そんなに鬱々してない沖永(+三)を、ついでにサルベージしときましょう。
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変なシチュエーション流し。 たぶん沖←→永。
【よくあるはなし】
真っ暗な砂利道を懐中電灯で照らしながら歩いていて、道の両側にはすすきが黙って揺れていた。 仰いだ空は灰色の雲が垂れこめて星ひとつ見えない赤くまだらに光る雲だ気分のいいものじゃない。 さて俺はいったい何処に行くのだったか。 振り返っても同じ道がずっと続いている、引き返すのも馬鹿馬鹿しいから前に向かっていく行き止まりだったらそこでふてくされて夜明けまで座っていようか、朝が来るとしたらの話。 「あれ」 懐中電灯の光が、地面に転がった塊をとらえた迷彩服を着たそれは良く知っている人間だ。 「三佐。なにしてんですか、こんなところで」 三佐は目をあけて俺を見た、なんだか気の抜けた表情をしている。 「ああ……寝てた」 「道の真ん中で? 豪快ですねえ」 光の中で、三佐はゆっくり起き上がる。大きなあくびをひとつ、軽く腕を伸ばして、立ち上がった。 「ここはどこだ」 「さあ。それを知りたくて歩いてました」 「……わかってないのか」 「ええ、残念ながら」 「 は、どうした」 「え? なんですか?」 三佐の声が聞こえない、いや、抜け落ちて聞こえる。 「 だよ」 潮のにおいがする風が吹いて、すすきがざあっと鳴る。 ぼうっとしている俺にむかい、三佐は目を眇めてゆっくりと唇を動かした。
――― ながいは、どこだ?
「一緒じゃねえのか」 「あ……、はい」 どうして忘れていたのか、忘れられていたのか。胸の中が雲を流し込んだようにどろどろと灰黒と赤に渦巻く。 「捜しに行ってきます」 「すれ違ったらどうする。このまま、進んでったほうがいい」 一本道なのにすれ違うものか、と、振り向いた先は―――幾つも枝分かれした道が広がっていた。唖然とする俺の肩を、三佐が叩く。 「行くぞ」 「……了解」 三佐の判断はいつも的確で正しい。 永井には理不尽に思えていたこともあるようだが、そのうちに理解できればと考えていた――。
『おきたさん』
小さな声が、どこかで響く。 「三佐、永井の声が」 「俺には聴こえない」 三佐は足を止めない。
『おきたさん、どこにいるんですか。おきたさん、おきたさん』
涙まじりの心細げな声、優秀だといってもあいつはまだ二十一だ、むらっ気が残ってるしこんな時は俺がリードしてやらないといけない、そうだ異常事態だった俺がついていてやらないとあいつは。 「さ……三沢さん!」 「惑わされるな、沖田。行ったってどうにもならねえよ」 面倒そうに太い息を吐いて、三佐は俺の心臓を指した。 「死んでるんだから」 すすきが波の音を立てる、繰り返し繰り返し幾重にも重なった音が俺の記憶を揺らす。 けたたましい警告音、青褪めて引き攣った永井の顔、半分悲鳴のような報告、三佐の横顔にも焦りが見えて、俺は絶望に向かって滑り落ちる状況を理解しながら、ほとんど恐慌状態に陥っている永井のおかげで却って冷静になってとにかくこいつだけは、と。 ああ死ぬほど痛い、痛い以外の感想が出てきやしない、永井は元気そうで良かったそんなに泣くな、まだ死んでないよ、お前の頼みなら聞いてやりたいけど手足の感覚はもうないから俺は死ぬんだろうお前の顔も見えないごめんなもういいよ俺のことは置いていけ、お前は助かるんだ。
―― できることなら、一緒にいたかったけどな。
波の音が俺の意識を攫う。 気付けば、元の道に立ちつくしていた。 三佐はじっと俺を見ている。 俺が思い出したことをわかっているんだろう、目が合うと 「おはよう、沖田くん」 ちょっと皮肉っぽい笑い方をした。……二年前から、色々と変ってしまった三佐の中にある変わらなかった部分が、今は探すまでもなくそこにある。 「……この道って、極楽につながってるんですかね」 「さあな。地獄行きだったらどうする」 「三沢さんがいるなら、あんまり怖くなさそうですけど」 俺の軽口に、三佐は眉をそびやかして「あてにすんじゃねえ」と吐き捨てた。 大きな背中が、前に向かって数歩を進む。 立ち止まって、振り向かずに、帰りに飯を食ってくかどうかって訊く時と同じ口調で。 「で、どうする。行くのか」 永井の声はますますはっきり聞こえてくる。 だったら、選ぶ道はひとつだ。 「すみません。永井離れができてなくって」 「……俺は行かねえぞ。もう、夢を見るのはたくさんだ」 「はい。先に行っててください。それじゃあ……また」 頭を下げた俺に、肩越しに手を振って、三佐は闇の先にすたすたと歩いて行く。 ずっと遠くに、ぼんやり見え始めた光に向かっていく。
俺はひとつ深呼吸し気合いを入れて、来た道を、不気味に渦巻く空の方へ、永井の声が聞こえるほうに走り出した。
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がくんと下に引かれるように、体が重くなった。 『体』がある、という久々の感覚……それとは別に、重量を感じる。 「沖田さん……」 誰かと思ったら永井が上に乗っかっている。フェイスペイントをしているのはともかく、前髪を全部あげているから一瞬、わからなかった。 逆に童顔に見られるからと厭がっていたのに、案外似合っている。 俺の喉元を押さえる左手、右手には―――TNTだよな、あれ。 「ちょっと待て永井それどうする気だ」 ああ、声が出た。なんだかあっちこっち上手く動かない感じがするんだが、永井が乗っかってるからってだけじゃないよな、これは。 永井が息を飲み、動きを止める。 ……うん、なんとなく、記憶が戻ってきた。俺のものじゃない、この体に入ってたやつの記憶だが。 「まさかそいつで俺を吹っ飛ばす……つもりか」 状況から見て、間違いないだろう。なるほど、何度殺しても起き上がって来る化け物も、木っ端微塵に爆砕されたらひとたまりもないはずだ。いい判断をしている。 「どうして……」 永井の唇が震え、目に兇暴な光が灯る。これは駄目だ、そうとうキレてる顔だ。 「沖田さんのフリするんだよ、お前なんか、お前らなんかに、沖田さんをこれ以上……!」 「待てって、落ちつけ永井」 重い右手を持ち上げて、永井の腰を叩く。 「俺だよ、俺……って」 おっと逆効果。永井の右手に力が籠った。 「幽霊かゾンビかわからないがお前の知ってる沖田宏だ、とりあえず話をさせてくれ」 動揺に瞬く目としっかり視線を合わせて、頷きかける。 「信用できないなら、拘束でもなんでもしろ。手足を撃つのは薦めないぞ、『俺』が飛び出しちまうかもしれないからな」 現世に戻ってきたというよりは……闇人というのか、この体を使ってたやつの言葉を借りると殻を着ている感じがする。 うっかりすれば脱げてしまいそうだ。 自分のものなのにどこかよそよそしいのは、他の奴に勝手に着られていたせいかもしれない。 「なんだよ……意味わかんねえよ、こんなの……」 「俺にもわからない。困ったな」 軽く笑ってやると、永井の表情から力が抜けた。TNTを掴んだままの腕も、だらりと下がる。 「なかなかいい景色だけどさ、とりあえず起き上がってもいいか?」 ああ、泣きだしてしまった。 よっぽど辛い目にあってきたんだろうなと思うと、動いていない心臓が痛くなりそうだ。 大事なやつが呼んでるので、行くはずだった道を棒に振ったなんてよくある話、馬鹿げていて当たり前の話。 「永井、動ける限りは一緒にいてやるから、大丈夫だよ」 いやもう全然大丈夫じゃない。俺は死んでるし、永井の様子を見れば状況は相当悪い……だが、ともかく生きてはいる。 ついに俺の胸に突っ伏して嗚咽しだした永井の背中を撫でてやりながら、赤と灰の二様の空を見上げて、これからどうするかなぁとどこか暢気に考えた。
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同行者:やみんちゅだけど沖田さんの人格が入ってる、これはゾンビですかオブザデッドな沖田さん。 別に可愛い姿に変身したりはしない。
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