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こちら筒井梓。皆様に現状報告いたします。

驚いたことに、牧野先輩はてきぱきと仕事をこなしていた。あんなに甘い声を出していた耳障りな声援も今日は聞いていない。これはいい方向に落ち着いた、と捉えていいのかはわからないけど、あたしからしたらひとまず安心した、とだけ。

正直な話、このテニス部に入ってから苦労が絶えない。女子にはこぞってとやかく言われ、知らない男子にも面食いだのミーハーだの言われ、あたしの精神は今なんとか持ちこたえてる状態。
あと少しで不満が爆発しそう。っていうか勝手に人を面食いだミーハーだ設定付けるなよ。そんなタイプじゃないのはあたしが一番わかってる。顔だってあんな整っているのより、もっと普通の黒髪で背が低い人のほうがタイプだっつーの。
まぁそれはいいんだけどさ、何が言いたいかっていうと牧野先輩が昨日みたいに馬鹿をすると私にもとばっちりがくるんですよ。

「筒井さんさー、マネージャーの仕事ちゃんとしてるの?」
「土曜日駅にいたの見たんだけど、部活サボったの?」
「三年のマネージャーの人。早くやめさせてよ」

余計なお世話だっつの。

マネージャーの仕事ならちゃんとしてる。牧野先輩がしてないだけ。一緒にするなよムカつくなぁああ。
部活なんてサボらないよ。あの日は自主練の日で正式な練習の日じゃないだけ。あたしの休日を勝手に決めるな。
最後のはあたしの力じゃどうにもなりませんー。残念でしたー。あたしにそんな権限ないっつの。あんたらの勝手な想像と決め付けと要望なんて、あたしが叶えるとでも思ってんのかよ、本当に。

ああ、話が脱線しましたすみません。
つまり報告として、牧野先輩は仕事をしているのでもしかしたらあたしの苦労は少し解消されるのでは、と。
誠に勝手ながら報告させていただきます。

「牧野先輩、後はこちらでやりますので休んでいてください」
「言うの遅い。気ィ遣いなさいよ」

そう言って立ち上がり、私を通り抜けドアにもたれた先輩。ふぅ、と溜め息。不機嫌らしい。

やはり性格に難あり。
打ち解け合うのにはまだまだ時間がかかりそうだわ、こりゃ。

よっこいしょ、と口に出さずにしゃがみ、さっきまで先輩が空気を入れていたテニスボールに私が代わって空気を入れる。
ああ、確かにこの体勢はつらいわ。早く紗和子来てくれないかな。

(……あれ)

妙に違和感。
なんだろ、でもその違和感がよくわからない。
これはボール…だよね間違いない。でも何かおかしいな。

テニスボールを手に取ってしばらく眺めたけどわからず仕舞いで考えるのをやめて気を取り直して空気を入れた。

二つの籠にはそれぞれ使えないボールと使えるボールが入っていた。
どうやら、ちゃんと仕事をしていたらしい。本当に驚きだ。

「ちょっと」
「え?」

後ろから声がしたので振り返ったら、牧野先輩はドアにもたれながら私を睨んでいた。

「使えるボールはそっちの籠じゃない。逆」
「え…ああ、本当だ」

と、私の間違いを指摘すると牧野先輩はフン、とまたそっぽを向いた。
とりあえず、すみません、と謝ってからありがとうございますと言って作業に取りかかった。

なんて言うか、とにかく気まずい。
ポケットに入った携帯が震えたけど、ここで取り出すわけにはいかず気になりながらも背後にいる先輩を気にかけつつ、私はまた手を動かした。




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