4話


私は中庭の花壇に水くれをしているところだった。

教室で宿題をやっていて当番の仕事に向かおうとした時間がそもそも遅くて、先程高尾君と宮地さんとも話し込んでしまったので、日も暮れかけている。まぁ最近は夏も近付いてきて、日も伸びてきたけれど。でも夏なんてまだ気が早いかな。でも夏とかすぐやって来るんだろうなぁ。それであっという間に夏も過ぎちゃうんだろうな。


なんて考え事をしているうちに花壇を端から端まで移動していた。余った水を適当に花壇にくれようとして、方向転換、回れ右をした時、目の前の誰かにぶつかってしまった。
そしてジョウロの水がその誰かにかかる。


「すみませんすみません!!」


真っ青な顔をあげて見ると、それはよく知っている人だった。


「たったっ高尾君……!」

「両角サン慌てすぎ!」

「あ、そりゃあ慌てるよ…!ああああ…」

「ジョウロの中の水、もう少なかったみたいだしこんなんすぐ乾くって!両角サンこそ濡れてんじゃねーの」

「私は全然大丈夫だけど……本当にごめんなさい…」


高尾君は自分が濡れているのになんで私の事を気にかけるんだろう……。それもきっと高尾君が好かれる理由のひとつなのかな。それに比べて私はどうだろう…。


「高尾君の方が全然優しくて良い人すぎて泣けてくる…」

「まじ両角さん大袈裟!あっ、つーか仕事もう終わっちゃった?」

「え、う、うん。高尾君の方はどうしたの…?部活は?」


もう高尾君は学ランを着ているし、部活は終わったんだろうけど……。


「体育館これから使えなくなるらしくて部活早く終わってさ、水やり終わってなかったら手伝おうと思ってたんだけど」

「そ、そうなんだ、なんかありがとうございます……あ、緑間君は?てっきり一緒に帰るのかと…」

「真ちゃんは教室に忘れ物したって取りに行ったぜ。この後は帰るだけなんだけど、あ、両角サンももう帰るんだったら一緒に帰ろうぜ!」

「え、いや、私お邪魔になっちゃうよ!」

「んなことねーよ!真ちゃんはアレただのツンデレだし!両角サン確か同じ方向だったろ?」

「そ、そうだけど、」

「まぁ両角サンが嫌じゃなかったらだけどさ」


と、そんなことを言われると断れなくなってしまう。
嫌な訳が無い。








「おー真ちゃん!」

「遅いぞ高尾」

「来なかったら中庭に来てって言ったじゃん」


校門には緑間君が立っていた。あの緑と長身はかなり目立つ。
今日はあのリアカーと自転車をくっつけたやつは無いんだなぁ、と思っていると、緑間君が私に視線を向けた。私がいることに笑いも怒りもせずにただ中指で眼鏡をクイッと上げただけだったけど、多分、嫌だなぁとかそういう事は思ってない気がした。

それから3人で歩道を歩いていく。私は特に喋らなかったけど、高尾君と緑間君の会話を聞いてるだけで楽しかったというか、仲良いんだなぁ、とちょっと微笑ましい感じ。
高尾君と緑間君は友達っていうか親友っていうか相棒っていうか……今は高尾君が一方的にという感じだけど、緑間君も鬱陶しそうにしているくせに満更でも無さそうだし。

そういえば高尾君は私のことを友達って言ってくれたなぁ。
じゃあ私にとっても高尾君は友達だ。

友達、だなんてニヤニヤしてしまう。


そんなことを考えているうちにひとつの十字路で止まった。



「じゃあ真ちゃんまた明日な〜」

「ま、また明日」

「ああ」


ここで緑間君とはお別れらしく、私も小さく手を振った。

高尾君と並んで歩道を歩いていく。
何を話したら良いのかわからなくて、しばらく沈黙が続いた後に高尾君その沈黙を切った。


「最初無理して付き合ってくれてるんじゃないかって心配だったんだよな」

「何の?」

「昼飯さ、一緒に食べるの。でも最近は何となく両角サンも楽しそうにしてて安心してるわけ」


高尾君が暗い空を仰いで行った。


「最初から無理なんかしてないよ。むしろ仲良くしてくれて嬉しい…。確かに最初は何を話したら良いのかわからなかったし、目立ってないかなとか不安だったけど…」

「そうそう、両角サンってさ、周りの人の目気にしすぎじゃん?」

「う、うん……自分でもそう思うけど…」

「昼にわざわざ学習室行って食べてるのも人に気を使わせたくないからっしょ?」

「………」

「クラスの奴らがワイワイしてる時とか、羨ましそうに見てるのに」


……高尾君は、すごい人だと思った。


「高尾君は人のことをよく見てるね」

「見てるっていうか、見えるんだよ」

「……?」


でも彼は、心まで見てくるようで。


「でも、違うかな…。気を使わせたくないんじゃないの。そんな優しくないんだ。私は、気を使わせるのが嫌なんだと思う。
心配される度に申し訳なくなる。私のせいで無駄になった相手の時間が嫌いっていうか。私と言葉を交わして、私を見たほんの数秒が嫌いで、怖い。

その短い時間に、みんな私を嫌いになっていくような気がして怖いの」


嫌われるくらいなら、誰にでも好かれるようになるより1人でいた方がマシだった。




今この「時」すらも怯える
(高尾君に嫌われたくないなぁ)





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