5話


常に何かに怯えているような人だと思った。

登校時に見かけた前方を歩く彼女の背中を見た時に、そう思った。


人に頼まれたら絶対断らなくて、花にも動物にも人にも優しいくせに、先生に当てられただけでビクッと身体を揺らすし、回ってきたプリントが足りなかった時も余ってしまった時も言えない。
自信が無いというより、単に臆病なんだろうな、と感じた。

友達が欲しいのに、人が近付く事を恐れているみたい。
そして誰も彼女に近付かないから。


オレは。









一緒に帰ったあの日から、一週間が経った。
あの時はオレは両角サンの言葉に何も返してあげられなかった。



「あれ?両角サン?」

「高尾君……?」


学習室のドアを開けると、窓側の一番後ろの席に両角サンが座っていた。
今はテスト前で部活もなく、学校に残って勉強する奴が多い。特に教室と図書室。この学習室もテスト前は何人かが利用しているが、今は両角サンしかいなかった。


「隣、いい?」

「どうぞ」


両角サンの隣の席に腰をかけて、オレは日本史の問題集を開いた。決して勉強は好きではないし、むしろ嫌いだが追試にでもなったらI・H予選中だというのに部活に行けなくなってしまう。それは嫌だ。嫌だし部員にも迷惑をかけるし、宮地さんに轢かれる。

隣を見ると両角サンは数学の教科書を開いて頭を抱えていた。眉間にシワが寄っている。


「ブフォッ」

「…?高尾君?」

「いや、なんかそんな顔の両角サンは見たことないなーと思って!眉間にシワ寄ってる」


両角サンはしばらく驚いて目を瞬かせた後に、照れ臭そうに、可笑しそうに笑った。


「高尾君といると楽しくて大変だね」

「大変?」

「うん。目まぐるしいっていうか」


はにかむように笑って言う両角サンだけど、きっと今この時も不安に感じているのだろうな、と思った。
怯えているのだろうな、と居た堪れなくなる。

そしてその両角サンの恐怖が、オレらの間に壁をつくっているのだとしたら、なぜか無性に嫌だった。


「なぁ、両角サン」

「なんですか?」

「この間言ってたことだけどさ、考え過ぎだとオレは思うよ」



笑顔が消えて、途端に両角サンは顔を強ばらせた。そして俯く。


「両角サンは嫌われるのが怖いんだろ?
確かに話しているうちに『こいつとは合わないな』って嫌いになるかもしれないし、だったら関わらない方がいいって考えてるんだろうけどさ」

「……うん」

「オレはここ数日両角サンと過ごして、嫌いだなんて思わなかった」



両角サンが顔を上げてオレを見た。見開かれた目から涙が零れそうだった。


「まぁ強いて言うなら、そのウジウジしたとこ!それ直した方がいい!」

「は、はい…」


そうだよね、と細い声で呟いて、彼女はぽろぽろと瞼の隙間から涙を零し始めた。


「ご、ごめんなさい」

「謝んなくていいんだぜ」

「うん、あのね、すごく嬉しいよ、そんな風に言われたのは初めてだよ」




ああ、放っておけない。
(綺麗な涙だなぁ)





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