11/02 【俺俺、俺だよ、俺という名の観測者だよ!】(c)ルシファーさん
月刊アトランティス編集者、一樹守(21)は数々の怪奇スポットを探訪し、体当たりの取材を行うことで一部での読者に好評を博しつつある気鋭の新人である。 記名記事を載せられるようになってまだ半年ながら、知識と鋭い直感を駆使し、未来を見通す推論を元に繰り出す『つまり、手をこまねいていれば地球は滅亡する』『異世界人は今この瞬間も我々を狙っている!』『平行宇宙からやってきたジョン・タイターのように、彼も、異界をさまよい続ける旅人だったのだ』等のトンデモ結論は、「今月も安定のMMR」「俺たちのMMR」「MMRだけはガチ」などと、芸風として歓迎されている。 さて、そんな一樹であるが、今起きている現象については説明がつけられない。 つけられないが、常に持ち歩いているボイスレコーダーに向けて語ることは忘れない。 「た、たった今起きたことをありのままに話そう……いや、俺にも何が起きたのかわかってはいないのだが……」 ポルナレフ乙、と突っ込む者はいない。 「俺は『悪魔を呼び出す四つ辻』で、どんな願いも叶える悪魔を召喚する儀式を行った……すると、自衛隊が降ってきた」 正確には、自衛隊員のような服装の青年が。うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かない。 「……いったい何処から……まさか、自衛隊輸送機消失事件に関わりがあるのか……?」 つい先日、記事に取り上げたからよく覚えている。 曰く―――。 『N県の離島、Y島は高度成長期時代に炭鉱街として栄えたものの、時代の移り変わりによって人口が流出、廃墟となった地である。 しかし、当時のまま残る住宅地はサバイバルゲームをたしなむ者には垂涎の的。自衛隊も訓練地として正式採用しているほどだ。さて、事件は訓練に参加する隊員を載せた自衛隊機がY島に近付いた時に起きた。 突如、かき曇る空。海と天を繋ぐ巨大な竜巻が発生。風に煽られ、コントロールを失う機体。操縦士は必死に体勢を立て直そうとする――その時である。渦巻く雲の中から、一機のヘリが飛び出してきた。迷彩を施した機体に日の丸、紛れもない自衛隊機だ! 操縦士は衝突を覚悟したが、正面からぶつかるかと思った瞬間、その機体はシャボン玉が弾けるように消えた……あれほど荒れ狂っていた天候も、嘘のように晴れた視界が広がる。計器はすべて正常値をさし、訓練機は何事もなくY島に降下した。 ……だが、コクピットにいた誰もが口を揃えてこう証言する。 「あれは、自分たちの機だった」 「恐怖にひきつる自分の顔がはっきり見えた」 「まるで、鏡のような」 ……と。 惑星直列によって乱れた地球の地磁気が生む、白昼の蜃気楼だったのか? あるいは、平行世界の自分たちを垣間見てしまったのか? 確かめる術はない。そう、時空の綻びに入り込まない限りは……。』 ネットの書き込みから時期と場所を特定し、裏を取り、問題の駐屯地に押し掛けて突撃取材を敢行したものの、門の前で捕まえたごついスキンヘッドは「通報されたくないなら、失せろ」と恫喝してくるし、塀越しに話しかけてみた頭の悪そうな童顔の隊員は「はぁ?知らねえよそんな話」と、けんもほろろの対応で、結局、噂以上の真相に切り込めなかった痛恨の記憶が……。 「回想してる場合じゃなかった」 状況についていけずに現実逃避など、オカルト記者の名がすたる。 見たところ、宇宙人でもチュパカブラでもない、普通の人間だ。 「まずは、そのへんにある枝で……つついてみるか」 反応がない。ただの屍のようだ。 「……通報、だな。その前に写真を撮っておこう」 胸ポケットからデジカメを取りだし、フラッシュを焚いて何枚か撮ったところで。 「うう……痛ってえ……」 迷彩が、よろよろと起き上がった。 「―――っ!」 驚愕が過ぎて声を失った一樹の前で、立ち上がった青年はこめかみに手を当て、何かに耳を澄ますようにゆらゆらと身体を揺らしている。 「あ……悪魔なの、か?」 四つ辻に現れる悪魔は、絶世の美女か怪しい老人、あるいは身なりのよい紳士と相場が決まっているはずだが、これも時代の変化か……。 一樹の問いに対し、まさに悪魔的な素早さで振り向いた青年の顔面は緑と茶色に彩られており、逆立った髪とあいまって、恐怖の象徴にふさわしい風貌をしている。 「四つ辻の悪魔が……実在した……だと……」 「……一樹……?」 「俺の名前まで知っているのか」 いよいよ間違いない。 一樹は生唾を飲み込み、デジカメをムービーモードに切り替えた。 「あなたに聞きたいことがあr」 「お前もこっちに来たのか……?」 ふらふらと、近寄ってきた悪魔が手を伸ばし――絶対安全圏である結界円の中に立つ一樹の腕を掴んだ。 「馬鹿な……!?」 「本当に、人間の……一樹、だよな。俺が、夢を見てるんじゃないよな……」 悪魔の手がわなわなと震えだし、くしゃりと顔が歪む。そして、男泣きに嗚咽しだした悪魔を前に、一樹は、ぽかんと口を半開きにしていた。 ――― なんだこれ。
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平行世界というか阿部ちゃんエンド世界に呼ばれて飛び出た永井くんな話。 二時間ほど語り合って、『なるほど……つまりそれは平行世界なんだよ!!』という結論を出したり。 駐屯地に連絡入れたら長いこと待たされたあげくに『自分がもうひとりいる』ことを知る永井くんとか。
「……どうすんだよ……」 頭を抱える永井くんを放っておけず、お持ち帰る一樹とか。
※続かない。
11/04
【なんぞこれ】
取材土産だ、と一樹が寄越してきた小さな箱の中身は。 「……一樹。これ、高かったんじゃないのか」 無理すんなよ。年収にすれば自分の半分ほどの稼ぎしかないはずの彼に対し、飛び出した感想はまず、これである。 しかし、無理をした理由はあるはずだ。 「気に入らないなら返せよ」 「なんで?」 「永井に渡すつもりで買ったから、他に活用法がない」 「意味わかんねえし……じゃなくて、返さなきゃいけない理由じゃねえよ、なんで指輪なのかって聞いてんだろ」 「エンゲージリングの起源にはいくつかの学説があるが、俺は、相手が自分の所有物であると他者に知らしめるための枷、というものを推したい」 「………………へえ」 首を振り振り、とりあえず通してみた左の薬指にはやや弛い。中指にはめると、ぴったりだった。 「っ、永井、」 「あ?」 永井の挙動を見守っていた一樹が上擦った声を漏らす。なんだよ、と問えば。 「だって、いきなり薬指に嵌めるなんて思わないだろ。永井が、そんな……俺の指輪を、く、薬指に……っ!」 恥ずかしいのか照れ臭いのかなんなのか、真っ赤になって身をよじる長身イケメンは残念の極致だ。 「はあ…………お前たまに可愛いよな、むかつくけど」 とりあえず、指輪をした手をのばして、首ごと引き寄せてキスのひとつもかましてやりたくなるくらいには。
(自分でエンゲージリングだとか口走ったくせに耐性ねーなコイツ、と冷静な永井くん) (でもデートの時はちゃんとつけていく) (それ見て嬉しそうな、しかし嬉しさを悟られまいと澄ましてる一樹かわいーなーバカだなーと思う永井くん) (そんな一永)
11/22
【申し上げる申し上げる】
錆びた扉を押して公衆電話のボックスに入り込む。 ガラス扉が閉じると土砂降りの外と隔絶された空間には、男二人の荒い息がやけに大きく響いた。 「……あー……」 情けないような苛立ったような呻き声をあげた永井が見上げた先、一樹は緑色の電話機の上にすっかり色を濃くした鞄を置いて、真っ白に曇った眼鏡を外していた。 「参ったな……何も見えない」 「それだけ曇ってたら、役に立たないな」 「眼鏡の話じゃない。外だよ」 不服そうな返答の通り、ボックスの外は滝のような豪雨で、一メートル先も見えない有り様だ。 雨天訓練に慣れた永井が傘を持たないのはいつものことだが、まさか一樹までそうだとは思わなかった。 「荷物平気なの。紙が多いんだろ」 「トラベルポーチに入れてある。……他も、ちょっと湿っただけだ」 鞄の中身を検分し、一樹は濡れたシャツを脱いで絞った。乾いていた床に雫が跳ねる。永井の靴にも飛沫が当たるが、今さら文句などいわない。 永井もTシャツを脱ぎかけると、「えっ」とうろたえた声が聞こえた。 「なんだよ」 「こんなところで裸になるなよ」 「誰も見てないだろ。つか、上だけだし」 狭いボックスの中、中途半端に脱ぎかけたTシャツが絡まる腕が一樹に触れそうだ。 一樹の喉仏が、唾を飲み込んで動いたのもよく見える。 「……変な目で見んな、こら」 巌のごとく、とはいかないが、鍛えた厚みのある胸から一樹の目線が離れない。 「俺さ、永井の背中が好きなんだ。綺麗だと思う」 妙に粘っこく聞こえる一樹の言葉に、そういやこいつ後ろからいれる時いっつも、背中の方にキスしまくるよななんてことを思い出して眉をしかめる。 「そりゃどーも」 「でも、前もいいな。……うん、いい」 這い回る視線の熱さから、一歩後退した背中がガラス扉に当たって冷たい。 永井が後退したぶんの距離を詰めた一樹の腕が、ボックスの角に永井を閉じ込めるように壁に掌をついた。 「永井」 囁く吐息が、いかにも近い。 「あんたこそ、こんなとこで発情すんなっつうの」 「発情なんて……会ってからずっとしてる」 駄目だこれ完全にスイッチ入ってる。 ばかじゃねえの。 罵りは、怖いくらいに真剣な眼差しに封じられ、降りてきた口付けは甘んじて受けた。 雨脚は強くなるばかり。雨宿りの暇潰しに危ないことをしている自覚はあれど、一樹の気分が伝染するのにさほど時間はかからなかった。
10/31 【魚類の今日のお題は『サイコロ』『ワイシャツ』『銃弾』です。 #twnv_3 http://shindanmaker.com/14509 】
脱ぎ散らされた一樹のワイシャツの胸ポケットから、サイコロが転がり落ちた。 「何だこれ」 ベッドに沈没中の一樹が、俺の呟きに反応して眇めた目を上げる。 「ああ、麻雀の時の……」 「使うの?」 「やったことない?」 「禁止されてる」 「さすが軍隊」 「自衛隊だっつーの」 指弾の要領で弾いた塊が眉間に命中する。これが銃弾なら一樹はお陀仏だ。 縁起でもないことを想像して唇の端をあげた俺に、痛そうに顔を顰めた一樹が 「これ銃弾だったら、俺、死んでるんだけど」 ……まるで心を読んだみたいなことを言うので、声を出して笑ってしまった。 「あーあ、そしたら『ふざけんな』って、カンオケ蹴ってやるよ」 「置いてかれて悔しいってことか」 「うぬぼれんなっての」 にやにや笑う一樹に、今度は直接デコピンしてやろうとしたら、生意気にも素早く手を掴まれて、甲にちゅっと音を立ててキスされた。……一樹がアホすぎて、顔が熱くて仕方ない。ああ、もう、ばか!
11/5 DT一樹×永井で淫魔パロを考える。 むしろ、よんでますよ永井くん。
悪魔崇拝の儀式が行われていたという廃屋に、ひとり突撃取材を敢行する一樹。 一通りの調査を終えて、地下室にある怪しい祭壇を写真撮影。 祭壇の上の枯れ枝で手を引っ掻いて流血したけど、傷は浅い問題ない。 じゃ、帰るかー、というところで今度は瓦礫に足を引っ掻けて転倒、床に描いてあった怪しい魔方陣にダイブ。 ……と、インキュバスの永井くんが喚ばれて飛び出てこんにちは。
「俺を召喚したのはお前か…………って、いやいや、なんで男なんだよ」 「……すごいコスプレだな」 「コスプレじゃねーよ、なんなんだよアンタ。冷やかしか?」
角と羽根と尻尾はえてるのと露出度高い以外は普通の童顔(かわいい)青年に見えるわ、口調砕けすぎだわな永井に、緊張感も何もない。
「あーあ。このまま手ぶらで帰ったら馬鹿にされんだろ……なんかねえの」 「なんか、って」 「自分を振った女に復讐したいとか、モテたいとか」 「俺がもてないみたいな言い方すんな」 「……あー、眼鏡はだせぇけど顔は悪くないんだな」 「何様だ」 「インキュバスだけど」 「ここは日本だぞ。お前だって、日本人じゃないのか」 「呼び出した奴の好みに合わせてんだよ。……ん?それじゃ、アンタって男好きなのか?」 「違う」 「だよなー……そういう感じもしねえし。仕方ねーな、そういうことなんで、帰るわ」 じゃなー、と手を振って消えそうな永井を慌てて引き留める。 「ま、待て! 召喚したのが俺なら、お前は俺の命令に従う義務があるはずだ」 「お前が魔法円から出なければ、の話だろ」 思いっきり踏み越えてます。 「俺がインキュバスで良かったんじゃねーの、喰われずに済んで」 「くっ……とにかく、怪異を追うものとして放置はできない!」 「え?なにを追うもの……?」 中二ワードにぽかんとした永井の腕を掴むと、あれっ、と首をかしげられる。 「あんた、童貞?」 「い、いきなりなんだよ!」 「古いしきたりでさぁ、童貞と処女にはゴホーシしなきゃいけないんだよ」 「ごほうし……」 「ああ、いま考えたことで合ってる。サキュバスにチェンジするから、ちょっと待ってろ」 「……チェンジできるんだ……」 「ああ。なんか好みの注文ある? おっぱいでかいのがいいとか、ロリっぽいのがいいとか」 「お前はどうするんだ」 「フリーになるから、適当に女食って帰るわ……じゃねーとマヌケすぎんだろ」 「……放置できないって、言っただろ。お前が、俺に、ご奉仕しろよ」 「はあ?」 「セッ……とか、そういうんじゃなくていいから!! あるだろ、何か!!!!」 「さっきと逆になってるし。だーから、あんたが童貞捨てられるサキュバス喚んでやるって」 そしたらコイツ野放しになるだろ!と、焦る一樹。 「女はいらない! お前がいいんだ!!」 「うわ!?」 魔法円に引っ張り込めばおとなしくなるはず!!と、両手を掴んで引っ張った勢いでよろけた永井ともつれて倒れたり。 「痛っつー………ん?」 永井がべったり胸の上に体を伏せて、ぶるぶる震えてる。 「どうかした……か?」 「しっぽ……はな、せ」 「しっぽ?」 そういえば倒れた拍子に何かを握ってしまったんですが。 黒くてすべすべしてて、しっとりして微妙な弾力のある皮っぽい……永井の尾。 「もしかして、弱点?」 「ひゃあん!」 きゅっと握りこんでみたら、この悪魔、なんだかとんでもない可愛い声出してビクっと背中のけ反らせたんですけど。 で、すりすり扱いてみたら、顔真っ赤の涙目でやだやだって悶えてるんですけど。 「たってるし……キモチイイんだ?」 「気持ちよくなんかねえっ、し!」 「ふうん」 「あっ、やっ、やめっ、ふあっあ」 「……俺の魂に眠れる荒魂(あらみたま)が覚醒(めざめ)そうな件について」 ※意訳=「コイツ、苛めたくなってきた……俺ってサドっ気あったんだっけ……?」 「なにいって…………って、たててんじゃねえよ……!」 「お前がこすりつけてくるからだろ……」 「〜〜〜っ、だから、手ェ、はなせ……あうっ!」 とかやってるうちに、イかされちゃった永井くんがもうプライドやらなんやらヘシ折られて泣きだしたり。 「くっそ、最悪だよ……なんでこうなるんだよ……」 「あー……悪ノリした。悪かった、ごめん……」 「謝るぐらいなら最初からすんなばかぁ!! どうしてくれんだよ! 魔界帰れねえよ!!」 「そこまでトラウマになるのか……でもな、弱点剥き出しにしてるのも悪いと思うぞ?」 「お前が童貞じゃなかったらここまで効かねえんだよ!!」 「童貞で悪かったな。……ほらもう、契約もできてないんだし、黙ってればわかんないって。帰っていいよ」 「だから! 俺の! ご主人様がお前になっちゃったから帰れないんだよ!!」 「え?」 涙目の永井がきゃんきゃんまくしたててくることには。 「け、契約外の人間にイかされたら、そいつに仕えて、そいつが死ぬか、本気で俺に惚れて、魂くれるまで帰れねえの!! もう!いますぐ死ねよ!!」 「……あ、お前は手を出せないんだ」 「ううう、だって俺のご主人様だぞ……もうお願いだから今すぐ死ね」 「それはしたくない」 「じゃあ惚れろよ! 俺に!!」 「……ないなぁ」 男だけど可愛いし、さっきも可愛かったし、……泣き顔もずいぶん可愛いけど。 なくもないな、と思いつつ、一応首を横に振っておく。 「惚れさせてみればいいんじゃないかな、俺を、君に」
というトコからの、To Loveる同居生活が始まればいいんじゃないですか(適当。
11/18
【きみを忘れてしまうまえに】
※たぶん一永 ※また変な話 ※まだ恋は始まらない ※夜中のポエム精神 ※頭が寝てるから誤字すごいかもごめん ※起きてから読み返したらのたうち回るでしょう
夜見島での三日間から、もう何年が過ぎたのだったか。 頭の中で数えなければならないくらいの年は過ぎた。 俺は未だ若手と呼ばれる身ではあっても、中堅の編集者として手広く仕事をこなすようになり、特集号の巻頭記事を任されたりもしている。 つまりは多忙だ。人生観を変えるほどの大きな事件に巻き込まれたといってもそれで大金が転がり込むわけでも眠れる力が覚醒するわけでもなく(他者の視界を盗みとる能力は、異界を出たら消えてしまった……木船曰く、もし能力が復活するようなことがあれば危険が迫っていることを意味するそうだが、残念ながらその兆候はない)キャリアを地味に積み重ねるしかなかった。 俺の体験は、真実のみを描いているにも関わらず想像力豊かな記者の与太話として扱われ、世間的には大きな話題にはならなかった……海の底に潜む侵略者、人間の死体を操り、生ある者の意思に干渉する恐るべき存在……今もなお世界の深部に息づいているであろう脅威は市民の生活とは無縁のものと看過される。 誰もが、巻き込まれるその瞬間まで怪異とは無縁に生きていられると思い込んでいるのだ。 目を閉ざした民衆の中で、真実を知るものが報われることは少ない。俺にできるのは、感じとるアンテナを持つ者に対し、世界の危機はそこにあるのだと警鐘を鳴らし続けることだけである。 ……などと格好をつけても締め切りは一日たりとて伸びないので、目下、ある地方に伝わる奇怪な秘祭とその由来について地元民に聞き込んだ取材テープを再生しながら原稿をまとめている最中だ。 なにせ秘祭、地元の連中は口が固い。あの手この手でなだめすかして聞き出して、村の外に嫁いだ女性や、東京で仕事をしているという村の出身者まで追跡して集めた証言の中にはかなり興味深いものがあり、撮影した素材にも良い物が揃っていたので、時間的には余裕をもって記事にできそうだ。 チーフのOKが出るまで緊張するのは新人の時から変わらないのだが。 ともかく、頭を使う仕事をしていると糖分が欲しくなる。 デスクの引き出しから、常備しているガムを取り出そうとした指先に、小さな固いものが当たった。文房具や取材メモの他、取材先から持ち帰った幾つかの物品が入りっぱなしになっている空間はそのうち整理しなければと思いながらも混沌さを増すばかりだ……先輩のように袖机どころか床にまで溢れる惨状になる前になんとかしよう。 これは何だっけなと引っ張り出して――ああ、と、呟く。 あの島には、永井頼人と言う名の自衛官がいた。 ながいよりと、と、音だけ覚えていた姓名がどんな文字で記されるのかを、俺は、新聞記事に列ねられた行方不明者の名前の中から知った。 その記事の切り抜きをカードケースに入れてあったのだ……夜見島の『現実』から読み取れる情報を報道した記事の多くはファイリングしてキャビネットに納めたが、これは、俺のために取っておいた。 『永井頼人(同士長、21)』同、というのは他の行方不明者の多くが陸上自衛隊の人間で、永井もその一人、ということだ。 あの時はさっぱりわかっていなかったが、この若さで士長というのはかなり優秀な部類に入るやつだった、らしい。 確かに、ぶっきらぼうで口は悪いがプロだけあって射撃は正確無比、判断力も相当だった……と、思う。 次第に曖昧になっていく記憶、強く前を見据える眼差しの印象は残っているのに、目鼻立ちはぼんやりとしか思い出せない。 俺を叱咤し立ち上がらせた声も、甦ってくる音は断片になっていく。 繰り返し強く思い描いて記憶を上書きしようにも、端から淡く崩れていく細部をどうにも留められず――いつか本当に、そんな奴がいたなとしか思えなくなってしまいそうだ。 どうしてあの時、手を離したんだろうか。化け物に襲われてそれどころではなくなってしまったが……あれさえなければ、永井は無機質な名前の羅列に入り込むことはなかったのだと、今でも後悔が胸を刺す。 だが、何もかもは過ぎたことだ。悔やんでも仕方ない。俺には今の時間を生きる現実があり、過去に足を取られることはあいつも望まないはずだ――そんな御託を並べ立てて、誤魔化して生きていくしかない。 僅かな時間の中で、俺が永井について知ったことはほんの少しだ。 共に戦える奴だと……仲間になれたと、そんな風に思えた時に、あいつは落ちていったから。 もっと知りたかった。 『いつき』 こちらを振り返って、無愛想に俺を呼んだ時の眼光に、やけに胸の底がざわついたのは……俺より年下みたいな童顔のくせに一人前に仕切るのが偉そうでなんだか悔しくて反発を覚えていた、そのせいだとばかり決めつけたが、そうじゃなかった。 もう一度あいつに会って、同じように呼ばれたら、あの時の気分がなんだったのかはっきりわかるだろう。 永井頼人。 いかにも彼らしい名を、指先で辿る。二十一から先に進むことのない数字も。 そういえば永井も、俺の名前がどんな字を書くのかとうとう知らずじまいだったはずだ。 五木じゃないんだ。名前がふたつ繋がってるみたいな、あまり見ない苗字なんだぞ。 ……そんな他愛ないことさえ、教える機会はない。 赤い津波に三度呑まれて、俺は現世に戻ってきた。 彼は―――まだ異界にいるのか、それとも。 幾度となく考えたことを打ち消して、引き出しを閉じる。 あのあと、幾度か夜見島に渡ったが、捜索され尽くした場所で新しい発見は何もなかった。 結局のところ、俺にできることはないのだ。 忘れずに、いることしか。
それでも、記憶は薄れていく。 忘れきってしまう前に、一度でいいから、会いたいと……願う気持ちだけは一生なくさないと決めていた。
**********
「……ながいよりと?」 演習場の近くで不審者がうろついているというので行ってみれば、デジカメを持ったオタクっぽい眼鏡のっぽ。 さてはミリタリーマニアか。 三回に一回はいるんだよな、こういう浮かれたバカが。 山には戦車持ってこねえし実弾も撃たない、っつーか見せもんじゃないから、盗撮しにくる暇があるなら自衛隊入れよ嫌になるくらい実物おがめるわ。 ……という諸々の気持ちを籠めて「そのデジカメ没収されたくなきゃとっとと帰れ」を、できるだけ丁寧な言葉で告げる。 きょうび、制服に対する民間の風当たりはなかなか厳しい……俺だって入隊前なら偉そうにしやがってムカツク、くらい思ってたかもしれない。 生意気にも名前と階級を訊ねてきたそいつに、沖田さんを見習った寛容を最大限に発揮して答えてやる。と、やたらと背は高いがまだ学生みたいなそいつは、レンズの下の目を見開いて、俺の名を復唱した。 名前負けしないように気合い入れてんだ、文句あるか。 「本当に? ながい、よりと?」 二回も聞き返すな。 「嘘ついて得することあんのかよ」 そろそろ取り繕えないが別にいいだろ。それよりこいつ。 ながいよりと、ながいよりと……と噛むように人の名前を繰り返してて気味が悪い。 同行していた一士が俺の耳に囁く。 「どうする、本部に連絡しようか」 「ただのオタクだろ。ここで帰すよ」 つーか、一応は俺が班長なんだから敬語使えよ。縦社会なめんな。 前にそう言ったら「先任士長がむかつくから永井がオアシスになってくれないとやだ」ときた……お得意の塹壕掘ってる時にわざと埋めてやろうか。 格上の器を見せるいい機会なので、ひとつ咳払いをして前に出る。 「すみませんが、民間の方は退去お願いします。事故の危険も」 「わかった。俺はあなたに会いに来たんだ」 眼鏡が真顔で口を挟んできた。 「……は?」 「過去のどこで聞いたのか思い出せないがいつも意識のどこかにその名前が引っ掛かっていた。今日ここにヤマワロの噂を確認しに来たのも偶然ではないのだろう。共通無意識による引き寄せ……あるいはプレコグニション、ジャメヴともいえるか……俺は無意識で君に会えると知っていた……かもしれない」 やばい。こいつの言っていることが何一つわからない。なに語ってんだ。 「おい……クスリやってんのか?」 「一樹守だ。機会があったらまた会おう、永井頼人さん」 一樹と名乗った眼鏡は、どこかから取り出した名刺を俺に押し付け、背を向けるとすたすたと山を下っていった。 「月刊アトランティス編集……記者なのか、あれは」 「あ、知ってる。UFOとかツチノコとか取り上げてるイカモノ雑誌だよ」 「わけわかんねえ……」 「わかるだろ。あれはナンパだ、永井に一目惚れしたんだ」 「やめろよそういうこと言うの」 背筋が寒くなる。あの眼鏡、よく見たら綺麗な顔してたけど男だ。ねえよ。 「戻るぞ」 名刺をポケットにしまい、意識を訓練に引き戻す。 ……いつきまもる、いつきまもる。 なんとなく聞き覚えのあるようなないような、妙に語呂の良い名前が頭の隅でからからと転がっているのは、日常ではまずお目にかからない変な奴だったから、だろう。 いや。 なんだろう、何かが引っ掛かる。 それに……あの背中に、なんとなく見覚えがあるような。
俺まであの変なやつのプレデターだかなんだかに影響されたのかどうにも気になって編集部に電話をかけたら、一樹はちゃんとそこにいた。 思わず、あの名刺は本物だったのかと尋ねると、名前もペンネームじゃないと補足された。 そこは別にどうでもいい。 「なあ、お前、俺と会ったことあるよな? この前じゃなくてそれより前に……名前を教えた……よな」 そうだ。何が引っ掛かるのかわかった。 俺は一樹に「陸士長の永井です」としか名乗ってない。下の名前までは言ってなかったんだ。 十秒ほどの沈黙を経て、「覚えてないんだな」肯定、に取れる返事がきた。 「どこで会った?」 『実は俺もわからない。ただ、忘れてはいけない名前だと、そう思っていた』 「なんだよ、意味わかんねえな」 思わず笑ってしまう。一樹も、少し笑ったようだった。 『良かったら、改めて会えないかな。……個人的に』 「いいけど」 理由もなにも聞かない。 ただ、もう一度、ちゃんと話をしてもいいかと思って返事をした。
あれから何年過ぎたのか、六年くらいか? 結局、一樹も俺も、なんでお互いに会ったことがあるような気がしたのか、名前を知っていたのか、未だにわからないままだ。 たまに連絡を取り合って、それがまたどういうわけか相手のことを思い出したタイミングで向こうから電話が来るなんて調子だから、よっぽど気が合うらしい……会話が弾むって感じでもないが、会えばぐだぐだと話し込んで深更まで飲むのが恒例になった。 飲み友達、というのが四年くらい続いたか。行きたい場所が重なって、一緒に旅行した……ガイドブックを読み込んできたのか、いちいち蘊蓄が多い一樹の話は半分くらい聞き流したけど、やけに楽しかった。 二年前、昇格試験に合格して三曹になった時は一樹も手放しで喜んでくれた。 あいつもささやかに出世してちょっとした肩書きがついたとかで、お互いに乾杯して……なんだか変な関係が続いてるよなって笑いあったりして。 で、その帰り道でキスをされた。 ナンパでも一目惚れでもなかったはずが、結局これかよ。 「永井が振り返って呼んだから、それでわかった。好きだって」 どういうきっかけだよ。つーか、気付くの遅すぎ。 「……遅すぎるか」 真顔で落ち込まれて、俺も好きだってことだよ認めたくねえけど、と背中をはたいたら、痛そうな嬉しそうな悲しそうな実に複雑な顔をされたので、思い切り笑ってしまった。 一樹との時間や記憶が増えていくにつれて、ずっとつきまとっていた奇妙な懐かしさやもどかしさは消えていく。最初に出会った頃のことも、今は遠い。 どうってことはない。 忘れたって、新しく積み重ねていけるからんだから。
12/15
【通俗的な、とても通俗的な】
薄曇りの空のした、寒そうに両手をポケットに突っ込む君の半歩前を歩きながら、彼は六分二十六秒前のことを思い出している。 時計を見て、そろそろ帰ると言った君を引き留めたかったのに「駅まで送る」としか言えなかった自分にひどく落胆しているのだが、君はそれに気付けない。 君は君で、駅までの道がもっと長ければ良いのに、でなければ彼の歩く速度がもう少し遅ければ良いのにと思っている。それで半歩遅れているのだが、彼はそれに気付けない。 別れがたい気持ちは同じでいて、半歩ぶんずれている。 友人として振る舞いながらそれ以上を望み、しかし踏み出せない自分を愧じる心のありようまで同じなのに。 踏み切りで立ち止まり、肩が並ぶ。 「なあ」 「あのさ」 君と彼は同時に口をひらく。 先にいえよ、と譲るのは君だ。 彼が君のこえを聞こうと、他愛のない質問をしてきたので、伝えようとした言葉は喉の奥にしまわれた。 警告音が響きわたり、電車が近付く。 轟音と共に過ぎる四角に目をむけ、吹き付ける風にまぎれて 「好きだって言ったらどうする」 「好きなんだ、どうしたらいいかな」 ちいさく問う君と彼の真実は未だ互いに届かず、解答は見つからない。 たった半歩のずれを埋めれば答えに触れられる、それを知らないまま。
(イッツ少女まんが!)
11/30
永井くんてめちゃくちゃ寝起き良さそうなので(自衛官だしな……)、カーテン全開にして一樹の布団を剥いで、往生際悪く枕抱えて身体丸めてる一樹に四の字固めかけるくらいしてくれないかな!
13/01/26
【もし永井が童貞だったらどうするんですか】
「お前は童貞じゃないだろ!!」
永井とのいわゆる初体験において、『どっちが上か』を決める際に、一樹が放った自爆覚悟の一言に対し。 「……悪いかよ」 ふてくされた顔で吐き出された答えが、これである。 「は?」 「童貞で、悪いかって言ってんだよ」 「……永井が?」 「他に誰がいるんだよ。あ、お前か」 「永井は彼女いたんだろ」 「いたけどしてねえし」 「嘘だ」 「ここで嘘ついてどーすんだよ。……それとも、なに。入れられんのが嫌で嘘ついてると思ってんの」 ぎろりと睨まれ、思わず正座する。 目を逸らしたら殺されるのではないかと思わされる、これが軍隊仕込みの気迫か。 あの島で、人型のモノ、あるいは人と掛け離れた姿をしている癖に人の名残を残したおぞましい化け物どもと戦っている最中の永井は、名前の通りに頼もしい相棒だった。……ちょっと怖いぐらいに。 「聞いてんのかよ一樹」 「聞いてるけど」 「けどじゃねーよ。……だから、イーブンだろ」 「なにが」 「俺と、お前と、どっちが上かって話」 「ああ……そのことなんだけどな。俺はどちらかといえば文科系、お前は体育会系だ」 「どっちかじゃなくて、思いっきり文科系じゃなくね」 「じゃないじゃないばっかり言うな。……えーと、つまり、永井のほうが頑丈だ」 強引に話を戻すと、永井は胡散臭いものを見る顔つきで目を細めた。 「で?」 「わかるだろ? お前の方が適任なんだよ! 入れられる方として!!」 ベッドの上にあぐらをかいた永井の右手を握って叫ぶと、 「知るかバカ!」 左の手刀で思いっきりこめかみをはたかれる。 ―― 殴られて目の前に星が飛ぶ、って、本当にあることなんだな。 眼鏡をずらし、ちかちかする瞼を押さえる一樹の前、永井は膝立ちになり、一樹の襟首を掴み上げた。 「な、永井……」 「言っとくけど、譲歩はしないからな。お前があんまり情けない顔してっから……ああ、もう」 一樹の顔を見つめ、一瞬、捨てられた犬の前にしゃがみこんだ子供じみた表情になった永井は、ひとつ首を振り、眉を凛々しく立てた。 「そんなにやりたいんならな……ぐだぐだ言ってないで俺をその気にさせてみやがれ!」 耳がきぃんと鳴るほどの声量で叫び、一樹を放り捨てるように突き放して、そっぽを向いた永井の頬はほんのりと赤い。 「ぜ……善処する」 「はぁ……お前ほんと、童貞な」 「そっちもだろ……」 「……キスしていいかな」 「勝手にしろバカ」 お言葉に甘えて勝手にしてみたところで、永井が両腕を背中に回してきたので、ここからその気にさせるにはどうしたらいいかなんて上手い考えも何処かに飛んで行ってしまった。
三時間後、うたた寝からぼんやりと覚醒した一樹は、隣に転がっていた永井の「よぉ」と低い声で完全に目を覚ました。 「ドーテー卒業、おめでとう一樹くん」 「どういたしまして」 棒読みの祝福に負けず劣らずの棒で返すと、永井は眉を寄せて溜息を吐いた。 「お前、やるだけやったらさっさと寝るし、起きねえし、なんなのほんと」 「……腕枕しようか?」 「バカじゃねえの」 嫌そうに吐き捨てる永井は、しばしの間をあけて、気まずく瞬く一樹に「腕」と一言。 「出せよ」 「素直じゃないな……してる時は可愛かっ」 言い終わる前に、腕を思い切り捩じられた。
(結果的に、本能に突き動かされたほうが色々と捗った、という状況。)
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カラマーゾフ、録画だけしてて、時間なくてまだ見てないんすけど、斎藤くんが 「俺の腕が君を腕枕したくてたまらないって言ってんだけど」 とかなんとか言うってまじすか……。
長男……おそろしいこ……。
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