校正なにそれおいしいの。
※「奪われた世界」後だけど続きものとは関係ない。 ※闇人文化等、思いっきり捏造です。 ※クトゥルー神話の「インスマウスの影」に登場する“深きものども”成分過多。 ※↑ご存知ない方は、ポニョと妹達みたいなもんだと思っておけばだいたい合ってます。
【海境に入る】
黒陽が中天に差し掛かる昼のことだった。 車も通れぬ細い山道を、目が眩む白を纏う人の列が粛々と歩んでいた。 長く布を垂らした笠を目深に被り、容貌の判然とせぬ彼らは一様に押し黙り、黒松や樫を削った杖をつき、俯き加減に崖上の道をゆく。 行き合った者は、頭を下げ、道の端に退いて彼らを遣り過ごし――その後ろ姿に手を合わせた。 巡礼の一団であろうことは、その異装に明らかであったので。 巡礼者達は、母なる者より授かった殻と御霊とを海に還し、母なる者の許(もと)に向かうのだ。
峠からは、赤く穏やかな海が見える。 敬虔な沈黙のうちに進む巡礼者たちは、なつかしい風景を目にし、笠のうちで表情を和らげた。 ―― あと少しで、還ることができる。 弾んだ心のまま、足を速めかかるのを、一人が制した。 「海に出るにはまだ三里ほどはある。草臥れた姿をお母さんに見せるのは恥ずかしいことだ。ここで休んでいこう」 それもそうだと口々に呼応した巡礼者達は、道の端の石や草の上に腰かけ、海を眺めながら、これからの希望について語らった。 「おや、あれは何かしらね」 一人の巡礼が立ちあがり、節くれた木の根元を覗きこんだ。 ―― 襤褸の堆積と泥に埋まる、丸いされこうべがひとつ、そこにあった。 巡礼は恐れげもなく手を伸ばし、白い両手でされこうべを持ちあげた。 「構うのはおよし。そりゃあ、罪人の頭だよ」 眼窩に紐をとおして木に吊るされていたのが落ちたのだと、誰かがしたり顔で言う。 「よほど酷いことをしたのだろうね、身体のほうには石が打ってある」 見れば、かつてはされこうべに繋がっていたのだろう、襤褸に包まれた体には石の杭がいくつも打ちつけてある。 まるで、それが立ちあがるのを恐れたもの達が、動かぬように縫い止めたようであった。 「でも、泣いているようじゃないの、ほら」 草の露が、虚ろな眼窩から滴っている。 未だ若い娘らしさを残した巡礼は、仲間達にそれを示し、同情をあらわして袖で露を拭ってやった。 「生きている間にどんな御仁だったとしても、殻のまんま朽ちて、海に還れないのは可哀想でしょう。ね、連れていってやろうよ」 「穢れだぞ」 「滅相もない」 「なに、私達だって穢れた殻を波で洗うのだから、同じことさ」 否定のざわめきをいなしたのは、休憩を申し出た巡礼であった。 「好きにおし。お前は信仰が強いのだから、母様も悪くは思わないだろう」 「ありがとう」 巡礼の娘は嬉しげに笑み、されこうべの泥を払いおとし、白い袖に包んでやった。 それが、母につらなるものすべてを敵とし、絶望と孤独のうちに異郷に果てた骨だとは、知らぬまま。 「ねえ、大丈夫よ。母様は皆を受け入れてくれるの。一緒に、帰ろうね」 娘のやさしい声に、されこうべが答えることはない。 それはもう、命を終えた殻なのだ。
波の音が、とおくから響いた。
白日が中天に差し掛かる昼のことだった。 ちらと見上げた崖上の駐車場には三、四台の車が停まっていたが、自分たちが乗ってきたセダン以外は、サーファーのものであったらしい。 裸足の裾を膝うえまでまくりあげ、波に浸かる永井のほかに、防波堤ちかくの砂浜で遊んでいる人間はいない―――ずいぶんと離れたところに、波乗りに興じる若者たちが五、六人。そんなものだ。 視線を転じると、砂浜の流木に腰掛けた沖田が軽く手を振ってきたので、こちらは肩からのびあがるように大きく振りかえす。 ちらりと歯を見せて笑う沖田に嬉しくなって、もう一度手を振った。子供っぽいと思われたのだとしても、沖田の笑顔を独占できるのは幸せなのだ。 山あいの田舎町で育ったせいか、永井は海のにおいや波のきらめきに訳もなくはしゃいでしまう。ドライブの途中で、砂浜に降りたいとせがんだのもそのせいだ――夏を過ぎて、土用波のうねる浜辺は磯遊びには向かないが、引き波が足元を掬おうとする感触は、普段は味わえないものでなかなか楽しい。 「永井ー、あんまり奥に行き過ぎんなよ」 転ぶぞ、と、訓練の最中同様によく通る声で呼び掛けてくる沖田に、了!と応じる。 最初はくるぶし程度だった波がいまはふくらはぎのあたりにあり、ズボンの裾が濡れてしまいそうだ。言われた通り、少し行き過ぎたと後ずさった足裏がなにか柔らかなものを踏んで、ぎょっとする。 「……ナマコ?」 中腰にかがみ、おそるおそる波の中を探った手が――誰かに、きつく掴まれた。 「うわあ!?」 悲鳴を上げ、振りほどいた拍子にバランスを崩し、派手に水しぶきをあげて尻餅をついてしまう。 「永井、大丈夫か!?」 口の中に入り込んだ海水を唾と一緒に吐き出し、波打ち際に駆け寄ってきた沖田に右手を掲げる。 「……大丈夫、です。なんか踏んずけて……」 「切ったか? だから裸足はよせって言ったんだ」 靴のまま海に入ってこようとする沖田に慌ててかぶりを振る。お姫様よろしく抱き上げられかねない。 「や、無事です。なんともないです、ほら」 尻餅のまま、裸足の足裏を沖田に見せたところで、背後からきた大きな波が永井の頭の天辺まで飲み込み、崩れた。 「……あー……」 髪からぽたぽたと滴る雫越しに、呆れ果てた沖田の顔が見える。 「何をやってるんだよ、お前は」 「すみません……」 結局、スニーカーが濡れるのも構わず近寄ってきた沖田が差し出した手を掴もうとしたところで、自分が右手に握りこんでいたものに気づいた。 白く平たい、角の削れた貝殻のような欠片。 なんとなく捨てる気になれず、シャツの胸ポケットに落としこんでから沖田の手を握り、立ち上がった。 「ひでえ格好だな」 面白そうに言われて、苦笑する。 「車に雑巾ありましたっけ」 「ああ、パンツまでびちょびちょだろ。タオルケットあるから脱いで乗れよ」 裸にタオルケット一丁で公道を行けと。 誰がどう見ても善人で好青年といった爽やかな笑顔でとんでもないことを言い放った先輩に白い目を向け、永井は「タオルケット下に敷いていいすか。後で洗って返しますから」と常識的な提案をした。 「えー」 「えー、じゃないです」 「風邪ひくから上は脱いどけよ。上着貸してやるから」 「了……ありがとうございます」 車にウインドブレーカーが積んである、と、何かと用意の良い沖田が言うので、そこは素直に厚意に甘えることにした。が、最初からそのつもりで、今までのやりとりはからかわれていただけだと悟ると脱力する。 沖田は基本的に厳しくもあり優しくもあり、面倒見がよくて頼り甲斐のある先輩だが、年上の恋人、という関係性を前面に押し出してくる休日には少しばかりたがの外れた言動を見せることがある。 「沖田さんって」 脱ぎ捨てていた靴を突っ掛け、砂浜を駐車場に続く階段へ向かいながら呟くと、沖田が「ん?」と首だけで振り返る。 「俺のことガキだと思ってますよね」 「子供に手を出す趣味はないよ」 さっぱり悪びれた様子もなく笑われて、口がへの字に曲がるのが自分でわかった。 「そういうのが……」 ふと、胸のあたりにひやりと痛みに似た冷たさを感じて、言いさした口をつぐむ。 拾った貝殻が、冷たさの源だ。 取り出して手のひらに置いた瞬間、急に、世界から切り離されたような寂寥感が永井を包んだ。 さびしい。 くるしい。 さびしい。さびしい。さびしい。だれか、だれか、だれか――――――だれか、おれを。 「……永井?」 急に黙りこみ、立ち止まった永井を気にして、階段を上がりかけていた沖田が戻ってくる。 「どうした?」 気遣わしげにこちらを見つめる沖田の顔が歪み、ぼやけた。 こみあげた涙が溢れる前に、貝殻を握りこんだ手をのばし、狼狽する沖田を抱き締めて肩口に顔を伏せる。 沖田まで濡れてしまうと他人事のように考えながら、肺の奥まで押し込むように、沖田の匂いを吸い込む。 ―― 俺は、ひとりきりじゃない。 その確証が、どうしても欲しい。 「沖田さん……俺は、ここに、いますよね?」 問う声は弱く、か細いものだった。 冷たい海の底を漂い、砕け、まるく磨り減って――小さなかけらになってようやく辿り着き、切なる力で自分の手をつかんだ誰か。目を閉じて思い浮かべたそれは、なぜだか、泣きそうな顔をした永井自身だった。 永井の身を抱き返す腕に、次第に強い力が籠る。 「大丈夫だよ、永井。俺はちゃんと、お前が好きだよ」 よしよし、と背中を撫でてくるのは、やはり子供扱いだ。 ―― そういうことじゃないです。 言い返したくても、なぜ急に寂しくなったのか自分でもわからないのだから、温もりにすがることしかできない。 なくしたくないと強く思うまま、掌をひらいて貝殻を落とし、沖田のシャツを掴んだ。 「沖田さん……大好きです。これからも」 「うん。ありがとう、永井」 鼻をすすり、告げた言葉に、優しい答えがあったことに安堵して、永井は震える息を静かに吐き出した。 ―― とうとう伝えられなかった誰かのかわりのように。
砂浜に打ち捨てられた貝殻――異郷で絶えた誰かの骨片は、その夜、満ち潮にさらわれて再び海底へと戻っていった。 『好きだよ』 『ありがとう、永井』 たったふたつの言葉を抱いて、孤独の冷たさを忘れた骨片は、幸せに微睡んでいるのだった。
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すごくわかりにくいんですが。
『奪われた世界』後に死んでしまった永井の骨が赤い海に流されて、どこかの平行世界で平和に沖田さんと過ごしてる永井に拾われたよ、というポエム。
お嬢さんは傘子ちゃん的な。
おおもとはツイッターで流した一文。 ↓
今日は死に日和/海辺(うなべり)にて。
砕け磨り減り平たい丸い石になった自分のされこうべを海辺で拾い上げ、変わった貝殻だと思う人の情景。 呼ばれた拍子に、貝殻を波のあいだに取り落として見失う。 何やら気がかりで去り際に振り向くと――膝まで波に浸かり、悲しげに此方を見送るドッペルゲンガーが居た。
―― 或れはいつか死んだ己の影だ。
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うむ。 140文字のほうがきれいにまとまってた。
さて、なにもかも台無しな余談。
「今日は死に日和」は、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」のコレ。
音声のみフルバージョン。
DVD特典だったかでフルバージョンPVがあったんですが、そっちは見つけられませんで。
この歌がとにかく大好きで、フルバージョンPVをiPodとPSPに入れて持ち歩いてます。 どうしてカラオケに入ってないんだ……!!!
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