お題ほんとお待たせしててすみませぬ……じわじわと進行中。
で。 没ったりメモったり息抜きだったりなあれこれをリアタイからサルベージ。
若干削ってある。 ※鬱ネタは除外しました。大・丈・夫!
【買い食い】
薄茶色の紙袋を左手に、右手にはかじりかけの鯛焼き、ご丁寧にもほっぺたに餡のかけらをくっつけた永井を目にした瞬間、笑いがこみあげた。 あまりにも、ベタすぎる。 「永井、ついてる」 自分の頬をつついて教えてやるも、永井は「まじすか」と、鯛焼きを口にくわえ、空いた指先で見当違いの場所を探る。 間抜けた姿も可愛い……などと沸いたことを思いつつ、沖田は素早く顔を寄せ、べろりと永井の頬を舐めあげてやった。 「ん―――……!?」 「ごちそうさま」 微笑みかけてやると、一拍遅れて頬を赤くし、睨み付けてくるのが実にいじらしい。 「こんなとこで、やめてくださいよ」 「ごめん、うまそうだったからさ」 人通りのない時間帯とはいえ営舎の廊下、誰に見られるかわからないのにと咎める永井に笑いながら謝る。 沖田としては、この程度なら見られても一向に構わない。むしろ虫除けになるなら是非とも見てほしいくらいだ。 ……などという内心を知ったら涙目で怒りそうな永井は、紙袋を握る手に力を込め、かさりと音を立てた。 「沖田さんになら、ぜんぶあげるのに……」 頬を染めたまま、つと視線を逸らして呟かれた言葉に、心臓を撃ち抜かれる。 ―― もらっていいのか永井! ―― ぜんぶってどこからどこまでなんだ永井! 口内にわき上がった生唾は、餡の甘さのせいではない。 糸で引かれるように永井へと伸びる手の先に、紙袋の口がひらかれた。 「チーズと白餡は頼まれたやつなんで、右側の、こしあんかつぶあん、どっちか持っていってください」 全部=鯛焼き、まる一匹。 理解と失望に打ちのめされつつ、沖田は鉄壁の爽やかポーカーフェイスで「やっり、悪いなぁ永井」などとはしゃいでみせた。 「後輩からタダで貰うってのもなんだからな。明日はどっか食いにいくか」 「駅の裏の店の、回鍋肉うまかったです!」 「お、あそこかあ。いいな。じゃあ明日は風呂終わったら玄関に集合な」 「了!」 元気よく返事をしてから、永井はきょときょとと左右を見渡した。 「ん?」 何か変わったものでもあるのかと、つられて横を見た沖田の唇に、弾力のある柔らかなものが押しあてられて、すぐに離れた。 「さっきの仕返し、です」 悪戯を成功させた子供の顔で笑う永井にキスされたのだと、感触に頭の理解が追い付いたのは五秒後。 「なが……」 「それじゃあまた明日! 失礼します!」 勢いよく頭を下げ、ばたばたと走り去っていく永井は、気恥ずかしさに耳まで赤くなっていたようだった。 「……やられっぱなしだな」 こんな攻撃なら大歓迎で降参だ。 鯛焼きに噛みついて、沖田は参ったなぁ、と笑った。
(永井くんはあんこを最後まで楽しむために、尻尾からかじる派な気がする。) (ニヤニヤくんは背鰭、尾びれをかじりとった上で腹から食べるのでパンダくんに「きめえ」言われる偏見。)
【闇沖闇永】
どういうわけだか、闇人の癖に真っ暗闇を怖がる永井は、今日も沖田にぴったりとくっついている。 「永井、そんなにしがみつかれてたら歩けない」 「だって、暗い」 「手ぇ握っててやるから」 手袋越しにも震えが伝わる指が、沖田の手を握りしめる。 これじゃ、屍人が来ても戦えそうもない。 「なにがそんなに怖いんだよ」 「何も見えないのは、嫌です」 「……見えないのか?」 そんなわけがない。 深海の暗闇で生まれた自分たちは、光の射さない場所でも不自由なく行動できる。 だというのに、永井は不安げに唇を噛み、こくりと頷いた。 左手は絡めとられたまま、こめかみから黒い紋様の流れる、白い頬に手を添えて顔を覗きこむ。 殻がいきていた時は明るい茶色だった虹彩も漆黒に変わり、闇人の目になっているのに。 「俺も見えない?」 言葉が生んだ呼気まで感じられる距離で、何気なく発した質問に、永井ははっきりとびくついた。目が見開かれ、絡めた指に骨が軋むほど強い力が籠る。 「沖田さん……し、死なないでください、沖田さん、沖田さん、死んじゃ駄目です、沖田さん……」 黒い涙が永井の頬を滑り落ちるのを、沖田は呆然と見つめた。 「俺、沖田さんが好きっていってくれたぶん、言い返してない、沖田さんに似合う男にもなれてない、まだなんにもできてないのに、いなくならないでください」 意識もないまま、苦しげな呼吸を次第に弱くしていく沖田を抱えてどうにもできない無力と、彼を喪う恐怖と絶望に慟哭した――殻の持ついちばん強い記憶と感情が、永井を恐慌に陥れている。 沖田の名を繰り返し、悲嘆を訴えながら永井はしゃくりあげる。 それは、殻の記憶だ。いまの永井のものではない。 「……死なないよ。な、ここにいるだろ」 胸を絞られる痛みは、殻のものか、沖田のものかわからない。 ただ泣き止ませたくて、沖田は永井を抱き寄せ、緩く背を撫でてやった。独りぼっちの永井を助けてやりたくてこちらに引き込んだのに、とても、酷いことをしてしまった気分になる。 “沖田さん”と、彼が呼び求めているのは、自分ではなく、もうとっくに消え失せてしまった殻の持ち主なんじゃないかと――。 「なあ、俺はここにいるよ。なにも心配することなんかない。そうだろ?」 次第に落ち着きを取り戻してきた永井と、自分にも言い聞かせる。 沖田の肩口に顔を伏せたまま、永井はぽつりと呟いた。 「わかんなくなるんです。俺が俺なのか、殻が俺なのか」 「……永井」 「沖田さんのことも、好きなのに……好きなのがつらいって、殻が泣くんだ。……ねえ、俺はどっちなんですか」 語尾は、涙にふやけて力なく消えた。 「俺がいま一緒にいるのは、お前だよ」 自分でも曖昧な答えは避けて、事実だけを口にする。 「永井は俺といるのがつらいか?」 首を横に振り、しがみつかれることに安堵と、微かな優越を得る。 「じゃあ、つまんないことは忘れろ。ほら、行くぞ」 肩を叩いて身を離し、繋いだ手を引く。 ―― 見えないなら、見えなくていい。 永井には自分だけがいればいいと、沖田は深い闇に沈むように足を踏み出した。
【拾う/お付き合い前】
射撃訓練の後、何が面倒臭いかといえば薬莢拾いに勝るものはない。 地面に膝をつき、目を皿のようにして草に埋もれた金属を探し回っていると、いきなり、臀部を掴まれた。 「ぎゃっ!?」 「永井……それはないだろ。もう少し色気のある声を出してくれよ」 背後から悲しげな溜め息を響かせる痴漢は、まだ永井の尻たぶを掴んだままである。しかも、五指をばらばらに動かし、揉みしだいている。 ぞわぞわと言い知れぬ戦慄が尾底骨から脊柱を駆け抜け首筋を総毛立たせ、永井は拳を握り締めた。 周囲で同じく薬莢拾いに勤しむ仲間たちは、こちらの様子に気付いていない。 振り向かず、低くおさえた声で、背後に要求する。 「やめてください」 「なにを?」 「俺のケツから手を離……ぃひゃっ!」 尾を踏まれた犬のごとき悲鳴は、穴のあたりを抉じる動きで刺激されたが故である。無防備な場所への攻撃に上体の力が抜けて、永井は肘から地面に崩れた。 背後に尻を突き出すような屈辱的な体勢で、声もなく震える永井の尻をたいへんいやらしい手つきでひと撫でしてから、痴漢はようやく手を離した。 「沖田さん……!」 感触の残る尻を庇いたい気持ちをこらえ、首だけで振り返って睨み付けた犯人は、涼しく爽やかな笑みを浮かべている。 「ご馳走さま」 「最低っす」 「減るもんじゃないだろ」 「なに考えてるんですか」 「手伝いに来たら永井の尻がそこにあったので、これは疲れた俺へのご褒美だと判断しました」 真顔で堂々と言われると、怒る気力が削ぎおとされる。内容は最悪なのに、仕方ないかなという気分にさせられるので男前はずるい。本当にずるい。 「手のひらにフィットする曲面と、指を押し返す弾力性は生きる気力のみなもとです」 「そこまで報告しなくていいです」 「説明を求めたのは永井だろ」 「こんなもんを生き甲斐にしないでください」 「いやいや、結構なお点前だ。お前はもっと自分に自信を持てよ、な!」 阿呆極まりない爽やかな励ましを吐きながら屈んだ沖田の指先が、金色の小さな円筒を摘まみあげる。 「ほいよ。数揃ったか、士長」 「あ……はい、ありがとうございます!」 からかってくることもあれど、なんだかんだで頼りになる先輩に満面の笑みを向けると、沖田も柔らかく笑い「どういたしまして」と応じた。 その笑顔を見ると、永井の胸は乙女の如くきゅんと高鳴り、多少のセクハラくらいはなんでもないものだと思えてしまう。 ―― お前そのうち食われるぞ、と忠告してくれる人間は、あいにく、ここにはいなかった。
【この世は愛でできている】 ↑ 結論。
でなければ、永井頼人がこの世に生まれ出ることはなく、沖田宏に出会うこともなく、ましてや恋に落ち、愛し合うこともなかったはずだ。 と、沖田は目の前がひらけるような発見を噛み締めつつ、すうすうと健康的な寝息をたてる恋人の髪と剥き出しの肩から二の腕の肌を撫で、どこもかしこも触り心地の良いことに気をよくして、丸い額にキスを落としてから、目を閉じた。
――― おっ、わあああああ。なんだいまの、やたら甘い雰囲気! (幸せすぎて頭が吹っ飛びそう。) 夢うつつに、沖田が頭と、毛布からはみ出して少し冷えた肩や腕を撫でたのは把握していた。 なにか言おうと思った矢先に、おでこにちゅっとされたのだ。 寝ていられるわけがない。 しかし、沖田は永井が寝入っていると思っていたのだから、ここで起きたら優しい彼が済まながりそうで、規則正しい寝息が聞こえてくるまで寝たふりを決め込んだ。 そろそろいいかとおそるおそる目を開けると、至近距離に沖田の寝顔がある。 横向きに眠る永井と向き合う格好の、整った造作にうっとり見いって、改めて、手足が痺れるような幸福感に浸る。 好きで好きでたまらない先輩と、こんな風になれたなんて。 ―― 世界は奇跡でできてるんだ。 そんな、脳に花が咲いたようなことも、今なら真顔で言える。 毛布のなかでほんのちょっと距離をつめて、手と手を触れ合わせて目を閉じる。 次に目が覚めて、夢じゃなければ、頭に花が咲きっぱなしになったって構いやしない。
255732
|