷つけたのは沖田だ。
 暴れる永井を押さえつけ、手足を砕いて、挫けんなよだの根性出せよだの、状況からするとおためごかしでしかない言葉を吐きながら、手酷く貫いて――いや、あれは殻のされたことだ。闇人になった永井には関係が……なくは、ない。
 脱いだら凄いことになっていた沖田の、触手としか形容のできない器官をあちこちに挿されて、文字通り身体の奥まで侵され、犯されたのだ。
 おかげさまで可哀想な殻は半分発狂しかけていたが、幸いというか上手くできているもので、そのへんの身体感覚やらなんやらに関する記憶は今の永井にとってはあまり実感のない他人事になっている。
 しかし、ぼやけた記憶がたしかなら、殻はだいぶ『目減り』していたはず。
「俺の殻、どうなってるんですか……ちゃんと動くんでしょうね」
 問いかけた声はしゃがれて、永井は小さく咳き込んだ。抱き起こす沖田の大きな手が、人間にするように背中をさすってくれる。
「動くだろ?」
 こんどはしっかり気遣う響きを帯びた確認に、咳き込む口元を反射的に押さえた手を見つめる。
 なにか違和感はあるが――問題なく動く。
 沖田の手を離れて立ち上がると、裸足の足裏に土が冷たかった。
 見える範囲では黒の着物に暗い赤、黄土の帯を巻き付けた自分を点検する。
 違和感の原因はすぐに知れた。
「沖田さん……」
「靴が見つからなくてさ。後で探してやるから、それまで……俺が抱っこで運んでやるよ」
 靴どころか、着物の下のすかすかした感覚から言って間違いなくズボンもパンツも穿いていないが、問題はそこではない。
「なんすか、これ」
 本来ならドスの効いた低音として発されるべき詰問の言葉は、苛立って泣きそうな子供のように高い。
 沖田の襟首を掴んだ手も、細くてちいさい。
「十一才くらい、かな?」
「かな、じゃないっすよ! なんで縮んでるんですか俺!」
「大丈夫だ永井、小さくてかぶってるけどちゃんとついてるから!」
「なんの話してんですか!」



 永井頼人、人間としては享年21歳だった存在は、肉体年齢11歳の頭脳は大人、体は子供というご都合主義の塊として、夜見島に再誕したのであった。


<続くかもしんないし。>
<沖田さんがガタのきた殻を修復するために取りこんじゃったぶん、永井が物理的に縮んじゃったので、闇霊を入れて修復するついでにいろいろ帳尻あわせて弄ったら子供の身体になっちゃったよねてへぺろ☆という。>



2013/05/19 19:45
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