(13/01/14)
【並行世界発、終着駅不明】 気がつくと古い電車に乗っている永井。 向かいの座席にはずいぶんと擦りきれた自分が座っている。 「……よぉ」 「ああ」 「どっから来た?」 「えー……と……」 「当てる。……三沢に殺られたろ」 「……だったかな」 「ケショーしてる、TNT持ってねえ、機関銃くらってる。わかりやすいよ」 「お前は?」 「お前よりも生きてたよ。……お前はそこで死ねてよかったよな」 「なんだよそれ」 「死ねないっていうのは、面倒くさいんだよ。お前みたいなのにも会うし」 「……わけわかんねえ。なあ、このまんま行ったら、沖田さんに会えるかな」 「さあな。俺は行けない場所だから、てめえで確かめろよ。そら、駅に着いたぞ」 「お前は降りないの」 「降りられない。……沖田さんに会えたら、よろしく言っといて」 「わかった」 駅のホームに降りる。発車した電車は暗いトンネルに入っていく。 改札は無人、向こう側に立っているひとに大きく手を振る。駆け出した足は軽い。 誰かに言伝てを頼まれた気もしたけど、もう思い出せない、自分がだれで彼がだれだったかも。 ただ、大切なひとだとは知っていた。
(忘却の河が改札で、切符は記憶。)
【壊れた記憶の修繕方法。】 【パラレル。】
歩道橋で、大事な腕輪を落としちゃった市子ちゃん。 下の道路に落ちてどっかいった。 もう半泣きで捜す。 「これ、君のだろ」 落としたところ見てたから、と、わざわざ道路の向こう側から走ってきて差し出してくれた人なつっこそうなお兄さん。 なんだか初めて会った気がしない。 「あ……壊れちゃってる……」 金具が留まらない。ふたたび泣きそう。 「見せて」 お兄さんが針金で応急処置してくれました。 「あんまり格好よくできなかったけど……どうかな」 「すごいです! ありがとうございますっ」 「どういたしまして」 屈託なく笑った顔を初めて見た……と思ったら、急に、涙があふれた。 「大丈夫? どうかした?」 ちょっと慌て気味のお兄さんに、首を横に振る。 「わかんない……わかんないけど」 悲しくはなくて、涙と一緒に、重いものがこぼれていく感じがした。
(ありがとうって言いたかったの。) (実年齢差? 気にしない!!)
【何処かの誰かと此岸と彼岸】(2012/10/12)
―― ここで死んだら、俺はどこに行くんだろうな。
闇に紛れてしまいそうな掠れ声で、永井は確かにそう言った。 「こんなわけわかんねえ世界で死んじまったら……この世界の地獄に落ちたらさ、みんなには、会えないよな」 あの島の屍人も闇人も、宇理炎で燃やしてしまった。不浄を焼き尽くす煉獄の炎は、世のことわりを外れたものたちを消滅させたはずだ。 いまも美耶子がさ迷う水底の異界を、穢すこともない。 しかし……ヒトの魂はどうだろう? すこし考え、須田は首を横に振った。 「たぶん、みんな同じ場所にいくよ。つながってるから、俺がここに来たんだよ。それにさ、永井さんは地獄には落ちないよ。あそこは、呪われた魂だけが行く場所だ」 「は……こんなクソみてえな目に遭って、呪われてないってのか」 自嘲ともやけっぱちともつかない調子で笑い、永井は煤けた壁に寄り掛かったまま、赤い空に目をやった。 「ずいぶん、前にさ……上官に言われた。頭をぶち抜いてみれば、これが夢かどうかわかるって……現実なら、それで終わるってさ」 「ぶち抜くの? やめたほうがいいよ、永井さんは死んじゃうから」
永井は死んでしまう。 須田は、死ねない。
「これが、現実ねぇ。でも、お前が俺の夢じゃない証拠ってあるか? ……ないよな。結局、死ななきゃわかんねえんだよ」 投げ遣りに放り出される言葉は、どこまでも乾いている。 乾いて、ささくれて、須田のなかに残るやわらかな場所に刺さるのだ。 「……出口が、どっかにあるよ。きっとさ」 呪われていない永井なら、現世への綻びを潜れるかもしれない。 須田の励ましに、永井は力なく手首を振った。 「ハ、出口なんかありゃしねえよ。……何日、ここにいると思ってんだよ。それに……見逃がしてくれないんだ、あのひとが」 「あのひと?」 「そこで、待ってるんだ、俺が、追いつくのを」 ゆっくりと、音節を区切る永井の目は暗く澱み、かわいている。 「お前と一緒だ。つながってるから、来たんだろ……だからずっと、俺を見てるんだ。早く、目ぇさませってさ」 永井が指す方角には、誰もいない。 ―― 恭也。このひとはもう駄目。心が、重荷に耐えられなくなってしまった。 悲しげな囁きが、須田のうちがわに響いた。 わかっていた。 自分のしていることが、燃え尽きかけた蝋燭を、手の平で風から庇っているだけだと。 それでも、永井は笑ってくれたのだ。 須田を『人間』だと認めて、名前を呼んで、笑ってくれた。一度は、希望を抱いたのに。 「……っ、んなの、いないよ! 大丈夫だから! 二人で、こっから出ようって言ったじゃん!」 「俺なんだろ」 須田。 今となっては、呼ぶもののない名前を当たり前に口にする永井は澱んだ目のまま、ひび割れた唇を笑みのかたちに歪め、おだやかに告げた。 「俺がいるせいで、俺があの人に捕まったせいで、お前が逃げられないんだろ……俺はやっぱり、ここの地獄に行くよ。……死んで、合わせる顔もねえしさ」 永井の右手が、ゆっくりと持ちあがる。 「待って、永井さ……!!」 乾いた銃声が響いた。
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「……堂々と居眠りなんて、いい度胸してんじゃない」 口調はフレンドリー、声音と視線は絶対零度の『えらいひと』を前に、永井は胃の裏側がやすりで削られる気分を味わっていた。 取調室、説教部屋などと揶揄される狭い会議室のなか、こちらを見下ろす巨躯の圧迫感といったらない。 早くここから脱出して、夕飯にありつきたい。 「反省してます。腹筋でも、腕立て伏せでもなんでもします」 「罰を受けるから、規則を破ってもいいって思ってるのか? そんな甘い考えで、この先どうするんだよ」 わかってるよ、それくらい。嫌味なやつだな。 腹の底にふつふつと沸く不平を抑え、「すみません」と形ばかりの反省を述べる。 座学なんて、みんな寝ながら聞いているようなものなのに、永井ひとりだけ呼び出されたのは完全に見せしめだ。 大体、三等陸佐ともあろう御方が、じきじきに下っ端に訓戒を垂れて反省を促してくださるなんて、ありがた迷惑どころか嫌がらせとしか思えない。 ―― なんなんだよ。俺が、そんなに悪いことしたってのかよ。 これが沖田だったら、運が無かったなぁと笑いながら、全員の前で永井に腕立て百回でもさせて終わりだ。 途中で背中に座ってくるぐらいのことはするかもしれないが、まあ、とにかく、ねちねちと責め立てるような真似はしない。 「じゃあ自分は、どうすればいいんですか」 押さえきれない苛立ちが滲む声音で訊ねると、鋭い視線だけが返ってくる。 自分で考えろ、とでも言いたいようだ。 ……もう考えて、却下されたのだし、これ以上は何も出てこない。 「三佐……あの、自分は……」 無言の圧力に耐えかねて、何を言うとも決めないままで口を開くと、三沢は深いため息をついた。 「永井」 「はい」 唸るように呼ばれて、背筋を正す。 「俺は、悪い夢を見てたんだよ」 「……はい」 そのせいで八つ当たりでもされたのか。 永井が安眠を貪っているのがよほど気に食わなかったのか。 「それも終わり。全部、終わりだ。お前も……気にするな。済んだことなんだから」 「三佐?」 今までとはずいぶんと矛盾したことを言いだした、三沢の口元が笑っている。 ひどく、珍しいものを眺めている気がして、ぽかんと口をあけた永井の方に、大きな手が伸びてきた。 避ける間もなく、乱暴に頭を撫でられる。 あたたかい、と、思った。 「じゃあな」 三沢が、ドアを開けて出ていく。小学生ぐらいか、お下げの女の子が駆けよってきて三沢の腕に嬉しそうにまとわりつくのを、永井にしたのよりも優しい手つきで撫でてやっているのが隙間から見えた。 ―― 子供、いたんだっけ? どうしてこんな所に来たのかはわからないが、たぶん、これから一緒に帰るんだろう。 「俺も……帰らなきゃ」 糸に引っ張られるように立ち上がり、僅かに開いたままの扉を開く。 誰もいない廊下に一歩を踏み出した瞬間、がくりと、体が落ちた。
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目を開ける。新鮮な空気に混ざる濡れた土と草の匂いに、一瞬、懐かしいような気持ちになった。 「やべ……俺、寝てた……?」 演習の最中に居眠りをするなど、殴られても文句は言えない。 腹ばいにうつ伏した藪の中、ひやりと冷たく、持ち重りがする塊を抱えて目を閉じていた時間は、それほど長くはなかったはずだ。 持っているのは勿論、89式小銃……と、ほとんど見分けがつかないほどそっくりなエアガンだ。 正式採用された訓練機材であるだけに、玩具とは呼べないほどの精巧さと、それに見合った価格を持つソレを、万が一にでも取り落とすことがあってはならない。 何の異状もないことを確かめてから、異常に気付く。 永井がうたた寝などしていたら、即座にからかってくるはずの人がいない。 バディとして、訓練中に離れて行動するなどありえないひとが。 「沖田さん……?」 胸の奥に沸き上がる奇妙な焦燥に促され、呼んだ声は迷子のようだ。 立ち上がろうとして、永井は、手足が地面に引き込まれるのを感じた。 藪だと思っていたのは泥濘の沼だ―――まさか、沖田は。 「沖田さん、沖田さん―――!」 急速に沈む視界を必死に巡らせ、もがいた指先を、青い布がひらりと掠めた。
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ざわざわと、喧騒が動く気配で目が覚めた。 待ち合わせのコーヒースタンドで、沖田が来るのを待つうちにうとうとしていたらしい。 耐水耐塵、タフなデザインが気に入っている腕時計を見ると、約束の時間を五分ほど過ぎていた。 十分前には来るのが常の沖田にしては珍しい。 ―― どうしたんだろ。 サイレンを鳴らして駅前通りを走っていく救急車に、ぎくりと胸が騒いだ。 嫌な予感、泳ぐように外に出る。 人だかりを掻き分けて――ぐしゃぐしゃに潰れた車と、黒く濡れた地面を見た。
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失墜感に覚醒する。 高い場所から墜ちた気分を味わいながら、ベッドに寝転がったまま、窓硝子越しの空を見上げた。 夕焼けの空が鮮やかに赤い。 沖田に会いたいと、唐突に思った。 なんだか……そんなはずはないのに、ずっと会っていないような、会えずにいるような、気がする。
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という、「夢から覚めてもずっと夢の中で終着点が見えない/沖田さんに追いつけない」という、ゴールドエクスペリエンス・レクイエム。
【つよくてニューゲーム】(2012/10/23) 【ファイナルデスティネーション現象ともいう。】
人生に連コインの投入口はない。 過ぎた時間は決して戻らない、犯した過ちも取り返しがつかない、できるのはその先をどうするか、少しでもましな結果に近付こうと足掻くことだけだ。
「だから俺は、お前に警告しに来たんだ」 べたりと黒い汚れがついた迷彩服で、肌も泥だか垢だかで汚れて真っ黒な『俺』が言う。 「いつ引き戻されるかわからない……から、大事なことから言うぞ」 ひどく疲れきった様子の彼は、落ち窪んだ目を瞬かせ、俺に銀色の小さな金属片を差し出した。 ドッグタグだ。一枚だけの。 「夜見島には、行くな。誰も行かせるな……それができなかったら―――人間は、殺すな」 暗く、突き刺すような声だった。
蒸し暑さで目が覚める。まだ、夜の夜中だ。 汗ばんだ手のなかにある固い感触を引き寄せ、枕元に置いていた携帯の光で照らしてみた。 YORITO NAGAI 黒ずんだ汚れがべったりと貼り付いた表面には、予想通りの名前が刻まれている。 俺のタグは二枚とも健在だ。 一枚は死者の口に差し込み、もう一枚はバディが持ち帰る。 ――― 沖田さんは俺のタグを持ち帰れなかったし、俺が沖田さんのタグを持ち帰ることもなかった。 身分姓名を明らかにする標の代わりに、彼の残骸を粉砕する爆弾を突っ込んだんだから、当たり前の話だ。 タグを引きちぎる余裕でもあれば、そうしてたか……それはない。俺は、帰ることなんか考えてなかった。 ただ、俺が信じて拠って立つすべてをぶち壊した存在が憎くて、むかついて、こっちから全部ぶっ壊してやれと思っていた……気がする。 そのあたりの記憶は『俺』が渡さなかったのか。わからないが、『俺』が辿った末路はろくなもんじゃないらしいってことだけは確信できる。 タグを握っていると、ぱらぱらと本をめくるように『俺』の記憶が読み取れる。 ホラー映画かゲームみたいな展開だ、大袈裟な夢だと、他人事なら笑い飛ばせた。 でも、これは、これから起こる未来だ。 俺が止めなければ、必ず起きる。
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結局、俺は輸送訓練に参加した。 二桁は繰り返してわかった。輸送機に細工して出発を妨害しようが、朝飯に下剤をぶちこんで集団食中毒を演出しようが(我ながら良くないプランだった)、つまりありとあらゆる手段で輸送訓練を中止させても、俺達は必ず死ぬ。 隕石落下はありえなさすぎて思わず笑っちまったが、謎の集団感染やら車両事故やら、なんだったのかは俺も吹き飛んだからわからないが爆発に巻き込まれるやらで、長くて半年、短くて二週間以内には死ぬ。 まとめて、ばらばらに、配属替えをした奴まで、そうしなきゃ帳尻が合わないって誰かが決めたように死ぬ。 そのたびに『俺』は次の俺にタグを渡し、俺は未来を変えようと努力する。
一度だけ……タグを見咎めた三佐に、全部ぶちまけた。 あんたは俺に殺されますよ、そして化け物になって、化け物にくわれるんだ……とは言わなかったが。 三佐は口を挟まずに俺の話を聞き、実に軽やかな調子で「そっか」と頷いた。 「信じて、ませんよね」 「信じてほしくないのに話したのか?」 「いえ……」 三佐のタチの良くないにやにや笑いが、その時はなぜか、気にさわらなかった。 「頑張ったなぁ、永井くん。ぜんぶ終わるからさ、安心してよ」 やけに浮かれた調子でそんなことを言った三佐が数時間後、自分の頭をぶち抜いた姿で見つかるなんて思いもしなかったし、その一ヶ月後、俺達は全然関係ない場所の列車事故に巻き込まれて死んだ。 おかしな人だと思っていたが、三佐の葬式のあと、沖田さんから二年前の話を聞いて、なんとなく理由はわかった気がした。 島では三佐の判断が正しかった。まるで、人とは違うなにかが見えてたみたいだった。 タグのことを訊いてきた時もそうだ……『お前が死んだのか?』と険しい顔でとんでもないことを、でも、正しいことを言われた。 そんな人が、大量に死者が出た災害現場で、俺には想像もつかないものを見て、精神を病んだとしたら。 薬に頼るようになるのも、無理はない。 ――― だからって俺に銃を向けたのは、いくらなんでも、ねーよ。 文句を言おうにもあの三佐は俺が誤射して殺してしまったし、今回の三佐は勝手に死んでしまったのでどうしようもない。 そして結局変わったことといえば、いつも沖田さんが俺より先に死ぬのに、あの時は俺が先に死んだらしいってことだけだ。
そんなわけで俺が出した結論は、少なくとも俺と三佐は生き残っていた島で、前とは違うことをしてみよう、というものだった。 理由はわからないがまた繰り返すなら俺が死んだところで次の俺に選手交替だし、そうじゃなきゃ、うんざりするデスレースはここで終わりになる。 まあ、まずは。 「沖田さん、場所変わってもらっていいですか」 「どうした?」 「そっちに座らないと落ち着かないんで」 「なんだそりゃ」 あきれて笑う沖田さん、なにもしらない沖田さんに笑い返す。
これでひとつだけは、状況が変わるんだ。 終わりになろうが続こうが―――俺が、人間を殺す化け物にならない限りは。
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三佐は自分が呪いを引きずってるせいで事件に引き寄せられて皆を巻き込むなら、自分があっちがわにいけば解決だ!と思ったわけで。 この場合はむしろ永井くんが特異点なので、パラレルワールドの記憶を引き継ぐ永井くんひとりが死ねば解決するかもしれない話。 しかし彼は同時に『死ぬと他世界で記憶を引き継げる自分を探す』存在なので、夜見島で綻びを繕わないと傷を広げ続ける歪みでもある。 わけがわからないよ!
【マニアクスを読んで興奮していたらしいよ】(2012/10/09)
永井が、言いたいことあんならちゃんと説明しろよ!!そんなに俺が信用できねえのかよ!!と、ぶちきれる確率事象がどこかにありませんか。 ありませんか!!
お前にはわからん、とか言われたら、そんなの言わなきゃわかるわけねーだろ!だからアンタなんか嫌いなんだよ!!て、お子さま理論で泣けばいいよもう。
「さっ、三佐は……っ、沖田さっ、が、俺をかばったから……俺なんかが生き残ったのが……っ、気にくわないんだろ……!」 「ッ!……永井!」 ここで三沢さんが、幻覚やもろもろ吹っ飛ばして永井の両肩をガッと掴んで 「沖田がお前を生かしたことを、無駄にする気か。死んだほうが良かったとでも思ってんのか……ふざけるな」 「……だっ、て」 「終わっちまったことはどうにもならないんだよ。今、生きてるのは俺とお前だ。生き延びて、脱出することだけを考えろ。いいな」 「さん、さ……」 「返事は」 「了……!」 目の光を取り戻した永井に言い聞かせながら、自分の悪夢もここを脱け出したら終わるかもしれない、などと希望を持つのは、永井くん闇人化の絶望フラグです、三佐!
……どうあがいても鬱展開……いやいや……。
「なんでアンタなんだよ」はキツイヨネー。
【何度めだこのネタ】(2013/01/27) 【いいシチュエーションだよね……好きなんだよね……】 【陽のあたる場所で休憩。って、場所どこだっけ】
隙間なく薄灰の雲に覆われた天球は太陽の光を乱反射し、永井の足下には濃淡を異にする影がみっつばかり落ちていた。 それを感慨なく見下ろし、鉄柵に背を預ける。ここなら日が沈むまでは影にならないはずだ。 岸田百合は船で別れたきり、助けてやると言ったのに未だ無事なのかもわからない。 三沢はどうしたか――。 「……知るかよ、あんなやつ」 小さく毒吐き、膝の上に顔を伏せる。無意識にでも捜しているのだと、戻れば合流できるのではないかと考えていることを、自分で認めたくなかった。 警戒と緊張に慣れた体は軽い興奮状態を維持しているが、蓄積した疲労は穏やかな眠気に変わり、永井を押し包んだ。 閉じた瞼の内側、放埒に落ちかかる意識をそれでも留め、他人の視野を探る。 ―― 薄暗い建物の中、影に蟠りぶつぶつと呟いている。 ―― ノイズが強い、遠い場所。 ―― 階段、銃を持って動かない。 『永井……どこだ……』 闇人が呟く声に、もう殆ど中身のない胃の腑がぐつっと捩れる。 聴きたくない声は懐かしさと慕わしさで永井の心を引き付けた。あれはただ、浮かんだことばを口にしているだけだ……意味もわからずに。 自分は安全な場所にいるのだからと言い訳をして、視界を掴み続ける。 階段に座り込んでいるらしい闇人は、銃をゆるゆると撫でながらぽつりぽつり、永井への励ましを口にする。 目の奥が熱くなり、集中が乱れて視界を維持できなくなるまで、永井は声に耳を傾けていた。
短い眠りのあいだに見た夢は忘れた。 目覚めてすぐに状況を把握しようと働く頭、当然ながら何の好転もしていない現実を再確認する気分は最悪だった。 だから、自分が見たのは幸せな夢だったはずだ。 「……だったら」 思い出せなくて良かったと、永井は唇の端を歪めた。 名を呼ぶ闇人から遠ざかり、あてのない探索を続ける。 踏みつけるアスファルトは白く乾いてひび割れていたが、泥沼のなかを這いずる感覚は拭えなかった。
【ナイトミュージアム見てたらわいた楽屋裏ネタ。】(12/12/20) 【出番ないとき何してますか?】
プレイヤーが決して足を踏み入れることのない、閉ざされた扉の向こう側。 攻略上は必要のないブランク、何のデータもないいわば書き割りの裏側だと思われているそこは、いわゆる「楽屋裏」である。
「うー、疲れたぁ〜」 「8連戦はさすがに堪えるな……」 ばたんと音を立てて開いた扉から、小銃を担いだ三沢と、顔についた血糊を吹き吹きぼやく沖田が入ってきた。 ちゃぶ台に肘をつき、テレビを見ながらポテチをかじっていた永井は勢い良く立ち上がり、玄関に走り出て二人を出迎えた。 「ご苦労様です! お風呂わいてますよ!」 「おっ、気がきくなぁ永井。一緒に入ろうか?」 「了! 沖田さんのお背中流させていただきます!」 「えっ、まじでいいの」 「まじまじっすよ! いま支度しちゃいますね」 沖田の軽い冗談に元気良く応じる永井は、善は急げとばかりに、部屋の隅に置いていた小銃……ではなく、赤い洗面器と黄色いタオルとアヒルの銭湯セットを小脇に抱える。 「なーがいくん、俺の背中はぁ?」 のしりと、肩から手を回して背中にのしかかってきたおっさんはじろりと睨み付け、手の甲をつねってやる。 「痛っ」 「自分のことは自分で面倒みてください」 「沖田ぁ、永井が俺をいじめるー」 「三沢さんが永井のプリン食べちゃったからでしょ」 「仕方ねぇだろ、永井がブライトウィン号探検から戻ってこないんだもん。賞味期限すぎた卵製品は怖いんだぞー、この島にはトイレ少ないしさぁー」 「っつか鬱陶しいんで離れてください三沢さん」 「あ? 悪いね、永井くんがちっさいからいるの忘れてげふっ……! 上官に肘打ちはないだろ永井〜、おっさんはねぇ、ヘッタクソなプレイヤーのせいで7回も蜂の巣にされてきたんだよ〜?」 ぐりぐりと、つむじのあたりに頬擦りしてくるのがうざい。むしろキモい。 「はあ? 知ったこっちゃねーよ」 次は両肘鉄いくかと算段を立てつつ、永井は冷たく吐き捨てた。 「そのクソプレイヤーには俺もさんっざん死なされてるんでおあいこっすよ。だいたい、ブライトウィン探索が長引いたのは三沢さんが勝手にどっか行っちゃうからですよ」 「シナリオ中では女の子おっかけてどっか行くのは永井だけどな」 「うぐっ」 「でもさぁ、おじさんほんと苦労してきたんだからねぎらって癒してくれよ、あんまりつれないとチューしちゃうぞ」 「ぎゃー!! 沖田さん助けてロリコンハゲにセクハラされるー!!」 「ロリコンじゃありませんー、女子大生好きですー」 「それもどうかと!!」 「ははは……あ、PS2の電源落とされたし、プレイヤーは寝ちゃうみたいですね。今晩はゆっくりしましょうよ」 三沢と永井の漫才を見守っていた沖田が、玄関ドアの上についていた緑のランプが消えるのを見てにこりと笑んだ。屍人メイクが残っているので顔色が悪いが、これはいたしかたない。 脱ぎたてほやほやな血塗れの戦闘服・上衣を吊るす玄関脇の衣紋掛けには、闇人の衣装も引っかけてある。どちらも沖田のものだ。 屍人と闇人の二役をこなす沖田は、プレイヤーの遊び方によってはごく短時間での早着替えおよびメイクを要求されるが、その素早さには目をみはるものがある。 永井のフェイスペイントも、出番が押している時にはデモシーン再生のあいだに(たまにスキップされると本当に焦る)沖田にやってもらうことがあるくらいだ。 操作キャラと屍人と闇人の三役で大忙しの藤田、さらに乙式甲式が加わる太田父娘も相当にきついらしく、特に出番の多いともえは舞台裏で亀ゼリーエキスやら各種栄養ドリンクを飲んでいるのをたびたび見かける。自分はフェイスペイント程度の変化で良かった、と、それを見るたびに思う永井である。 ちなみに舞台裏でのともえは加奈江と仲が良く、どこにあるかはよくわからない回線を使って仕入れてきた雑誌を眺めてきゃっきゃっとはしゃいでいるのはなかなか目の保養……屍人、闇人メイクではない時に限るが。 加奈江も回想やら百合やらラスボスやらでいったい一人何役こなしてるやら、たまにちっちゃい方の三上脩を抱き締めて「しゅうぅ〜、お姉ちゃんを癒してぇ〜!」と奇声をあげ、聡明な弟に悟り顔でよしよし撫で撫でされているのは、見えていないふりをしてあげるべきだろう。 永井も沖田や三沢、その他自衛隊の仲間たちに似たようなことをされる……だけでなく、たまたま昼食が一緒になった阿部にまで「よりちゃんはワンコっぽいよなー」と頭を撫でられたので、小さい三上には軽く同情…………いや、胸の大きいお姉さんにぎゅっとされるのと、ただいま現在進行形で胸板の厚いおっさんにうざったく絡まれるのは役得度が百点とマイナス千点くらい違う。同情できない。 「もー! 離してくださいっ! 先に風呂はいってます!」 三沢を振りほどき、脱衣場に向かう背中に「あーあ振られちゃったよ」と残念そうな声が届いたが、いいかげんにしてほしい。 薬をやってラリッてる場面のほうが素に近いんじゃないかあのおっさん、と毒吐きながら、脱衣場前のロッカーに入れてあったジャージと下着を取りだし、脱衣籠に入れて潔く服を脱いでいく。 実のところ、自分達は電子的なデータなので着替えも風呂も必要はないが、まあ、気分というやつだ。 風呂場を銭湯風の造りにしたのは三沢の趣味だが、タイル張りの広い浴場は気持ち良い。あちこちの背景やアイテム、時にはアーカイブから集めてきたテクスチャを、自衛隊組総出でわいわいと切り貼りして作った朝陽が指す富士山をバックに翼を広げた鷹が舞うタイル絵も見事である。 もっとも、隊員たちの多くは各自データの隙間に居心地の良い『自宅』を構えているので、永井と三沢、沖田という濃いメンツが暮らすこの場所に訪ねてくることはあまりない。 「人が多い方が楽しいのになあ……やっぱ三沢さんが敬遠されてんだよな」 それもあるが、各ステージでの永井のステルスなにそれおいしいの?見敵必殺サーチ&デストロイだよ?な、鬼神のごとき戦いっぷりに軽いトラウマを抱えてしまった者が多いことに思い至らないのが永井の若さである。 市子からもらった、爽やかライムの香りなボディシャンプーを泡立て、身体を洗っているとからからと引き戸が開いて腰にタオルを巻いた沖田と三沢が入ってきた。 「PS2だし、モロ出ししてもなぜか絶対に見えない仕様になってるのに、どうしていっつも巻いてくるんすか」 「そりゃあ気分だよ永井くん」 「あんたにゃ聞いてねえ」 「……プリン、新しいやつ冷蔵庫にいれといたから機嫌直してくれよ」 「それを早く言ってくださいよ! 三沢さんのお背中も流してあげますね、沖田さんのあとでー、あ、タワシでいいっすか? デッキブラシのほうがいっすか?」 「どうしてそんなにキツいかなあ」 風呂でも続く上官役と部下役の掛け合いに、屍人メイクを洗い落とした沖田がのほほんと笑う。 「永井は、三沢さんにはよく甘えるよな」 「はあっ!? むしろ俺が甘えられててうぜえんですけど! 沖田さんひどいっす!」 「そうかぁ永井くんは甘えたいお年頃か……お兄様って呼んでもいいぞ」 「誰が呼ぶか図々しいわオッサン! 真顔がきめえ!」 暴言を怒鳴ったところで、また、引き戸がからからと動いた。 「ん? お客?」 「おお、邪魔するぞー」 屍人メイクがないと人の好いおじさんでしかない一藤と、ヘルメットとメイクがないとただのイケメンでしかない部下屍人(通称おとも)の二人が、こちらはタオルを腕に提げただけの正統派スタイルでやってきた。 と、沖田が嬉しげに合図する。 「ともちん、リアルおひさー」 「おっきー、リアルおひさー」 「……なんすかその挨拶」 「いやあ、須田くんが無印PS3配信記念にってモンハンのデータ持ってきてくれたから、空き時間にやってるんだよ。俺がおっきーでおともがともちん。パンダはダータで……ニヤなんだっけ?」 「マジキチスマイル」 「悪いインターネットに毒されてるな、あいつは」 「ううう、俺の知らないとこで楽しいことしてるなんてずるいっす!仲間に入れてくださいよぉ!」 「永井は出番多いからなあ」 「夢中になりすぎてローディング時間に遅れたりしないか?」 「しませんって!」 わやわやと騒ぐ若者?たちをよそに、広々とした浴槽で手足を伸ばすおっさん二人。 「ふぃー……疲れが吹っ飛ぶなあ」 「疲れって、今のプレイヤーまだ隠しシナリオ出せてないんじゃありませんか」 「そうそう。だからエキストラに混ざって学校ステージの巡回ボランティアしてんだよ」 「学校は正規配置でしょうが」 「あれ、知ってた?さすがだね三沢三佐」 「一藤一佐こそ、自分のいないステージに詳しいと思ったらエキストラやってたんですか……屍人の数が増えたとは聞いていませんが」 「助っ人してんのはハードモードだからなぁ。ヒゲが映らないように遠くからスナイプ役だし、今日もお前を仕留められたのは一回だけよ」 「……いたんですか」 道理でやたらと手強い敵だったと納得する。 攻略の進まなさに不貞腐れて寝てしまったプレイヤーが、裏事情を知ればいくらか慰めになるだろうか。
風呂上がりには瓶のコーヒー牛乳を飲み、夕飯を囲んで、十畳の畳部屋に布団を並べて雑魚寝。 いつもより高い人口密度に幸せそうな永井の寝顔を見つめ、沖田は優しく微笑した。 「お休み、永井。明日も挫けんなよ」 単独ステージが多く寂しがりやな彼のために、沖田が皆に頼んで時々は泊まりにきてもらっていることを、永井はいまだ知らないのであった。
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上手いプレイヤー宅の永井くんはもっとクールかもしれん。
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