44デュラハンはアイルランドに伝わる首のない妖精。コシュタ・バワーと呼ばれるこちらも首のない馬を連れ、死が近い人間のもとへやってきて、タライいっぱいの血液を浴びす。
それはまさに死神と呼ぶにふさわしいものだろう。
そこまで読んで、俺は本を閉じた。
首なし騎士。もしその池袋の黒バイクがデュラハンだとしたら、奴が何故そこにいるのか。理解できない。
アイルランドからわざわざ観光に来たわけでもないだろう。まぁ、この話は黒バイクがデュラハンだったとしたら、の話なのだが。
「……人間、だよな」
やはり人間だろう。それもだいぶ愉快な人間だ。わざわざあんな真っ黒な姿で池袋を走るのだから。暴走族か何かだとしても歳は若いだろう。こういった伝説、神話に影響を受けたカルト信者か依存者か。
どちらにしろ、ろくでもなさそうだ。
頬杖をつき、またパラパラと本をめくり目立つ挿し絵だけを見た。
羽のある妖精、醜い小人、斧を持った木こり、ドレスを着た女、吸血鬼。そして、さっき読んでいたデュラハン。
騎士の格好をした首なし妖精は、果たして今も実在しているのだろうか。会ってみたいものだ。
「日吉」
「!」
横から名前を呼ぶ声がした。顔を向けると鳳が立っていた。
「…なんだ、お前か」
もしかして名城かと思っていたので、何故か少しほっとした。あいつに二回も付きまとわれるのはこりごりだ。
「探したよー。こんなとこにいたんだね」
「…珍しいな、お前が図書室に来るなんて」
ちょっとねと言って俺の隣に座り、読んでいた本を除き込んだ。
「なに?神話かなにか?」
「そんな感じだ」
読みたいなら自分で読め、と言って本を閉じた。
「…で」
「え?」
「俺に何か用か?」
「え?」
「探してたんだろ、俺を。何か用か」
「あっ、うん、日曜日の部活のことなんだけどさ。女子テニスが練習試合でコートを使うから休みだって」
名城が女子テニスの部長に呼ばれていたと言ったのを思い出した。
「…まさかそれについて集合とかあったか?」
「ううん、ないよ」
「じゃあ何でお前知ってるんだ、そのこと」
「名城さんに会ってさ、ここに来る途中」
成る程。
本を全部積み上げ、立ち上がった。
「?どこ行くの?」
「返してくる。もう昼休みも終わるだろ」
椅子を引いて本を取った場所に向かう。無駄に広いから困る。
「あ、日吉!」
「…」
大きな声をだすな、と顔をしかめると鳳は慌てて口を押さえた。椅子から立ち上がったためガタガタと音が響く。
「なんだよ」
そう言うと鳳は何か言いたげだったが、ごめん、何を言うか忘れちゃったと言って俺に近づいてきた。
「持つよ、一人じゃ大変でしょ?」
苦笑いをした鳳が名城と被って少しムカついたが、奴は俺の返事を聞かずに分厚い本、というか事典を俺の手から奪った。
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