1話


「両角サン」


音楽室で1曲弾き終えた時、いつからそこにいたのか、その人は私の名前を呼んだ。


私が産まれる前から家にはエレクトーンがあって、母親がよく弾いているのを見ていたし、母親は私に弾き方も教えてくれた。
小学校にあがると放課後に音楽室のピアノをたまに弾いていた。似ているようで違う感じが楽しくて、中学生の頃は孤立していたこともあって頻繁に音楽室に向っていた。

そんなことを9年間もやっているとさすがにもう染み付いてしまって、高校1年の今現在も時々ピアノを弾きに来るのである。

私はこの学校に友人はいないし、クラスに仲の良い子もいないから、お昼休みは昼食を食べ終えれば暇なのだ。


そうして1曲弾き終えた後に私は彼に声を掛けられた。



「た、高尾くん…?」



彼は高尾和成といって、私のクラスメイトだ。
ちなみに今の今まで一言も会話はしたことない、はず。



「両角サンってピアノが弾けるんだな!」

「は、はい」

「何かしらの楽器が弾けるってかっこいいよな〜!」

「そう、ですか…?
バスケ部で、一年なのにスタメンなのだって、すごいって思います」



言って、ハッとした。何を言っているんだろう私は。
不審に思われなかっただろうか。だって話したこともない人が、彼がバスケ部で、しかもスタメンであることを知っているんだから。決してストーカーではないんだけど!



「あっ、えっと!その、聞こえちゃって、えと…」

「いや、知っててくれて嬉しいって!選ばれた時はオレもすっげえ嬉しかったし!」



彼の笑顔が眩しくて、それだけでとても満たされたような気持ちになる。

高尾君はとても良い人で、だから少し近づき難いなと思っていた。彼はムードメーカーで、誰とでも仲良くなれるし、きっと彼は私みたいなのにも声を掛けてくれるんだろうなと思った。だから話して、それで嫌われる前に逃げたかった。

逃げたかったんだけど。



「あっもうそろそろ昼休み終わるな…教室戻ろうぜ、両角サン」




始まりは音楽室
(彼の優しさに甘えてしまいそう)





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