11/04
【沈め沈め】
一面の灰色が辺りを覆う。 まるで、あの島にいた時のようだ。 永井は草の上に仰向けに転がり、目を見開いたまま、木々の葉群から落ちる雨に打たれていた。 纏う布に、戦闘服に染み込み、じわじわと体温を奪う水は温く、瞬きのたび流れ落ちる雫は涙に似る。 曇り空は好きではなかった。 灰色の分厚い雲が陽を隠し、陰鬱な暗さをもたらす朝など、すっきりしない。 いまは――黒い太陽と赤い空を見ずに済むのなら、その方が良い。 雨のお陰で足跡も臭いも途切れる、荒天は味方だった。 そうはいっても体力の消耗を考えると、いつまでもこうしてはいられない。とっくに弾倉を空にした銃を支えにゆっくりと起き上がり、重い身体を引きずるように歩き出す。ねっとりと質量をもってまとわりつくような湿気を煩わしく思いながら、濡れた土を踏み、雨をしのぐ場所を探した。 小さな崖の下、張り出した岩の下に座り込み、顔を伏せる―――閉じた瞼の裏に灰色のノイズが乱舞し、やがて、2時の方向に未だ遠い視界を捉えた。 この距離なら、気付かれないだろう。 解放しようとした視野の端に、深青色が映る。この闇人は、青い布を纏っているようだった。 自然地形下のカムフラージュのため、永井が巻き付けている黄土の布とは根幹から役割の異なる、鮮やかな色合いが妙に心を惹き付ける。 ……理由からは目をそらし、木立の中を歩く闇人の視界を窺う。 微かな呼吸。大股な歩みから見て、恐らくは男だろう彼はこちらに向かってきているようだ。次第に明瞭になる景色のなか、ふと立ち止まり、ぐるりと視界を巡らせる。 永井自身の目で見るより白く明るい空の下、ざあっと音を立てて木立が鳴り、大粒の雫が降り注いだ……闇人が、何事かをつぶやく。 意味のわからない言葉を聞いた瞬間、永井は胸を締め付ける懐かしさと痛みに、息を飲んだ。掴んでいた視界を反射的に手放し、膝を強く抱える。 闇人の声は、沖田によく似ていた。 もう一度、未練がましく『彼』の目を探りたくなる衝動をこらえ、ただ気配を殺すために身を縮めて息をひそめる。 たかだか二メートル弱程度の段差の上を、『彼』が通りすぎ―――視野さえ掴めぬほど遠く去っていくまで。
(オキタさんとニアミスでした。)
11/22
【電話ボックス/混線】
行けどもいけども、黒い太陽と赤い空の世界。 今日は土砂降りで、空が見えないぶん気分が良い。 人気のない道、薄赤い道の端にぽつんと立つ電話ボックスが目についた。 辺りを探る“視界”に触れるものはない。つまり、ここは安全圏だ……今のところは。 ガラス戸を押して中に入る。 雨音が遠のき、やわらかな静寂が永井を包んだ。 ダイヤル式の四角い電話機は、緑ではなく赤に塗られているがどこか懐かしい佇まいをしている。 めちゃくちゃな文字が記された電話帳をめくり、受話器をとって、耳に当てる。 冷たいプラスチックの向こうから無音だけが伝わってくる。コインを入れていないのだから、当たり前の話である。 奇妙な記号が刻印された、重たいダイヤルを11回。回したのは、沖田の携帯番号だ。 ……馬鹿なことをしている。 乾いた笑いがこみあげた時、ラジオをチューニングするような雑音がきこえ、ぷつりと途切れた。 『……もしもし』 落ち着いた、なつかしい声が、受話器のさきの虚空から響く。 ――― 俺はとうとう、気がふれたらしい。 自嘲しながら、呼び掛ける。 「沖田さん、お久しぶりです」 『永井? 永井……なのか?』 「こっち、すごい雨ですよ。そっちはどうですか」 『なあ、本当に永井なのか!?』 やけに必死な声音、いつも穏やかな凪に似た人にしては珍しい。 「俺は永井頼人です。たぶん、まだ、そのはずです」 だいぶくたびれて、幻聴と会話なんかしてるけど。 くすくすと笑うと、電話の向こうで息を飲む気配。 『どこにいるんだ』 「さあ……どっかの電話ボックスです。こんな世界でも電話あるんですよね、笑える」 『こっちには、戻らないのか』 「出口、見つからないんです……ないのかもしれない」 『永井……』 「沖田さん、俺、挫けてないです。根性見せてます。……けど、会いたいです」 どうしようもなく、声は震える。 「帰りたい、会いたいです、沖田さん」 帰れたって沖田がいないのは知っているけど。 『俺も、永井に会いたいよ……顔を見て、話がしたい』 なんて都合の良い幻聴だろう。優しい言葉だけが永井の胸に積もる。 『いつかはそっちに行くから、待っててくれるか』 迎えなんか来ない。 沖田は砕けてしまった。 だけどこれが幻なら、姿を見せてくれたっていい。 「……待ってます」 『ああ。……愛してるよ』 ずっと、と、雑音まじりの囁きを最後に、静寂が戻った。 俺も、あなたを。 声にはせず、唇だけを動かして、受話器をそっと戻す。
携帯を握り締めてどこか茫然としている沖田にどうしたと声をかける。 夏に、可愛がっていた後輩を亡くしてから、沖田はどこか虚ろになっていた。 日頃は普通に振る舞っていても、時折、ぼうっと遠くを見ていることがある。 沖田はゆっくりと振り向き、切れ長の目を瞬かせた。 「永井から、電話があったんです」 「……沖田」 「おかしくなったわけじゃないですよ。ほら、着信履歴」 非通知でかかってきた履歴を見せられて、舌打ちする。 「俺俺詐欺か」 「永井でしたよ。俺に会いたいって言ってました」 淡々と呟く、少しやつれた横顔の寂寥に、苛立ちがこみあげた。沖田の未練に腹が立つわけではない。 永井とはそう親しいわけではなかったが、三沢も少なからず目をかけていた部下だった。沖田の心痛の幾らかは理解ができるのだ。 よほど似た声だったのだろうか。沖田を傷つけただろう犯人に怒りを覚えた。 「自殺なんかするなよ」 「しませんよ。……待っててくれるそうですし」 微かに笑って、沖田は液晶の表面を撫でた。 「なるべく長く、待たせておけ」 「時間厳守の三沢さんらしくないなあ」 「いいんだよ。永井だって、待つと言ったからには覚悟決めてんだろう」 「そうですね。待たせるお詫びに、土産話をたくさん用意していきますよ、永井と長く話せるようにね」 冗談めかして笑う沖田は、虚ろには見えず、三沢はひそかに安堵した。
と、平行世界に混線してたオチ的な。
10/25
むかし、ジャンプに「エム×ゼロ」って漫画が連載されてましてね。 作者の前作、「プリティフェイス」も大好きだったんですが、エム×ゼロは本当に毎週楽しみな学園ギャグ漫画でした。 ……でも、話がいい感じになってるところで、打ち切りというか(一説には作者の希望で)終了しちゃってしょんぼりだったんですよねー。 影山くんの活躍を楽しみにしてたのにな……。 と。 「打ち切りになって悲しかったジャンプ漫画をあげてけ」まとめでエムゼロの名前が挙がってて、懐かしさに悶えたわー!!というだけのネタ。
↓↓↓
【永井(遺伝子組み換えでない)】
夜も十時を回った頃になって、差し出し人の名前がどうにも読めない小包みが届いた。 アルファベットに似ているが、見た事のない言語で綴られたソレに、心当たりなど全くない。 届け先である沖田の名前は当たり前の日本語で書かれているので、宛先間違い、ということもないらしい。 何の変哲もないクラフト紙に包まれた箱型の荷物は、二十センチ四方ほど。 重さは300グラム前後か……振っても何の音もしない。 しばらく考え込んだ末、沖田は、思い切って包みを開けてみることにした。他人がこんな暴挙に及んだとしたら、中身が爆弾や危険な薬品、毒性のある動物だったらどうすると制止するところだが、そこはそれ、自分は大丈夫だと過信するのが人間というものである。 「……なんだ?」 箱の中身は、半透明の四角いプラスチック容器がひとつ。 大ぶりな桃の種ほどの大きさの、つやつやとした乳白色の塊がひとつ。 そして、【栽培方法】という紙きれが一枚。 それだけだった。 ―― つまり、これはアレか? わけのわからない荷物を先に送りつけ、後から料金を請求する詐欺商法。 さもなくば、誰かの悪ふざけで、ここ数年は恋人すら作っていない沖田に、幸せを呼ぶイチゴだかなんだか、嫌味なプレゼントを送ってきたのか。 「返品するしかないな……」 送り返す先のヒントはないだろうかと、紙きれを手に取って眺める。
『あなたは当栽培キットの無償モニターに選ばれました。 育て方は簡単です。 容器に水と株を入れて、発芽を待ってください。 株は乾燥に耐える保護膜につつまれていますので、無理に破かないでください。 発芽した後は、一日一回の水やりですみます。 肥料は、あなたと同じ食べ物で大丈夫です。 アルコール、煙草などの嗜好品を過度に与えると枯れてしまうことがあります。 花が咲いたら、一カ月ほどで枯れます。実をつけていたら、また育てられます。』
書いてあるのはそれだけだ。 意味がわからない。 モニターというならば感想を送る先があってしかるべきなのに、それもない。 首を捻りながら、『株』という文言が指し示すとおぼしき乳白色の塊に触れた指先が、妙な感触を伝えてきた。 やわらかい。 そして、温かい。 色はともかく、軽さと見た目は確かに植物の種子に近いのに、生き物のような気配がある。 株といっても根も葉も見えないのだから、これはたぶん、種だろう。 ―― 何の種なんだ? 触り心地の良さに、つい、さすりさすりと指先で撫で続けてしまう。いったい何が生えてくるのか、試しに拝んでやるかと、好奇心が動いたのはそのせいだった。 説明の通りに容器に水を張り、種を放りこむ。丸い曲面をちょっとだけ水の上に出して、体積のほとんどを水に沈めた種は、気分がよさそうにぷかぷかと揺れている。 明日から三日間は当直で部屋には帰ってこられないが、それぐらいすれば、芽が生えているかもしれない。 葉が出たら図鑑で調べてみるか、と暢気に考えながら、沖田はテーブルの上に置いた種に向かって「おやすみ」と声をかけ、電気を消した。
出勤前の身支度を終えて覗きこんだ容器の中で、種は昨夜と同じようにぷかぷかと浮かんでいた。 「……おっ」 下の方に、乳白色の薄皮を割って、クリーム色のヒゲ根が生えている。思ったよりも成長は早いようだ。 「帰る頃には双葉ぐらい出てるか? 根性出せよー」 生き物らしいところを見るとなんとなく愛着がわいて、声をかけたくなってしまう。同僚に見られたらからかわれそうだが、案外、いい貰い物だったかもしれない。 ヒゲ根を眺めながら食事をして、「じゃあ、行ってくるな」出立の挨拶に応えるように、ゆらゆらと大きく揺れたのには驚いたが、いいタイミングで家の前をトラックが通過でもしたんだろう、たぶん。
そして、三日後の今、である。 「……嘘だろ?」 さっきから、それ以外の感想が出ない。 二十センチ四方のプラスチック容器の中。すこし窮屈そうに『手足』を伸ばして、『仰向けに』浮かび、『すやすやと眠って』いるように見える、肌色の物体。 どう見ても、ヒト型の、人形だ。 それも、成年を縮尺そのままで縮めたような、超細密な出来栄えの……小人、といったほうがいいかもしれない。 一体どういう成長をしたらこうなるのか。 よくよく見れば、足首の先はふわふわとしたヒゲ根に覆われていて植物らしさを残しているが、水面下に軽く沈んでいる『手』のほうは、爪まで生え揃った完璧な造形をしている。 瞼を閉ざした人間そっくりな『顔』は、なかなか整っている。短い髪……に、見えるのは、幾重にも重なった小さな葉だ。 引き締まった腹にはヘソがなく、真っ平らな胸(まあつまり、コイツは男だ)には乳首がついていない。 股間はどうかといえば―――どうやら種の残骸らしい、乳白色のぶよぶよした抜け殻で腰のあたりを覆い、うまいこと隠している。 「ついてんのか?」 そこまで精巧だったらちょっとどころじゃなく不気味だなと思いつつ、殻をずらそうとつついたところで。 ソレが、目をあけた。 視線を合わせて五秒。 「え……」 「う……―――っ!!」 思考を停止させて固まる沖田に対し、口を開いて何かを言いかけたソレは、ざばりと水を揺らして自分の両手で口を塞いだ。 その拍子に上半身を水の下に沈みこませ、もがいた足でばしゃばしゃと水を跳ね散らし、振りまわした右手でなんとか容器の縁を掴んで体勢を立て直す。あわただしいことこの上ない。 「ぷはぁっ! ああ、ああ……あっぶねええ!!」 「……は?」 サイズのわりにしっかりドスの効いた嘆声をひとつ。 ソレは、左手でずれ落ちかけた腰の覆いを押さえつつ、沖田をじろりと睨みあげた。 「あんた、死にたいのかよ」 「死?」 「マンドラゴラの叫び声は人間を殺す。これ常識だろ」 「……いや、知らないけど」 「知らない、か」 小人は、眠っていた時のあどけなさからすると信じられないほど荒んだ表情で「へっ」と嗤い、額を押さえた。 「そうだよな。材料にするだけの相手のことなんか、いちいち知る必要ないよな……ほら、さっさとやれよ!」 再び、水の上に大の字になって浮かんだ小人の手足は小さく震え、ぎゅっと瞑った目ときつく寄った眉には悲壮感が漂っている。 「やれって、何を?」 状況がさっぱり飲み込めず質問する沖田を、小人は手足を広げたまま、険悪な表情で睨み上げた。 「俺に言わせんのかよ……摩り下ろして、搾りとって、煮込んだり燃やしたりするんだろ……!!」 「……君を?」 「マンドラゴラに生まれた時から覚悟はしてるんだ、叫び声なんかあげねえから、やれよ! ほら!」 「えーと……俺は、君がその、マンドラゴラ?ってものだっていうのも知らないし、喋って動くものをすりおろすのはやりたくないというか、できないなぁ」 話すうちに、沖田の心には平穏さがひろがっていた。 ――― そうか、これは夢だ。 植物の小人さんとお話ししちゃうなんて、俺ってば疲れてるなぁ。ちょっと休みもらおうかなぁ。 一方で、小人は目を見開き、いったん水中に沈めた体をくるんと回して、彼の『胸』の高さのあたりまでの水の中に立ちあがった。 「ほ、本当に!? 本当に、殺さないでくれる……ん、ですか?」 「ああ。そんなことする理由ないからな」 「俺が、まだ若いマンドラゴラだから収穫を遅らせるとかじゃなくて?」 「育てようと思って水に浸けたのに、枯らしちゃうんじゃ意味ないだろ……いや、ちゃんと育ったって、すりおろしたりしないから」 「……俺を、育てるんですか? あなたが……?」 くりくりした黒い目で一心に見上げてくる彼の心細げな表情は、先ほどまでのやけっぱちとは違って、庇護欲をそそるような愛らしさがある。 ―― どう見ても男だし、体つきは大人っぽいし、可愛いって言ったら怒りそうな雰囲気だけど。 沖田は自称・マンドラゴラを安心させるように頷いてやった。 「ああ。沖田宏だ。これからよろしく、マンドラゴラくん?」 差し出した指先を、小さな両手がぎゅっと掴んだ。 「俺、マンドラゴラの永井頼人です! よろしくお願いします!」 ぶんぶんと勢いよく振られる人差し指の先、水の中で、支えをなくした種の殻がはらりと落ちて沈んでいく。 「……あ、ついてるのか」 「ぎゃ……―――――っっ!!!」 自分の口に片手で蓋をし、赤くなった顔で睨みつけてくる『男の子』に、沖田はにっこりと微笑みかけた。途端に、耳まで真っ赤になるのが実に可愛い。 夢なのが、残念だと思ってしまうほどに。
+++++++
で、夕飯をわけてやったり、包帯をぐるぐる巻いて洋服代わりにする永井を眺めて、民族衣装……?って思ったり。 朝になって、枕元で寝てる永井を見て、 「……夢じゃない……」 アッレェー??ってなったりするわけですよ。
エムゼロのルーシーちゃんはマンドラゴラじゃなくてマンドレイクだったことに今気付きましたが、うん、まあ、同じ同じ!!!
別にエムゼロ関係ないけどベタ展開@ファンタジーだと。
・恋をすると花が咲くとか。 ・「花が咲くと枯れるって書いてあるけど……男でも咲くのか?」と訊かれて「お、沖田さんのすけべ!!」ってぽかぽか拳で殴ってくる永井。 ・光合成で魔力充填したので、家事だってできちゃんうですよ!!と胸を張るものの、サイズが小さすぎていろいろうまくいかない永井。 せっかく育ててもらってるのに、役立たずですみません……とションボリするも、いてくれるだけでいいよと言われてキュンとしたり。 ・というわけで、ものすごく頑張って完成したお弁当を届けるために、職場まで来ちゃう永井。 バスで通勤してるのは把握してるから大丈夫!!って、行き先間違えるベタなどじっこ。 どうにか辿りついたものの、 「思ったより遠いなぁ……うぅ……根っこが乾いてきた……」 お弁当箱ごとぱったり倒れたところで、誰かに拾われたり。 「沖田さん……水……」 「……」 気付いたら、コップに浸かって沖田さんのロッカーにはいってたんだけど、ロッカー開けて永井を発見したその日の沖田さんの奇行はしばらく語り草になる。 「……沖田、なにそれ。水栽培?」 どうやら他の人の眼には、ただの草にしか見えてないらしい永井。 沖田さんには可愛い男の子にしか見えない。謎。 「って、誰がお前を助けてくれたんだ?」 「さあ……? 沖田さんが来てくれたんだと思ってたんですけど」 これまた謎。 ・とりあえず、悲惨な状態になった台所の片付けから。 ※お弁当は軽く生煮えだったり原型留めてない食材もあったけど、全部食べました。 「次は一緒に作ろうな(心臓いくつあっても足りないし永井の料理で俺の胃がヤバイし)」 「はいっ!」 ・翌日、三沢さんに呼びとめられる沖田さん。 昨日の奇行が話題になってるのなー、と軽くへこむ沖田さんに、一言。 「あまり、妙なモノを持ちこむなよ」 「はあ……」 「面倒見切れんからな」 「以後、気をつけます」 ……あれ? 特に三沢さんにフォローされた覚えないんですけど? ……もしかして?? 「三沢さん、小人って見たことありますか」 「あ? 熱でもあんのか」 「あーいえ、なんでもないです」 とりあえず、謎。 ・「言っときますけど、マンドラゴラの寿命は300年は余裕ですからね。俺が沖田さんを看取ることはあっても、逆はないです」 「そりゃ頼もしいな」 「……でも俺、沖田さんを見送るのなんて、やです」 「できるだけ長生きするよ」 「約束っすよ」 ・と、そんなこんなで沖田さんに対するときめき指数があがりっぱなしの永井。 ・蕾がついて、俺死んじゃうんだ……!と、わなわなする。 ・「……どうせ片思いのまま死ぬんだったら、沖田さんに実を残せればいいのに」 マンドラゴラの実には、不老長生、死んだ人間を生き返らせるぐらいの力があるらしいよ!とかなんとか。 ・蕾に気付いた沖田さんがすごく優しい。綺麗な花が咲きそうだなって言ってくれたのは嬉しいけど悲しい。 ・「永井……死なないでくれよ。俺を、置いてくなよ」 寝たふりしてたら、そっと撫でられてそんなこと言われたので、もう、わあわあ泣いちゃう永井。 ・「ごめんなさい、俺が、沖田さんのこと好きになったから花が咲いちゃうんです。ごめんなさい……!」 ・まあ両想いですよね!!!!! ・ってなったら、ついに花が咲いたりして。 ・……場所的にはあれだ、頭の上、ななめ横らへんだと、お花飾りみたいでかわいいんじゃないでしょうか。 ・死ぬ前にキスしていいですか!とか言う永井。 ・抱き締められないのが残念だよって沖田さんを、自分が精いっぱい抱き締めてみる。 ・一カ月は咲きっぱなしだから、なるべく一緒にいようとしたり。 ・沖田さんのところで発芽してよかったです、もし、俺の実がついてたら食べてくださいって言い残す永井。 ・息を引き取った永井の花が散ったと思ったら、赤い小さな実が残る。(種と姿が違う?気にするな。あれは種じゃない、株だ。) ・「……食べられるわけ、ないだろ……。お前がいないのに、長生きなんかしたって、しょうがないだろ……?」 ・そして、永井の口に含ませてやったら。 「沖田……さん……?」 生き返った―――!!!!という、お約束展開じゃないと!じゃないと!! ・「なんか、体……熱い……」 「永井!?」 「水……」 湯気を立てはじめたタッパーひっつかんで、慌てて風呂場に。 永井をシュートした浴槽から猛烈な水蒸気。 「あづ、あづづづっ!! っつか痛ぇぇ!!」 さっきの感動どこ行ったのよって悲鳴と共に、爆誕した等身大永井。 「……なん、だと……」 ジャンプ漫画リスペクトになってます沖田さん。 「あれ……お、大きくなって……る???」 顔を見合わせたあたりで、『お届けものでーす』。 新たな「取扱説明書」と鉢植えが到来。 ・『マンドラゴラは、真実の愛によって結ばれた相手に実を与えられることにより、ドライアドに進化します』 ポケモンかよ!と心の中で突っ込む沖田さん。 『ドライアドは本体が枯れると命を終えます。愛が失われた時が最も枯れ易い時期ですので、ご注意ください』 「……その心配は、ないと思うけどな」 というわけで、永井の鉢植えと、分離した永井と、今でも仲良く暮らす沖田さんなのでした。 めでたしめでたし。
・「……もうそろそろ、天井に届きそうだな、本体」 「すみません! あの! 剪定しますっ!!」 「剪定、って、大丈夫なのか?」 沖田さんの心配をよそに、枝切りハサミで勢いよく本体を切っていく永井は、わりと平気そう。 まあ、木だしなーと思ってたら、さりげなく沖田に触られるのを避けるし、夜中に、水風呂に浸かって身を縮めてうんうん唸ってたりする。 「永井、お前……」 「ご、ごめんなさい……一週間くらいしたら、痛くなくなるから……」 「泣くほど痛いなら、もうやめろ。お前がのびのび育っても大丈夫な、庭のある家に引っ越すから。な?」 「お……沖田さぁん……」
夢のマイホームで新婚生活ですよ末永く爆発しとけです。
11/25
【こんな並行世界があるかもしれないじゃないですかー (c)破壊魔定光】
観測者が認識する並行時空は常に己が身を置く世界ひとつ。 しかし――須田と名乗る少年の協力により、母胎を倒した永井は赤い津波に飲まれ、どこか見覚えのある森の中に漂着した。 鼻を衝く焦げ臭さと、油の臭いに囲まれて目が覚める。 「元の……世界、なのか……?」 あちこち痛む身体をゆっくり起こし、見渡した目に、いつかの光景――地面に突っ込んだような形で、黒い煙を吐き出しているヘリが飛び込んできた。あの時と違うのは、迷彩服を纏う幾人もの隊員が、怒号を交わしながら慌ただしく動き回っていることだ。 ―― 皆、生きている。 あの事故の瞬間に戻ったのは間違いない。ただし、それは永井の知る時間ではない。 須田は、永井の運命は定まっておらず、『運が良ければ道を乗り換えられる』と言っていた。 つまりこれが、道を乗り換えたということなのか。 過去に戻り、違う運命を生きられるのか。 未だ信じきれていない頭をはっきりさせようと首を振ったところで、自分と並べてブルーシートに寝かされていた幾人かにようやく気付いた。 負傷しているらしく、呻き声をあげている者もいる――死に行こうとしているのか。 その中に、“彼”がいたら? 膨れ上がる動悸に、肺を締め付けられる。確かめたい、確かめたくない、相反する気持ちで目を閉じたその時。 「永井!」 鋭い声が永井をその場に釘付けにした。 煤で汚れ、負傷しているのか左袖を黒く染めた男がこちらに走ってくる。ヘルメットの影になった顔は逆光で見えない。 それでも、見間違えたりしない。 息もつけないほど抱き締めてきた、腕の強さに泣きそうになった。 「永井、永井……気がついたか、良かった……」 「沖田さんこそ、生きててくれて良かった、です」 両手で背を抱き返して、固い胸に包まれる幸せを静かに受け止め…………違和感に気付く。 ―― 沖田さん、だよな? 少し身を押し離して、見上げた顔は間違いなく懐かしい沖田のものだ。 眉尻をやわらかく下げ、優しい表情をしているのも記憶と寸分違わない……ただ、目線の高さがどうも違う。 小柄な永井とは八センチ差ある沖田だが、それ以上の開きがついているような。 「なんだ永井、生きてたのか。いちゃついてないで作業手伝え」 文字通り見上げるほどの立派な体躯、眉間に縦皺の強面、威圧感あふれる命令口調。股に顔が生えてもいなければ異様なテンションでもない、普通の三沢に心底安堵する日が来るとは。 生きて動いている三沢を見て、運命を変えることができたのだと実感する。 ひっそりと感動している永井を庇うように腕に抱えたまま、沖田が抗議する。 「永井は怪我してるんですよ」 「見りゃわかる。立って歩けるやつは甘やかすな」 「傷でも残ったらどうするんですか、嫁入り前の娘さんですよ」 「どうせお前が貰うんだろうが」 「ちょっ……ここでそういう話しないでくださいよ、連隊長にもまだ言ってないのに」 おかしい。 この状況下で立ち話をしている上官二人もおかしいが、会話の内容がおかしすぎる。 ついでに沖田のハグが長くて、胸が圧迫されて苦しい。 ……なんだか、沖田との間になにか挟まっているような。 次第に沸き上がる嫌な予感に背中を押され、おそるおそる下に向けた目に映ったものを、頭で理解することができない。 「あの、沖田さん」 「どうした? どこか痛むか?」 「俺に、胸があるん、ですけど」 そうだ。戦闘服を押し上げる、お椀型のけっこう大きいんじゃないかこれって立派な膨らみが胸部で存在を主張している。 となると、体の中心が妙にすかすかしているような、軽くて不安定な感覚の源がなんなのか知りたくない。お察しできるが知りたくない。 「え? 胸が痛いのか?」 沖田が真面目な顔で永井の胸を見つめてくる。膨らんでいること自体は問題視していないようだ。 「打撲だろう。いいクッションになりそうだからな」 「三沢さん、それセクハラ……」 沖田の抗議に口の端を持ち上げた三沢がなにか言い返そうとした時、煤で真っ黒になった供が駆けてきて「一藤一佐がお呼びです」と三沢に告げた。 「了解。ああ、永井。さっきのは冗談だ。迎えのヘリが来るまで寝てろ。なんなら、そいつを枕にしとけ」 言いたいことを言った三沢が早足に去ると、供は沖田と永井を眺め「永井。頭が痛くなったり気持ち悪くなったらすぐ言えよ。……沖田、お前も怪我してるし休んでていいけど、永井はまだ嫁さんじゃないんだから、ほどほどにしとけよ」やはり、彼があまり言わなそうな冗談を口にして行ってしまった。 「……三沢さんあんなだけど、永井が目を覚まさないって言ったらすごく心配してくれてたんだ。悪く思わないでくれよ」 「はあ」 誰一人、永井の身に起きている異変について言及しない。 どころか、それが当然のような態度。 神風を見せるより勇気が必要な確認。ついに、永井はそれを口にした。 「沖田さん。自分って…………女、なんですか」 「違うぞ?」 ですよね、そうですよね? 「お前が女だから動かなくていいってわけじゃない。供も言ってただろ、頭を打ったら後が怖いんだ。自分じゃなんともないと思ってても、無理に動かないほうがいいんだよ。戻ったら、詳しく検査して貰うからな」 そこを訊いたわけじゃない。 沖田はふう、と息を吐き出し、永井の頬を右手で包んだ。 「……でもな、永井は立派な陸士だけど、俺の大事なお嫁さんになる女の子なんだから、無理してほしくないよ」 訓練は手を抜かないけどな、と付け足して、莞爾と笑む男前に見とれている場合ではない。 ―― 須田! これは聞いてねえ、聞いてねえから!! 心の中の絶叫は、遥か遠い戦場に旅立ったジェノサイダーに届くわけもなく、永井の第二の人生はちょっとした誤差を含んで動き出したのであった。
********
続かない。
永井くんが女子だった世界。 すでに両親にご挨拶済み。
横で寝かされて救護待ちなスコップくん、パンダくん、ニヤニヤくんの思いはひとつ。 『沖田爆発しろ……!』
おまけ。
【ボーナストラック】
永井頼灯(ながいよりと)。 ……あまり女子っぽくない名前は、父の「誰からも頼られるような優しい子になってほしい」と、母の「世を照らすあかりのような子になってほしい」という願いが合体したハイブリッドであって、「ほんとうは『あかり』って名前にしかったのよねえ」という言葉は思いっきり聞き流すことにした。 いや、この体の持ち主である頼灯は「でも、好きな名前だよ」と母の愚痴をフォローしたのだ。 その記憶はある。 元気が取り柄の健康優良日本男児・永井頼人として生きた21年間と、やはり元気が取り柄の健康優良大和撫子(89式担いで山道を踏破する女が大和撫子かどうかはさておいて)永井頼灯の21年間が、現在の永井の中では二重露光の写真のように仲良く同居している。 おかげで、日常生活で戸惑いを覚えることはさほどないし、女子風呂にだって平然と入ることができる……の、だが、やはり身に染みついた習慣や思考は男のものであって、可愛く振る舞うなんてことはできない。 幸いにして、記憶にある限りだと、元々ほとんど女らいしことはしていなかったので、永井の行動が不審がられることはない。 少なくとも、表向きの、周囲には。 「どうすんだよ、ほんとに……」 こればっかりは、困る。 明日は月に一度の沖田との外出だ。 ……つまりは、結婚を前提にお付き合いしている二人のラブラブデートだ。 別にそれはいい。戸惑いがないわけではないが、関係性としては変わらないのだし、大好きな沖田と大手を振って交際できる、という状況は考えようによってはラッキーだ。 そう、考えようによっては。 記憶の中での永井(女子)は、沖田とふたりっきりの時は、なんというか……普通の女の子っぽかった。 前日には明日は何を着ていこうかと小一時間も悩み、丈が短すぎるんじゃないかと突っ込みたいワンピースを着てみたり、ベリーショートの髪に一体どうやって装着しているのか謎な工程を経てやたらと可愛らしい髪留めをつけてみたり、はにかみつつ沖田を「宏さん」と呼び、きゅっと腕に抱き着いて笑うような……。 「できるかよ……!!!」 無理だ。 どう考えても無理だ。 それはもちろん永井とて、沖田といちゃいちゃする機会があれば他人には死んでも見せられない甘えた姿を晒してはいたが、街中で女の子らしい恥じらいを見せつつ甘えてみせる、なんて芸当ができるとは思えない。 回想するだけで脳が沸騰しそうだ。 「やり直しできねえのかな……」 元の世界の自分に戻りたい。 須田の言葉を信じるなら、この永井(女子)は永井(男子)の観測によって生じた並行世界の永井であって、憑依だかなんだかで彼女の人生を乗っ取ってしまったわけではない、のは、不幸中の幸いなのだが、それだったら男だった時の記憶もスッパリ消えてなくなっていればよかった。 なぜ自分だけがこんな目に遭うのか。運命は理不尽すぎる。 しかし、沖田が自分を見る時の愛情でいっぱいの幸せそうな顔を見ると、悩みなど些細なことに思えてしまうのも事実。 結局、好きな人と一緒にいられれば幸せなのは間違いない。 「やるしかない、か……」 キス止まりの清いお付き合いなのは助かる。それぐらいならクリアできそうな気がする。 それ以上はまだ、心の準備ができていない。というか、ナニをするかはわかるが、自分がどうすべきか想像がつかない。 男の時はさっさと一線を越えていたのは、同性である自分を軽く扱っていたのかと……は、思えない。沖田は沖田で、何ら変わりがないのだ。要するに、女の子なのだからよりいっそう大事にしようとかそういうことなのだろう。 苦労してようやく辿りついた世界なのだ。 ここで生きていくしかない、と、悲壮な決意を固めた永井の姿は、外から見れば、デート前日に深刻な顔で考え込んだり急にニヤけたり何やら思い詰めた顔になったりと、それはまあ、平均的な女子の姿だった。
翌日、荷物を自然と持ってくれたり、言動の端々に見える『女の子扱い』に足の裏がむずむずしっぱなしのところで、『信号待ちで不意打ちのキス』という男同士の時には有り得なかったハプニングに見舞われるに至って、永井は、奇声をあげて逃げ出さないために今までで最大の根性を振り絞らなくてはならなかった。 ……が、羞恥のあまり死にそうになっている永井の様子を可愛らしい照れだと勘違いしたらしい沖田があまりにも嬉しそうだったので、なんだかもうどうでもいいや、と、流されたくなって釣られ笑いをする永井は、やはり、はたから見ればただのバカップルであった。
(やっぱり続かない)
255638
|