※パラレってる。
※堕辰子はログアウトしました。




「牧野さん、これがなんだかわかりますか」
 宮田が掲げる赤い箱、それは牧野も知っている。
 羽生蛇村の雑貨屋でも売っている、チョコレートの菓子だ。
「ポッキーですね」
「ご名答です。では、これを使ったゲームのことは御存じですか?」
「さあ……。私は、遊びには疎いものですから」
 教会にやってくる子供達に絵本を読み聞かせたり、オルガンを弾いて讃美歌を歌ったりはする、時には花いちもんめに付き合ったりもするが、ポッキーを使った遊びは聞いたことがない。
 そもそも、食べ物を遊びに使うなど不作法な真似、八尾が許さなかった。
 常に慈愛に満ち、聖母かくあるべしといった趣の八尾は、一方で、求導師の品格が問われるテーブルマナーなどにはなかなか厳しかったのだ。
 ……怜治が「慶くん、あーん」だの「ニンジンさんが飛ぶよー、ぶーん」なんてやらかそうものなら、箸で手の甲を叩かれた。怜治が。
 そういえば、ポッキーを買ってきてくれたのも怜治だった。八尾に「一日に五本ならいいですよね?」と念押しし、許可を得て小躍りしていた微笑ましい姿を甘さとともに思い出す。
 八尾がいない時には、寂しがる牧野を膝に乗せて一本ずつ食べさせてくれたのだが、ある日、食べている途中で八尾が帰って来たことがあり…………何故かその夜、怜治は夕飯を食べずに膝の上に教典十冊を乗せた正座で廊下に座り続けていた。
 八尾の「慶さん。求導師様は、とても大事な修行をなさっておられるの。なにも不思議なことはないのよ?」……微妙に目が笑っていない笑顔がちょっと怖かった記憶も芋づる式に黄泉がえり、すみやかに蓋をする。
 今は、目の前の宮田の対処に集中しよう。
 何が起きたのかはいまだによくわからないが、集中豪雨の夜に八尾の姿は消えた。
 『事情があって、お暇をいただきます。急なことでごめんなさい。求導師様はもう一人でも大丈夫、これからも村を支えてください』という、ワープロ打ちの書き置きだけが残されており、乱雑な手書きの……八尾にしてはなんだか可愛らしい文字で、『弟さんと仲良くしてください!』と、赤いペンで下線まで引いて強調した追伸を、現実をうまく飲みこめない頭で一時間ほど眺めていたものだ。
 弟さん、という表現に当てはまるのは、宮田医院の院長、宮田しかいない。
 二十七年前の災害で両親を亡くした自分達は、別々の家に引き取られ、戸籍上は従兄弟という関係になった。
 狭い村の中で同じ顔がふたりいれば、それは目立つし、事情を知らぬものには「従兄弟同士? それでそんなにそっくりなんだ……双子みたい」などと、返しに困るようなことを言われる。
 そんなわけで、自分たちは一緒にいることを避けてきたし、それぞれの義理の親の職業を継いでからは接点もなく、親戚付き合いもどこかよそよそしいものだった。
 ……なのに、八尾が消えた日から、宮田はやけに足しげく教会にやってくる。
 神代家の、十四年間ひきこもりだったという次女が姿を現し、学校に通うようになったというニュースを真っ先に教えてくれたり、いったいどこで知り合ったのか、この村の土着宗教についてレポートを書きたいという東京の高校生を連れてきたりもした……。
 たしか須田という名前だったか、明るい笑顔が印象的な彼には、眞魚教のことをいろいろと教えた。
 聞き上手で話上手な彼につられて、気付けば、自分と義父、そして宮田のことも打ち明けていた。
『先代の求導師……義父は、宮田さんのお義母様と同じで、あまり体の丈夫な性質ではなかったんです。私が中学に上がる前には体を壊して寝付くようになって……高校には進学せず、求導師の勉強をすることを選んだと告げた時には、口では謝罪されましたが、ほっとしていたようでした。私も、義父を安心させたかったので、それで良かったと思っています。叙階をうけた翌日に、眠るように息を引き取りました……私に、後を頼むと言い残して』
『……ごめんなさい。そこまでの因果は、解けなかったんだ』
『え?』
『や、なんでもないっす。なんか深い話までさせちゃって、悪かったなぁって』
『あっ、私こそ、こんな話を聞かせてしまってごめんね』
 そんな須田を、これまたどういうわけだか噂の的である神代の次女(たいそうな美少女だった)が呼びに来て、話は終わったわけだが。
 別れ際には『宮田先生と仲良くね!』と言われた……それほど、仲が悪そうに見えたのだろうか。
 ほとんど他人同然だが、別に、関係は悪くないはずだ。
 会えば挨拶はするし、こうして世間話もする…………最近になって以前よりも表情が乏しく、声の抑揚が薄くなって、変な迫力が増してきた宮田だが、やりとりはできている、と思う。
 そう、こんな風に突然おかしな話を振られたって、対応しているのだ。問題はない、はずだ。
―― あっ、お菓子のおかしな話ですって。私うまいこと言った!
 ……元来が気弱な牧野は、宮田の発する無言の圧力から逃れるために、思考を明後日に滑らせつつ、精一杯の笑顔を浮かべた。
「え、えーと…………どんなゲームなんですか?」

 聞くべきでは、なかったのである。

 言葉で説明するより実際にやったほうが早いので、と菓子の封を切った宮田の口には、ポッキーが咥えられている。チョコのついていないほうだ。
 チョコのついている方は牧野に向けられている。
「まきのさん、どうぞ」
 歯に挟んだまま、器用に喋るものだ。
 感心しつつ、牧野はおそるおそるポッキーの端をくわえた。自分と同じ顔が、ポッキー一本ぶんの距離の向こう側にある。
 かり、と、宮田の歯がポッキーを咥えたまま先に進み、距離が縮まった。
―― どこまで近付けるか勝負で、折ったら負け……。
 地方ルールなんてものもあるらしいが、今のところはこれが宮田に提示されたルールだ。
 引いてしまいたい気持ちをこらえ、牧野もじわりと口に滲み出す唾液を意識しつつ、チョコレート味を口に収める。
―― うう、怖い……。
 もう、宮田の睫毛の本数が数えられそうだ。
 ほくろも左右対称なせいで、鏡を覗いている錯覚に陥りかかるこの顔、ひょっとして睫毛の数も同じなんだろうか。
 と、よそごとを考えたせいで、つい口に力が入り、がり、とプレッツェルが削れた。
―― あ、折れ……
 口の中で折れていく感覚に、しまったと思わず目を閉じる。
 と、折れた反対側、つまり宮田が咥えたままのポッキーが唇をつついた。一瞬おくれて少しかさついた、生々しく肉々しい水風船のようなものが、牧野の口に触れ、離れる。
「……!?」
 目を見開いた時には、宮田の顔はすでに離れつつある。
 残りのポッキーを口の中に収め、咀嚼し、飲みこんでから、口をひらいた。
「牧野さんの負けですね」
「あ…………はい。参りました……」
 今のなんですか。
 事故が起きてませんか。
 宮田がまったく気にしていないので聞くに聞けない疑問だけが、頭の中に渦巻く。
「というわけで、これがポッキーゲームというものです」
「はあ……」
「本来は大人数で囃しながら行うものなので、男同士が二人きりでやってもたいして盛り上がりません」
 それなら、やらないでほしかった。
 なんとも中途半端な気分だけが宙ぶらりんになっている。
「残りは置いていきますので、お八つにでもしてください」
「あ、ありがとうございます」
 とん、と、並んで腰かけていた信徒席に赤い箱が置いて、宮田は何事もなかったかのように立ち上がった。 
 困った時のくせで、無意識にマナ字架を握り締めながらつられて立った時には、宮田は出口に向かって歩き出している。
 慌てて後を追う牧野の前で急に立ち止まったので、白衣の背中に衝突してしまった。
「う! ……あ、すみません宮田さん! 大丈夫ですか!?」
 自分のどんくささが嫌になるが、それより、思い切りよろけた宮田が気になる。
「あ、あの、本当にすみません、私ったら機敏に動けなくて……痛かったですよね?」
 おろおろと、宮田の背の衝突したあたりを撫でると、小さな震えが伝わってきた。
 それほど痛かったのだろうか。
「牧野さん」
「はい!」
 一歩ひいた牧野の視界で、白い裾がひるがえる。
 振り向いた宮田が笑っていることに、驚いた。
「俺は頑丈なので、気にしないでください。……兄さんは自分が思うより機敏だよ、自信さえ持てばね」
 思春期を越してからはついぞ聞かない、砕けた口調で言われる。
「え……っと、それはどう、かと思うけど。気をつけて帰ってください……ね」
 どうにも定まらない調子で返すと、はっきり声を立てて笑われた。
「わ、笑わなくたっていいじゃないか!」
「兄さんはどこにいても兄さんだと思っただけだよ。悪いことじゃない」
「なんですか、それは」
 宮田の悪びれなさに、眉尻が下がっていくのが自分でもわかる。牧野も、力みのない笑みを浮かべていた。
「じゃあ、また来ます」
「はい、いつでも」
「……ああそうだ。この間も思ったけど、唇が乾燥しているから、これでも使ってください。御馳走様でした」
 ぽいと放られたものを危うく受け止め、颯爽と去っていく白の背中を茫と見送る。
 教会の扉が閉まり、手の中を見れば、片掌におさまる小さな円形の缶で、指で塗るタイプのリップクリームらしい名称が見て取れた。
「唇が……って」
 十数秒の思考を経て、頬に血が上る。
 へたへたと床に座り込み、牧野は、両手で顔を覆って呻いた。
 何を考えているのか、あの弟は!!!
―― 兄を兄と思ってませんよね!?
 じゃあなんだと思っているのか、深く考えるのは怖いのでおいておくとして、あんまりだと思う。
 いや、世間一般の大人なら、あの程度のことはなんでもないのだろうか……。
 なんとかしたいと思っても、兄弟喧嘩ひとつしたことないのだ、宮田とは。
 宮田以外の人間とも、個人的な付き合いなんてほとんど持ってこなかったから、こういう時にどうあしらうべきか、さっぱりわからない。
 教会の雑事もほとんど八尾に任せきりで、求導師としてしか生きてこなかったツケが、ここにきて回ってきた気がする。
「須田くん、しばらくは神代の家に泊まるって言ってたっけ」
 宮田と仲のよさそうな彼なら、悪ふざけでからかわれた時の対応を伝授してくれるかもしれない。
 私服に着替えて、会いに行ってみるのもいいかも。
「……そうします!!」
 誰でもない、自分自身に向かって宣言し、牧野はポッキーの箱を鷲掴みにして歩き出した。


 奇襲と称した牧野の宮田医院への訪問が、「あれ、兄さん今日は私服なんですね外出にはうってつけだ、俺もちょうど出るところだったんですよそれじゃあ行きましょうか」……それはもう流れるようなカウンターでジャガーに積みこまれ、ドライブに連れだされてしまうという、不本意なハプニングに発展するのはその翌日である。

(約束果たし終えた那由他の向こう側なハイパーSDK+因果律もバットでぶっ飛ばす共闘依子ちゃんと、前世の記憶はぼんやり程度な六割普通の中学生になった美耶子様と、煉獄で燃えつき損ねた宮田先生だけが8月以前の記憶がある、ループ抜けた世界的な。
 27年前までの因果は壊せなかった的な。)
(竹内先生は無意識下で記憶持ってるっぽいけど、依子ちゃんが思い出させません的な。ヒーローだから!!!)

2012/11/11 23:18
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