【続々々・三沢さんにしか見えてない永井くんの話。】 (2013/02/13)
「うーん……」 家主よろしく口をへの字に曲げ、永井は短い髪をがしがしと掻き回した。 ミッション・インポッシブル。 そんな言葉が脳裡に浮かぶ。 ネット通販を介すれば、わざわざ三沢に使い走りのような真似をさせなくとも買い物ができると気付いたのは最近だ。判子が必要な宅配便はやはり三沢に受け取りを頼まねばならないが、そこさえクリアすれば問題ないため、三沢からPCとカードを渡されている。 しかし、居候の身である以上、買い物は必要最低限に留め、ほとんど使ったことはない。 なにしろ、休日に三沢を連れ回して外をうろつくのがいい気晴らしになるし、楽しいのだ。 凄惨な戦いを越え、世界の傍観者でしかないことを諦観をもって受け入れている永井とて、本来は普通の若者だ。恋人とデートを満喫したっていいだろう……三沢にその意識が全くないにしても。 そう、自分達の関係を単純に言うなら、恋人同士、だ。 そして今日、2月14日は、恋人たちの一大イベントとして世に浸透しているバレンタインデーである。 文字通りの意味で『出会って』から、初めて迎えるバレンタイン、同性ということは差っ引いても何かしたいと思うのが人情というものだ。 しかし、ここに来て生じる問題が買い物という壁。 外に出て買い物をしようが、ネットショッピングに耽ろうが、永井が自由に使えるのは三沢の金でしかない。しかも、実際に物を買うのは三沢だ。 つまり、絵面としては、自分でチョコを買う寂しい中年男が完成する。三沢は全く気にかけなさそうだが、そんなもの想像するだけで凹む。 どうしたものか、ああでもないこうでもないと考えこむうちに、とうとう当日になってしまった。 「……風呂でも洗うか」 悩んでいても仕方ないと、腕まくりをしながら立ち上がる。 永井が三沢のためにできることといえば、家事をこなす程度だ。料理の腕はまだまだ、自炊歴の長い三沢に追いつけていないが、せめて他のことは完璧にやり遂げようと決意していた。 ―― 靴屋の小人っぽいな、俺。 子供のころ、どこかで聞かされた童話が脳裡をよぎらないでもない……主夫、という言葉はあえて意識の外に放り投げた。
冬になると母親が作ってくれたのを思い出し、ネットで調べながら作ったクリームシチューも、今シーズン挑戦四回目ともなると我ながら美味しく作れた。 こっそり、人参をひとつだけハート型に切ってみたのは、せめてものバレンタイン気分だ。煮込んでいる最中、ぷかりと浮かんできたのがどうにも気恥ずかしく、菜箸で鍋の底に沈めてしまったが。 盤面の西南西に針を寄せた時計を眺め、そろそろ帰ってくるかと待ちかまえている自分に気付いて、思わず苦笑する。ちょっとした悪ふざけひとつで気を浮き立たせて、まるで。 「恋する乙女かっての」 落ち着いて待とう、冷静になれ、と自分に言い聞かせたところで玄関の鍵が回る音がして、永井は反射的に立ちあがってきた。 「お帰りなさい!」 「……ただいま」 にこりともしない男の応答で、自分がしっかりと認識されていることを確認するたび、永井が心の底から喜んでいるなど三沢は知りはしないだろう。永井の内面の話だ、知らせる気もない。 暗色のトレンチコートを奪い取るように脱がせて玄関脇に吊るし、夕食のメニューを告げるのもいつものこと。 あとは、三沢が制服から部屋着に着替える間に食事を用意するだけ……なのだが。 「永井」 「なんすか」 「土産だ」 台所に戻ろうとしたところを呼びとめられ、首を傾げた永井の前に、赤く細長い紙包みが差し出された。 反射的に受け取ってから、それが、いわゆる高級店のチョコレートだと気付いて眼を丸くする。 「三沢さんがもらったんですか!」 どういうわけだか三沢が束ねる中隊には女っ気が一切ない、ということは、事務員の誰かしらが気をきかせたのかもしれないが、さすが三等陸佐だと妙な感動を覚えていると、胡乱な目で溜息をつかれた。 「それは、こっちだ」 ポケットから取りだした小さな四角を幾つか、頭の上に落とされる。 「てっ……チロルっすね……」 「沖田の野郎が、有志一同からだって言ってな……渡しに来たのは“永井”だ」 それは当然、駐屯地にいる、この世界の永井のことだ。三沢のことは少し近寄りがたい上官だと思っている、ごく普通の。 「ああー……それは……引き攣ってましたよね」 「悲壮な顔だったぞ」 “自分”のことながら、同情する。 「礼を言ったら目を丸くしてたけどな」 あたふたした“永井”の様子を思い出したのか、ふ、と口の端だけで笑う三沢の穏やかな顔を、果たして“自分”はちゃんと見ることができたのか……できていなかったらいい。この顔はまだ、自分だけが独占していたい。 「あれ? じゃあ、これは」 「購買にあった。お前、甘いもの好きだろう」 つまりこれは、三沢が永井のために買ってくれたものだということになる。 永井は目を見開き、三沢の顔をまじまじと見上げた。 “自分”が見ていたら、思いっきり『三沢三佐が自分で自分にチョコ買ってた』と噂話を広げまくっていそうで少しばかり頭が痛いが……そんなことは、どうでもいい。 永井に「傍にいろ」とは言ってくれたが、好きだとかそういった類の睦言は一切口にしない三沢が、自分のために。 嬉しさでいっぱいになった頭の奥が、許容量オーバーでじりじりと焦げているような感覚がする。 「あのっ……すげえ嬉しいです! 大切にします!」 昂りのまま、箱をぎゅっと胸に抱きしめて叫ぶ。 「いいから、悪くなる前に食えよ」 呆れた風に言いながら、寝室に入ってしまった三沢の表情はわからないが、声は少し笑っていた。
拾い集めたチロルを赤い箱の上に置いて、ひとまず居間の目立つ場所に飾り、今度こそフルスピードで食卓を整える。 テンションが上がりすぎて危うくクリームシチューをテーブルにぶちまけそうになったが、間一髪でセーフだ。 向かい合って席についた三沢に合わせて「いただきます」を唱え、口に運ぶ食事はやはり美味い。さっき味見した時よりも味が良くなっているような気がする……三沢は相変わらずの愛想のない顔つきでいるけれど。 かち、と微かな音がして、シチューを掬い取っていた三沢の手が止まった。 どうかしたのかと顔を見れば、三沢は曰く言い難い困惑顔でスプーンを見つめている。正確には、そこに掬い取ったものを。 ――― ハ−ト型の人参だ。 浮かれるあまり、存在をすっかり失念していたが、三沢の皿にちゃっかり飛びこんでいたらしい。 「あ、あの……三沢さん、それ……えっと……当たりです……!」 三沢が固まりっぱなしなので、しどろもどろにフォローを入れる。 ゆっくりとこちらを向いた三沢の目に凝視され、永井はわけのわからないプレッシャーに冷や汗を掻きながら、込み上げる恥ずかしさに赤面するという器用な真似を見せた。 「形はヘンですけど、食っちゃえば同じ人参っすから!」 ね!と拳を握る。とにかく早く胃の腑に収めて、なかったことにしてほしい。 「当たりなら、景品があるな」 「は?」 「当たりなんだろ?」 これ、と、三沢がスプーンの中を見せてくる。 「はい……」 「何が当たるんだ?」 言いながら、ぱくりと食べてしまった……その目が、微かに笑っている。 「……俺のぅあ、愛……とか」 噛んだ。 ――― だー!バカか俺は!バカだ! フォークを握ってテーブルに突っ伏し、低く呻く永井の耳に、抑えきれないような笑い声が届いた。 驚いて顔を上げた先で、三沢は口元を押さえ、肩を小さく震わせている。 「それは貴重だな。いいものを当てた」 「……どういたしまして」 自覚は全くないのだろうが、普段が普段だけに、三沢の微笑というのは相当に威力がある。 先ほどの比ではないほど熱の集まった頬で、永井は、『こんなの“俺”が見たら惚れちゃうから絶対駄目だ』と、冷静に考えればまず有り得ないことをぐるぐると考えていた。
それから、永井の作るシチューやスープの中には『ヘンな形』の野菜がたびたび紛れ込むことになったが、三沢がそれを発見するたびに「当たったよ」と笑うので、当分、やめられそうもなかった。
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ポイント。 結局チョコ食べてない。 ※ちゃんと食べてるよ!行間で!!いちゃつきながら!!!
【夜に来る。】(2013/03/09)
圧迫感と、軽やかな笑い声で目が覚めた。 深更の闇の中、腹の上に跨がる何者かが窓から差し込む僅かな光に輪郭を浮かび上がらせている。……瞬きを幾度か、影を固めたようにぼやけた姿は三沢の視野に見覚えのあるかたちを表す。 面白そうにこちらを見下ろす、勝ち気そうな眉と愛嬌のある目をした童顔。何の変哲もない少し大きめのTシャツの下は、これも夏場にはあたりまえのハーフパンツといった格好で――剥き出しの膝頭と若い肌が張り詰めた筋肉質の腿が、薄掛け越しに三沢の胴を挟んでいる。 目が合うと、彼は三沢の胸に這わせた掌に引っ張られるようにゆるりと上体を倒してきた。 「こんばんは」 吐息が触れる距離であたりまえの挨拶をする声は、行為の異様さに対して明朗なものだ。 「……永井」 名を呼ぶと、永井は笑みを深くしてさらに顔を近づけてきた。 「ええ、あなたのお気に入りの永井です。三沢三佐」 言葉を発する唇が触れる寸前、永井がく、と息を詰める。三沢の右手に喉を掴まれ、気道を圧迫されて眉を寄せながらも、その手は三沢の腕に添えられるだけだ。 「誰が、てめえを気に入ってるって」 鍛えようもない柔らかな皮膚と肉、その下の器官のありかが絞める三沢の手指に精細に伝わる。どくどくと脈が強まる頸動脈、次第に苦し気な顔色で口を開く永井を押し放すように遠ざけながら、三沢は苛立ちとは相反した興奮を身体の芯に抱いた。 「……っ、う……ぐ、」 永井の呻きが、喉奥から三沢の手に直接伝わる。三沢の胴を強く締め付けた両足が、仰け反る体が震え、それでも永井の両手は引き剥がすのではなくすがる仕草で三沢の腕を掴んでいる。 舌打ちし、身を起こしながら手を弛めると、咳き込む永井が胸にもたれてきた。三沢の肩に手をおいて背を波打たせ、荒く息をしている様子に余計に気分が悪くなる。 しかめ面で、敷布に白く浮き上がってみえる永井の足裏を眺めていると、掠れた声で「三佐」と呼ばれた。 「どうして、やめちゃうんですか。……首を折ることだって、できるのに」 「気道を潰す方が早い」 「しないんだ?」 「……しねえよ」 笑いを含んだ問いに否定を吐き捨てると、永井はそっぽを向いた三沢の頬を掌で撫でた。 「やりたいんでしょ? 素直じゃないなぁ……そういうとこも好きですけどね」 胸糞の悪くなることを言って朗らかにわらう永井を、三沢は、いちどだけ殺したことがある。 今夜と同じように、夜半に寝室を訪れたこいつに煽られるまま抱いて、犯しながら両手で首を絞めた。 痙攣する身体を押さえつけ、きつく締め付けてくる肉孔を怒張しきった雄でめちゃくちゃに穿ち、深い場所に精液を吐き出してやった。女の味を覚えたてのガキのように夢中になって、だらりと脱力した永井を揺さぶり、弛緩していく穴を幾度も擦りあげ、白濁に犯し尽くした――悪夢だと、知っていたからだ。 目が覚めて変化のない寝床に安堵したあと、三沢は、胃に残っていたもの全てを嘔吐した。 洗面台の鏡に映る男の蒼白な顔は、まるで殺人者のように凄惨なものだった。暗く落ち窪んだ眼光と、ねじれて震える口元は喜悦に歪んでいるようにも見えて、醜悪に尽きる。 その日は、あの溌剌とした部下に会わないことだけを願ったものだ。 願望などではない、そう思いたい。でなければ。 「それは気分が乗ったらってことにしましょうか。でも、こっちは今ので元気になってきてますね」 休日の予定でも語るような楽しげな口ぶりで自身の殺害をそそのかしながら、永井は三沢の股間に兆したものに指を這わせた。かたちを確かめるように卑猥な手つきで撫で回し、ちらりと上唇を舐めた舌の赤さが目に焼き付いた瞬間、三沢は腕を振り上げ、永井の頬を張っていた。 ぐらりと傾いだ頭が、ややあってから戻ってくる。 「いって……あーあ。口んなか、切れてるし……予告なしは勘弁してほしいなあ」 赤くなった頬を擦り、血の混ざった唾を掌に垂らして「ほら」と三沢に見せてくる永井は、言葉ほど痛がる様子もない。 嫌悪が込み上げ、三沢は永井を体の上から押し退けて寝台を下りた。冷たい床を踏み、水でも飲もうとキッチンに向かう。
―― この夢からは逃げられない。
実際の三沢は睡眠薬を飲み、深い眠りに落ちている。 だから、夢の中で対処するほかにないのだ。悪夢の産物に背を向けて、耳を塞ぐしか。 蛇口から流れ落ちる温い水を手で掬い、口をつける――幾ら飲んでも渇きを癒すことのない偽物は、夢の虚しさと同じだ。 「ほんと……なんなんだよ」 低く、怒気を孕んだ声音が背に響き、三沢は足を止めた。 「バカにしやがってよ……!」 空気が動き、殺到する気配を半身をひねってかわす。鋭い舌打ちひとつ、突き込まれた拳は手のひらで受け止めた。型通りの動き、訓練なら褒めてやるところだが永井は殺気立った形相でこちらを睨み付けている。 「なんのつもりだ」 「は? あんたが俺を呼びつけたんだろ。わけわかんねえんだよ、なんなんだよあんた!」 感情のまま、喚き立てる永井がさらに肘を叩きこんでこようとするのを腕で防ぎ、じんと痺れる感触に血が沸いた。 「くそ、……っう!」 闇雲にうちかかる拳を掴み、引き寄せたがら空きの腹に膝蹴りを入れる。受け身も取らず倒れた永井の胴を爪先で蹴り、しなやかな筋肉を感じながらもう一度蹴りつけた。 「う……ぁ……」 身を折り、苦悶する永井の額には脂汗が浮いている。呻く口元から床に零れた唾液は、違う状況を連想させた。 呼吸が浅くなり、視野が狭まる。床に膝を付き、襟首を掴んで無理矢理に起こした永井は悔しげに目を歪ませ、三沢の腕に爪を立てた。 「さわんじゃねえ、っよ」 眼差しで、声で、動作で三沢を拒絶する態度に、口角が上がるのが自分でわかった。 ―― 悪夢の術中に嵌まっていると、わかっていても。 結局、三沢のすること全てを受け入れる永井が不快で仕方なかったのだ。現実の永井はそんな風には三沢を許容しない。 こうして抗っているほうが、よっぽどそれらしい。 「なぁ。俺と遊ぼうか、永井」 「あたま、おかしいんじゃねえの……!」 床に突き倒し、頭を打って目を眩ませる永井にのし掛かる。体をまさぐられ、力ずくで暴かれる意味を悟り、嫌悪と拒絶が困惑に、恐怖に変わっていくのが例えようもなく心地よく、三沢は声をあげて笑った。 生意気な青年の怯えた眼差しは、媚びるよりもよほど上等だ。 嫌だ、やめろと喚くうるさい口を殴り付けて黙らせ、濡れた指で狭い後孔を押し拡げておざなりに馴らし、猛った雄を捩じ込む。 絞るようにきつい入り口に反し、中は熱く柔く絡み付く肉に包まれる心地良さは、三沢を高揚させた。 「うぐ、あ゛あ゛、いた、痛い……ああああっ!」 まなじりが裂けそうなほど見開いた目から涙を流し、悲鳴をあげる永井は可哀想で可愛らしい。ひたすらに苦痛を訴える永井も、いままでの情交で知った悦い部分を刺激してやればきついばかりだった内壁をうねらせ、泣き顔に艶を滲ませはじめた。 突き上げるごとに、苦鳴は甘い喘ぎに変わっていく。 「ひぁっあ……みさ、さぁ……んう……やだ、やぁ……あっ」 涎を垂らす雄の象徴をいじらしく震わせ、拒否は過ぎた快感を促すものでしかなく、己を貫き苦しめている男にしがみつく浅ましい姿、それでも批難の色を消さない瞳に昂り、三沢はいっそう深く永井を犯した。 永井を抱き潰すように両腕で締め上げ、悦楽の濃さに呻いて逐情の証を注ぎこむ刹那。 「あんたも、いい趣味してますよね」 荒れた息の下で嘲り笑う囁きが響いたが、構わず腰を送り、孕ませでもするかのように掻き回してやった。 どうせ、朝になれば消える夢だ。
目が覚めて、乱れのない寝床と自身に安堵する。 ……気だるい腰と、仄かに疼痛を持つ拳にはまだあの悪夢の感触が残っている気がした。 胃に蟠る嫌悪感を吐き捨てるために、洗面所に向かう――今日は、永井の顔を見てみたい。彼が、夢とは違うことを確かめるために。
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ダイジェストでお送りしました感。 たまに鬱々したくなる三永。
別に三佐はリアル永井くんをぶちおかしたいわけじゃないよ! 表層的には!
受け入れてほしいだけなんだけど、それを願望として見せられると気持ち悪いというめんどくさい心理。
これでリアル永井くんに「三沢三佐、おはようございます!」て元気に挨拶されたら顔筋固めて頷くのみで、なんだよ態度わりーって永井くんがムッとしますね。
【だったら怖い】
ここ3ヶ月くらいで、変な夢を見るようになった。 どんな夢、か、思い出すのも困るくらい変な夢だ。 ―― 三沢三佐とセックスするとか。 ありえねえ。しかも俺が突っ込まれるほう。まじありえねえんですけど。 いや、俺にはいかついおっさんに欲情するような趣味はないから(体格いい奴にはべたべたとセクハラしまくる、絶対にホモだって評判の格闘教官が三佐を熱い目で見つめてたのを目撃したことはある)突っ込むほうでも困るけど。
困るばっかり言ってるが本当に困る。
夢の中の俺は三佐に夢中で、浮かれきってがっつく勢いで絡んで、ガタイの良さに応じて凶悪なナニを撫でたり舐めたりしゃぶったり……後ろにいれたり、してるわけで。三佐も俺にあれこれ……ちょっと乱暴だったり焦れったいくらい優しかったり、まあいろいろ……するわけで。 それが、腰が抜けそうに気持ち良くて、うれしくて、最後のほうはたいがい泣いてる。俺が。 ガンガン突かれながら首絞められて、苦しいけど悦くて三佐のぜんぶを受け止めてる感じがして幸せでイッたり、したり。 なんなの。 願望? ねーよ!! 現実の三佐はおっかないおっさんだし、そもそも中隊長だからってそんなに関わることないし、たまに声かけてくると九割は訓練中のダメ出しだから胃が縮むし、二回言うけどおっさんだし、本気でねえよ。
寝言で変なこと口走ってないか、夢を見た翌朝はそれが本当に怖い。 ……パンツ汚してねえか確認するのもやだけどな。今んとこ五割。同室のやつに気付かれてたら泣く。 永井クンったら溜まってんのォ、お薦めのヘルス紹介してあげよっかー?なんてからかわれるだけならまだいい。三佐の名前呼んで喘ぎまくって夢精なんかしてたらもう完全に変態じゃん……沖田さんにチクられたらその場で死ねる。恥で死ぬ。
今朝は、負けたほうだった……なんなんだよ、もう。 ああ、せめて今日は、三沢さんに出くわしませんように!
(お互いに目をあわせらんないデー。)
【おまけ】
三沢三佐の姿を見かけないと思ったら、出張中だった。 中隊長の動向くらい把握しとけよと沖田さんには呆れられてしまったが、奴がいないとなると変に意識せずに済むのか、今週はあの夢をまったく見ていない。俺にとっては、その事実のほうが大事だ。 なにせ、夢のおかげで三佐を見るたびにむらむら……じゃなくてモヤモヤしてくるのには本気で困ってんだよ! いっそ出張先に住み着いて戻ってこないでくださいと祈りつつ、無事に迎えた週末、の夜。 最低でも三日に一度、多い時は隔日か連日であの夢を見ていたせいで、以前は余裕だった五日間の禁欲が妙につらい。 腹の奥にむずむずと熱を飼っている感覚に、あくまでさりげなく週刊漫画雑誌を掴んで部屋を出る。 先住民がいないのを確認してトイレの一番奥の個室に陣取り、ペーパーホルダーの上にグラビアページをうまいこと開いて雑誌を安直、取り出した息子は早くも期待のポーズである。 はち切れそうなおっぱいを面積の小さい水着に押し込んだアイドルの笑顔が眩しい。……うん、ガチムチのオッサンより断然、やらかくていい匂いしそうな女の子がいい。 この子ならパイズリいけんじゃないかなぁ、んで、舐めてもらうのいいなーなどとしょうもないことを思考しつつ息子を育てる。とにかく出したいだけだから、最初っから飛ばし気味だ。 ぬめって滑りが良くなったあたりで、片手で少し強めに根元押さえて逆の手で先っぽを弄ると痛気持ち良さが来て息が上がり、頭の中が弛んでくる。 ―― ながい。 耳元に、低い声が甦った。普段のストイックさを何処かに置き忘れたような息遣いが、俺の興奮を煽る。 俺の輪郭を辿るように這う手指、正面から抱き合う時は太腿に痕が残るぐらいきつく掴んで、正直痛いんだけどそれがよくて。ひくついて強請る穴に、太くて熱いアレが、ゆっくりと入ってくる。腹の奥が焼けつくように苦しくて、だけどタマの裏を擦る圧が気が変になりそうに気持ちいい、俺は閉じなくなってしまった口から唾液を垂れ流して浅い呼吸を繰り返す……。 頭の中の光景を追いながら、濡れた手を浮かせた腰の後ろに伸ばして、疼く穴の周囲を押してみる。焦げ付くようなもどかしさ、もっと強い刺激が欲しいとひくつく穴に指先だけいれて、引き込まれる感覚に呼吸が引き攣った。 「あぁ……さんさ、……うぁ、あ!」 勢いよく飛び出してきた白濁を、手の中に受け止める。びくびくと震えるソレが残りを吐きだしきるまでそのままの体勢で、浅く入れただけの指じゃものたりない、やっぱり三佐のアレが欲しいなんて思っ……。
――― 待てコラ。
嘘だろ。 冗談だろ。 これ夢? 俺いま寝てた?
残念ながら現実である。 急速に冷えてクリアになっていく頭、べたべたの手とナニにどこからか吹き込む風が冷たい、スッキリした感覚とは裏腹に、俺の頭の中はパニックの極致でぐしゃぐしゃになった。
――― おっさんにハメられるシチュエーションで抜いちまった。
ショックすぎて飛び散りたい。 泣き喚きたい。 もうやだ。 田舎のお父さんお母さんごめんなさい、頼人は変態になりました。 ……そんなの認めてたまるか、これたぶん、なんかの病気だ。
―― 恋の病?
「ねえよ……」 唇を噛んで手とナニを拭い、俺は、静かに、男泣きした。
↓↓↓
【後半は(C)澪さん……\コレジャナイ展開/すみません暴走した……!】
久しぶりに、永井が腹の上にいる夢を見た。 ただし、その目つきは誘うものではなく、あの、反抗的な睨みつけてくるものだ。 ―― なるほど、今日もこういう趣向か。 悪夢にも慣れてしまった自分にまた、不快が動く。 しかめつらでいると、永井が口を開いた。 「すげえ、迷惑なんすけど」 「……それは俺の台詞だ」 「アンタが勝手に俺の夢に出てくるから、俺がおかしくなってんだよ」 「だから、それはお前がやってることだろう」 「は? なに人のせいにしてんだよ」 ざっけんじゃねえ、と毒吐く永井……が、今夜は殊に現実みたいだとおかしくなって笑うと、眼差しに殺気が籠もった。 「とにかく! もう、俺の夢に出てくんなよ! アンタのこと好きとか絶対ねえから!!」 怒鳴り散らす永井には、どういうわけか、いつものような嫌悪感が湧かない。 むしろ、気軽に話せるような気がした。 「ああ。俺もない。お前は苦手だ」 「……苦手……な、相手に、ああいうことすんの」 眉を寄せ、唇を尖らせてむくれる顔は、どこまでも子供っぽい。 「男だからな」 「だったら、おっぱいでかいおねーちゃんでいいだろ……アンタ、男が好きなのかよ」 「それはない……たぶんな」 「俺だって、ねえし」 永井は叱られた子犬のような情けない顔つきで、ぼそぼそと呟いた。 依然、俺の腹に跨ったまま、こっちの胸板を軽く叩いてくる。 「こんなワケわかんねえ、ガタイのいいおっさんに欲情すっとか……気になるとか、変だろ」 「お前がどんな趣味だろうが、それをとやかく言う気はないが、俺以外の相手にしろ」 これでこの夢と別れられるなら万々歳だ。 はやくどこかに行け、と念じながら告げると、永井はまた怒ったような、泣きたいのを堪えるような顔になった。 「三佐以外なんて、もっと……ねーよ」 はあ、と溜息をついて、永井はゆっくり体を倒してくる。 性的な色合いの薄い、犬っころが懐く仕草で俺にひっついて、 「三佐、三沢さんだけなんすよ。俺が、変になんの……もう、嫌なんです」 「……俺のことが好きじゃないんだろう」 「じゃないっす」 即座に答えて、また溜息をついて、肩口に頬を擦りつけてくるのはどうにも矛盾している。 「けど……こうしてると、気持ち良くて。三佐のカラダは好きかもしんないです」 あのむかつく永井と同じようなことを言っているのに、囁く声は哀しそうで、甘ったれで、突き放せない。 「どうせなら、ちゃんと、三沢さんのこと好きになったほうがいいのかな。そしたら、こんな変な夢……見なくなるんですかね」 「俺に訊くな」 「そーっすよね。三沢さん、俺のこと苦手で、嫌いだし」 「嫌いだとは言っていない」 「言いました」 「……好きな方だ」 ぴくりと、永井の体が動く。 「ほう、ってなんすか」 上げた顔は険のとれたもので、浮かぶ笑みのやわらかさに、居心地が悪くなった。 「変な意味じゃない」 「ほらやっぱ、俺のこと変だって思ってんじゃないすか」 それはもう、好意を告げているのと同じじゃないのか。 馬鹿らしい指摘を口には出さずにすぐさま放り捨てて、目を瞑る。 「お前が変なら、俺もおかしいんだろう」 短い髪を撫でてみる……ふわふわとした手触りは、そういえば、初めて知るものだ。今まで、こんな風に接したことはなかった。 心地よさに、ぼやけた眠気が訪れる。 「じゃあもう、俺たち二人しておかしいんですね。……最悪っすね」 あーあ、と嘆きながら、永井は俺に抱き着いて胸に顔を埋め、もう一度、あーあとくぐもった声で呟いた。 「これっきりにしてくださいよ。ほんと」 「……こっちの台詞だ」 もう一度、いや、何回目だ?同じことを言って、俺は夢の中でも眠りに落ちた。
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向こうから歩いてくる小柄な青年、は、永井だ。 そうと認識しても、あまり嫌な気分はしなかった。今日の寝覚めがそう悪いものではなかったからだろう。 永井も俺を認めると……いつもなら、軽く眉を顰めた後、取り繕った真顔で「ご苦労さまです」と挨拶を送ってくるはずが。 遠目にもそれとわかるほど、見事に、赤面した。 思わず、立ち止まってしまう。 「う!」 喉奥で詰まった声を上げ、永井は思い切り目を泳がせながら、ぎくしゃくと頭を下げた。 「三沢さ……三佐、ご苦労さまです」 「ああ。……どうした。調子でも悪いのか」 あまりにいつもと違う様子に声をかけると、今度は跳ね飛ぶ勢いで俺から逃げたいように背を反らす。 「問題ありません!」 顔どころか、耳や首まで赤い。 ついでに、呼吸も少々、荒い。 「……なに欲情してんだ。気持ちわりいな」 夢のあいつを思い出して口を滑らせると、赤面したまま、永井の眉がきりきりと吊りあがった。 「し……てねーよ!!」 怒鳴る姿は、昨夜のあいつの方に近い。 「言いがかりつけんなハゲ!」 場を弁えずに暴言を吐くあたりもだ。 近くを通りかかった二、三人がぎょっとした顔でこちらを見ている。 「誰に口の聞き方を教わった、士長。躾けが必要か」 「しつっ……」 また一段階赤くなった顔で、永井はぶんぶんと首を横に振った。 「変なこと言ってんじゃねーよ、さっきの取り消せよ!」 「お前が俺に欲情する変態だってことか」 「それアンタだろ!」 狙いも定まらないまま、殴りかかってきた拳は難なく受け止める……激情に駆られて咄嗟に、というには腰の入ったいいパンチだ。冷静さを持てば、武器になるだろう。 「夢でも見たんじゃねえのか」 「見てねえよ……っ!」 涙目で怒鳴る永井を見て、なんだ、と妙に腑に落ちた。 ―― あれは、お前が見せてたのか。 以心伝心、とは違うか。 こいつの目つきや態度の中の何かが、あんな夢を作り出していたんだとしたら、一応の納得はできる。 それこそ夢物語じみた仮説を組み立てながら、腕を捻り上げる。ぎゃあと悲鳴をあげる永井の色気の無さときたら、これ以上ない現実味があって、実に安心できた。 「説教部屋に来い。その根性、叩き直してやる」 「はなっ……離してくださいよ!」 引きずりながら、さて、どうやって永井に俺の安眠を奪い続けた責任を取らせてやろうかと思案を巡らせるのは、妙に楽しかった。
(ハッピーエンド……?)
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