66-1

店員は快く席へ案内してくれた。店内はさっきと変わらずガラガラで、サラリーマン風の男と女子大生が離れて座っていた。

連れがいるので喫煙で、と言って喫煙席に案内してもらい、そこで兄さんを待つ。
携帯を開いてメールをチェックする。やっぱり全部兄さんからだった。日吉くんとここに来た時もメールが届いてたからもしやと思ったけど、結構待たせてたらしい。

カランコロン、とベルが鳴る。新しいお客が来たらしい。
もう来たのかとレジを見ると、やっぱり兄さんがいた。衣替えでもしたのか、いつも着ている黒いコートは着ていない、と思ったら手に持っていた。

私に気づいた兄さんはアイスコーヒーをあそこの席に、と店員に言ってこっちに来た。
顔は笑っていたけど怒ってるのはすぐにわかり、私は心配させないようににこっと笑った。

「俺が何を言いたいか、わかる?」
「会いたかった、とか?」
「それもある」

コートを椅子にかけて座り、頬杖をついて最近見てなかった憎たらしい顔を私に向けた。

「で、なんで遅れたの?」
「言っても騒がないでね」
「…いいよ、言ってごらん」
「痴漢にあって助けられてその人にお礼してたら遅れた」
「は?」

驚きと怒りと戸惑いが入り交じった声を出した。予想通り。

ぐい、と身を乗り出して顔を近づけた。

「今朝?」
「うん」
「どんな奴に。詳しく教えて。俺は知る権利がある」
「二人組の若い男の、一人。助けてくれたのは、一個下の男の子」
「男!?…まぁいいや、痴漢した奴は俺が絞め殺すにして、助けた男って誰。彼氏とか言わないよね?」
「違うよ見ず知らずの他人」

まだ何か聞きたげだったけど、まぁいいや後で調べるから、と言って恨めしそうな顔をした。情報屋ならすぐにわかるだろう、と私もこれ以上は何も言わなかった。

店員がアイスコーヒーを持ってきた。ごゆっくりどうぞ、の声に目の前にいた兄さんはどうも、と笑顔で返す。変わり身が早いとはまさにこのことだろう。

「…で、お礼って何したの?」
「飲み物奢っただけ」
「心亜がだけ、を使う時は絶対それだけ、じゃないんだよね」
「お得意の情報探しで探してみればいいんじゃない?それより頼んだやつやってくれた?」
「やったよやった。結果を言えば、シロだね」

コートのポケットからメモ帳を取りだし、そこに挟んだ紙を広げて私に見せた。

「牧野まなか。彼女は確かに籍もあるし家族もいる」
「…おかしいな。私が調べた時は家族なんて…」
「そこなんだよね。まぁデータは見る通りパソコン入力だから誰かが嘘をでっちあげることもできるけど…。母親がいないんだ」
「殺した?」
「いや、調べたけど彼女を産んですぐに死んだらしい。…まぁ、殺したと言ってもあながち間違ってはいない。でも話を聞く限り、この子はそれを自分のせいだと思って隠そうとするような子じゃないだろう?」
「父親がDVで彼女に洗脳した」
「それも視野に入れたいところだけど、どうかな」

見てごらん、と紙を渡された。
何処でこれを手に入れたのかなんて野暮なことは聞かないようにしよう。

「…前にいた学校は、やっぱり書かれてないんだ」
「もとから学校に通ってなかったんじゃない?ホームスクールってあるだろ?」

ホームスクール。学校に通学せず、家庭で学習を行うこと。日本では馴染みのない言葉だが当たり前だ。法にふれている。
しかし一部海外では合法の地域もある。

「ああそっか…。盲点だった。つまり海外から日本に来たってこと?」
「そういう見方もできる。ただ単に書き落としたのかもしれない」
「…父親は?」
「生きてるよ。一緒に生活してるんじゃない?」
「…うん、そうかもね。で、犯罪歴は?」
「シロ。なかったよ。でももし本当に人を殺してるなら、まごうことなく、彼女は犯罪者だ。警察は何をしてんだか」
「…ふぅん」

渡された紙を読みながらコーヒーを飲む。冷たいだけで、あまり美味しくはなかった。

その紙の奥で、兄さんがじっとこちらを見ているのがわかった。





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