9話


「…………」

「…………」

「……………両角」

「は、はっ、はい」



目の前には宮地さんが笑って立っている。だがただ笑っているのではなく、宮地さんの背後には黒い影が見えるような気がするし、ダークオーラが漂っていた。私の体からはダラダラと嫌な汗が吹き出る。
とにかく、怖い。

部活はもう終了していて、ドリブルやらスキール音や掛け声が響く体育館は部活時より静かだった。何人かの居残りがいるけれど、その微妙な静けさが恐怖を大きくする。



「これは何ですか」

「……テスト用紙です」

「ここには何と書いてありますか」

「…………6、です…」

「ということは?」

「………追試です」

「テスト前お前何してたの…?」

「すみませんでした!!!」



私は勢い良く頭を下げた。もちろん90°以上だ。

先日行われた1学期中間テスト。テスト勉強はそれなりにしたつもりだ。たぶん。だけどこの6点というとんでもない点数をとってしまう事は、何となく予想がついていたんだけど……だって全く手応えがなかった。



「うおお両角サン……1桁っすか…」

「…………」

「両角お前マジどうやってここ入学したんだよ」

「他の教科で稼ぎました…」



そう言うと、宮地さんは持っている私の何教科分かのテストをペラペラと見ていく。それを宮地さんの横から覗いている高尾君が「おお…」と声をあげた。宮地さんの逆隣りには大坪さんが立っている。



「なんで日本史こんなできんのに計算だけこんなできないの」

「……先生にも言われました…」



昔から先生にも親にも言われてきたけど、私のテストの点数はとにかくでこぼこなのだ。一番できるものとできないものの差がとにかく激しい。

ちなみに今回の中間テストの結果は、数学6点、化学30点、生物89点、日本史98点だった。
体質のせいか暗記は得意だけど、その代わりなのか何なのか計算が大の苦手。足し算引き算は手を使わないとできないし、暗記なんてやったら100%間違える。



「それで、あの、」

「まぁ…理由はわかったけどな」

「選手だったら洒落にならないやつだよな」



そもそもどうしてこんなことになったかと言うと、今度の試合の日は数学の追試がある日で、=試合に同行できないということだ。
先生に行ったら「え?両角さんレギュラーなの?」「ああ、マネージャーかぁ。じゃあ追試優先じゃない?」と言われた。

追試で試合に行けないということを大坪さんに言ったら、今後そういうことが続くと困るだろ、と大坪さんの隣りにいた宮地さんに言われテスト結果を渡したところ、あの恐怖を味わうことになったわけだけど。



「でもほんと、これが毎回続いて、また追試と試合が重なったら困るだろーが」

「今のマネだけだと人手が足りなくて入ってもらったわけだからな」



確かにそうだ。真面目な話、役に立てないのならただ邪魔になるだけだ。仕事は部活時だけでなく、試合の時だってある。人手不足の時に私みたいな奴が入部させてもらったのに、これじゃ全然ダメだ。



「両角勉強教えてもらえよ」

「…誰にですか?」

「んなの知らねーよ。いるだろ友達とか」

「……高尾君とか緑間君のことですか?」

「オレ勉強教えるのめっちゃ下手くそだぜ?」

「違ぇだろ、お前らは予選中だしスタメンだしそれどころじゃねーだろうが。女友達とかさぁ」

「えっ……」

「え?」

「……………」

「…………悪い」



私の沈黙から察した宮地さんが気まずそうに謝った。そんなふうに言われるとちょっと逆に悲しくなる。
よくよく考えると私には同性の友達なんていないかもしれない。友達は高尾君と緑間君だけで、それだけで私には勿体なくてあまり気にしてなかったけど。



「期末前は俺が教えますよ」

「高尾君…?」

「オレ日本史そんな得意じゃねぇし、教え合ったら一石二鳥的な!」



えっえっと私があたふたしていると、高尾君と目が合って、高尾君はニカッと笑った。



「そ、そんなの悪い……!」

「いいって別に」

「お前それで試合に支障出たら轢くぞ」

「わ、私自分で頑張りますから…!」

「それか友達増やすとか?」

「ぐ……」

「部活のことは大した問題ではないが、6点が続いたら進級が危ういと思うぞ」



最後の大坪さんの一言はトドメだった。
私は頭を抱えた。









それから何日かが経った。

私は数学の教科書と向き合っていた。



「(うううあああ〜)」



今頃高尾君達は試合をしている頃で、私は5時間目の授業中だった。放課後は数学の追試が待っている。


自分の目はどうでも良いことは記憶しないらしい。少しでも興味があればすぐに記憶してしまう厄介な目だ。
すれ違った人を覚えられるのは、私が常に人の目を気にしてるからだと思う。数学に関しては公式だけ覚えて、計算ができないからこうなっている。

計算能力の悲惨さの代わりに記憶力だけすごいことになっちゃったみたいなやつかなぁ。


……人の目を気にして生きる自分に嫌悪感を抱いたことはあった。周りに疎まれても自分に正直に生きる人に憧れたこともあった。

でもそれが許されるのはごく一部の人間だけで、私はその他の多くの人間に埋もれて、中でも特に顔色を伺って怯えてる奴。
そんな私を卒業したくて、高尾君に言われて、一歩踏み出せたらって思ったからマネージャーになる話に乗った。




「(……みんななら大丈夫だよね)」



でも試合、見に行きたかったな。











「両角サン、追試どうなったかな」

「メールしてみりゃいいじゃん」

「両角サン携帯持ってないっすよ」

「まじかよ!」



オレ達は試合会場からの帰途についていた。

そうだ、両角サンは携帯を持っていない。
そもそも、だ。例えば両角サンが携帯を持っていても追試の結果をきくためにメールしていいんだろうか。というかどういう用だったらメールしていいんだ?明日地球が終わるんだぜーとか?



「いやでも地球終わるってなったらメールしてる場合じゃないよな……」

「何ぶつぶつ言ってんだよ」

「メールってどういう用事だったらしていいんすかね」

「そんなの『宿題なんかあったっけ』とかでいいんじゃないか?」

「ほう……」



大坪さんの返しに確かにそういうことだよな、と思う。いやでも真ちゃんとかだったら超どうでもいいメールも送るかも。
すると宮地さんがニヤリと笑った。



「電話してみろよ」

「…いやいや、両角サンちの家電(いえでん)の番号知らないし」

「……オレの携帯に登録してあるのだよ」

「なんで登録してあんの!?」

「もしもの時の為だ。ぬかりないのだよ」

「忘れないうちに高尾も登録しとけよ」

「ちょい真ちゃん見せて」

「家で連絡網を確認すればいいだろう」

「いいじゃん」



真ちゃんは渋った表情をして、それから何だかんだでポケットから携帯を取り出した。薄い緑の携帯だ。名前といい髪色といいこいつはどんだけ緑が好きなんだってつっこみたくなる。



「んで、両角さん、っと。よし。あんがとな真ちゃん」

「…電話しないのか」

「は?なんだよ真ちゃんまで」

「今電話するから番号を聞いたんじゃないのか」

「いやだって携帯からかけたらアレだろ、電話料金かかるだろ」

「かけろよ」



妙に電話かけることを推してくる宮地さんにオレは振り向く。



「そんなに追試の結果が気になるんなら明日でいいでしょ」

「気になるんだ。ほれちょっとかけてみろ」

「え〜」



と言いつつオレは電話帳の『両角さん』を選択する。



「マジでかけますからね」



通話ボタンを押して、携帯を耳に当てた。
しばらく待って、両角さんが電話に出たのは4コール目だった。



『はい両角です』

「高尾と申しますが両角さんは──」

『……高尾君?』

「あっ、両角サン?」



電話の相手は両角サンだった。いやまぁ両角サンちにかけたわけだから両角サンが出るのは当たり前なんだけど、両角サンの親御さんが出る可能性もあったわけだし、電話越しだとちょっと声が変わる。

すると先輩達がこらえたように笑っていることに気付いてオレは訝る。



「なんすか」

「いや…『両角さんいますか』って両角の家の人はみんな両角だろ」

「あ!」

『ふふ』



笑われてオレは顔を顰める。
だっていつも両角サンって呼んでんだから仕方ない。



「そ、それより両角さん!」

『ああ、試合。どうだった?』

「試合はもちろん勝ったって!」

『わぁ!みんなで優勝したいね』

「あったり前だろ!つか誠凛って学校に面白い奴がいてさ───」



そこで宮地さんと目が合って、オレは本来の目的を思い出す。
危ない危ない。普通に試合のことで盛り上がりそうだった。



「追試!どうだった?宮地さんが結果めっちゃ気にしてんだよ」

『あー…』

「えっ何その声」

『えっと……あのね、うん。普通は先生が採点して、後日返すじゃない?』

「おう」

『今回は追試の人数が少なかったからその場で採点してくれたんだけど』

「うん」

『うーんとね……さんじゅう、なな…みたいな』

「おお…」

「何点だって?」

「37っす」

「……まぁ、6点から37点はだいぶ……」

「木村甘ぇよ!だって追試、中間テストと同じ問題だったんだろ!?」

『うっ』



小さい声で『進級はできないのは嫌だ……』という両角さんの言葉が携帯の向こうから聞こえた。





友達の苦悩





「ちょっと!高尾君って?彼氏?」

「いやいやそんなわけないじゃん!友達だよ」

「へぇー?」

「何」

「灯の友達が電話をかけてくるって珍しいね」

「………そうだっけ」






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木村さん影の薄さ!でも木村さん好きだよ!好き!高尾君は顔に出さないし無意識だけどテンパって夢主に電話かけて苗字で呼んじゃって恥ずかしーとか思ってればいいと思うよ。タイトルはお互いのことです。夢主は成績のことで、高尾君は夢主のこととか冷やかされたりとかで苦悩してるといい。もう少女漫画書いてる気分です。
まず秀徳って部員めっちゃいそうなんで周りに秀徳の人めっちゃいると思うし、高尾君達が試合会場を後にしたあと、夢主家遠いのにもう家帰れてるっていうのおかしいなっていろいろ思ったんだけど気にしないことにしました。





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