56突然の雨。まだ午前中だったけど練習は中止になった。柳先輩の話じゃこれから本降りになるそうで、体育館もバスケ部が使っていて練習できないらしい。
そして結局、紗和子は来なかった。携帯のほうにも、音沙汰無し。
そして驚いたのが、紗和子からじゃなくて折原先輩から電話が来ていたこと。何を話したかったんだろう。
「牧野先輩、今日は練習終わりです。本降りになる前に帰ったほうがいいです」
「あっそ。じゃ、これやっといてね。ばいばーい」
牧野先輩はそう言ってルンルンと鼻歌を歌いながら倉庫を後にした。
うわ、なんてわかりやすいお方なんだろう。仁王先輩と相合い傘でもするつもりなんだろうか。
「…あたし、さっきまで雨の中外でネット取ってたんだけど…」
先輩からこの濡れた髪とかジャージとか、ましてや両腕にあるネットとか見えなかったのかな。普通手伝うでしょ。
まぁ先輩、さっきまでずっとここにいたんだから、目を瞑るか。そりゃ早く帰りたいわ。
「…重い」
とりあえずネットを棚に置いて、空籠を重ねまた棚へ。
新しく空気を入れたボールを使えるボール籠に入れて、完了。
このマネージャーの仕事にもだいぶ慣れたと思う。でも慣れたことが全く嬉しいない。むしろ嫌気がさす。ああ、末期だあたし、って思う。あははは、やっぱりこの仕事あたしに合ってないみたい。早く辞めたい。
なんて考えながら棚から一歩退いたら、足に衝撃。
「あっ、やば…」
振り返った時にはもう遅く、ボールの入った籠が倒れた。コロコロと辺りに散らばるボール。
あーもう、とイライラしながらしゃがみ込み、ボールを拾う。畜生、なんで紗和子来ないんだよ。ってか一年生もさぁ、誰か一人くらい「手伝いますよ!」って人はいないの、ねぇ。
何も悪くない一年生に八つ当たりながら、散らばったボールをぽいぽいと籠に入れていく。
そういえば、この籠に入ってたボールって牧野先輩がやってたやつだよね。
それにしては何か、違和感。また違和感を感じた。
なんだろう、なんか違うんだよな、先入観?いや違う違う、このボール、牧野先輩。
二つを交差させ頭の中で捻りながら一つにまとめる。
もしかして、と思い立ち上がる。
「筒井」
そしたら後ろから声がして、びっくりして振り向いた。
「切原…」
今日一回も会話をしていない相手だった。まぁそんな毎日会話してるわけでもないんだけど。
「なに?どうかした?ってか脅かさないでよ」
「別に脅かしたかったわけじゃねーよ。お前待ち。まだ終わんねーの?」
「あーもうすぐ。なに?集合かかってんの?」
「これから二年の何人かで飯食いいくことになったんだよ」
なぜそこにあたしが入る。
「…なに、それはあたしが参加すること前提?」
「おう。緊急ミーティングを兼ねてマネージャーのお前も参加。名付けて『これからのテニス部をどうするかの会』!」
「ダッサ」
「んだと!」
ムキになる切原に見られないよう、安堵の溜め息をついた。ほんの少しだけ不安だった自分がいたのだ。
「参加するのはいいけど、あたし今日財布持ってきてない」
「はぁ!?あー…じゃあ奢ってやっから、後でちゃんと返せよ」
「ん」
「ってかお前、なんでボール持ってんの?」
切原が手に持ったボールを指差して言った。
ああ、そうだった。
「切原」
「あ?」
「キャッチしてね」
「あ?何を?」
あたしは下投げでボールを切原に向かって投げると、切原は片手でバシッと無駄なくボールをキャッチ。意味がわからないと言いたげな切原。
「どう?」
「なにが?別に普通のボールだろ?」
「手に持った感触とか、空気の量とか」
「ボールのか?」
すると切原はボールを床に弾ませた。何回かそれを繰り返し、手でボールの感触を確かめる。
「うん、いんじゃね?」
と言ってあたしにボールを投げた。
「ああ、そう。ならいいんだけど」
ボールを籠に入れて、あたしの違和感は何処かへ消えていった。
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