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「なになに?リンチ?いけないなぁ」

折原心亜は薄ら笑いを浮かべてそこにいた。まるで前からこの場にいたかのように場に溶け込んでいた。
もちろん今は昼休み。他の生徒がいても文句のつけようがないが、普通、こんな場面に出てくるだろうか。


牧野さんは依然として事態が呑み込めていないのか、私が来てから瞬き一つしていない。
それもそうだよねぇ。理想と妄想を打ち砕いた人物が、私なんだから。御愁傷様。

ニヤニヤ笑いながら4人に近づく。
でも私はどちらの肩も持たない。牧野さんを庇うことも、3人に加勢するわけでもない。
そんなに他人が大切じゃないし、殴るほど牧野さんが嫌いなわけでもないからね。

「…何か用?」
「やめたほうがいいんじゃない?よく言うじゃん。人を呪わば穴二つ、って」

牧野さんを庇いはしないと言ったけれども、目的のためならそうするしかない。
それが最善の策。

牧野さんをチラリと見たら、肩を揺らし、動揺を隠そうとして俯いた。

「…つまり、こいつを庇うの?」
「あら嫌だ人聞きの悪い。私は君たちを庇ってるんだよ?もし牧野さんがテニス部や教師に言ったら?私が証人になっちゃうし、君たちの好きな仁王雅治にも一生軽蔑されるんじゃ?」

「仁王雅治」という単語を聞いて、3人の肩が一斉に揺れた。
効果抜群。仁王すごいな。
でも仁王がこの3人が牧野さんを殴ったなんて聞いたら逆に喜ばれるんじゃないかな?

まぁ、そんなこと3人は考えていないみたいで、一斉に校舎に走っていった。

バットが地面に落ちて私の足元にきた。
嫌だなぁもう、しまっておけよ。
バットを蹴って、牧野さんの前にしゃがみこみ、笑った。

「あーあ、殴られなかったね」

そう言ったら、睨まれた。




「彼女たちはさ、仁王の元カノ達なんだ」

折原は立ち上がって、あいつらが走っていった方向を見る。

「で、君みたいに仁王に近づく女は彼女たちが認めない限り追っ払ってるんだ。元カノの分際で何してんだって話だけど」

嫌味たらしくそう言った。
元カノ?あいつらが?だから雅治って呼び捨てにしてたワケ?

「牧野さん嫌われちゃったね。すごい怒ってるよ、あの子ら」
「いいっつーの…!あいつらなんかと仲良くなる気はないし…!」
「私とは?」
「!?」

そう言ってまたしゃがみ込んだ。
ニヤニヤ笑う目が、私を捕らえる。

「最初言ったよね、牧野さん、私と友達になりたいって」
「なっ…なに?何考えてるの?」
「あーいいって。無理に猫被らなくて。私には素の自分でいいよ?疲れるでしょ」

図星をつかれて、私は折原を睨んだ。

「だいぶ痛めつけられてるからねぇ。まぁ、転校生の何も知らない状態でテニス部マネージャーに志願した時点でこうなることは皆、知ってたんだけどね。今からでもやめたら?マネージャー」
「関係ないでしょ!?私は好きでやってるの!邪魔しないで!」
「邪魔だなんて人聞きの悪い。私はどちらかというと君を応援してるんだよ」
「は!?」
「だって君面白いんだもん。それに私テニス部嫌いだし、あいつらが落ちこぼれる姿を是非見てみたいんだ」
「…!?」
「だいたい調子乗りすぎだよね。王者とか神の子だとか、馬鹿っぽ」

クスクス笑う折原。
何こいつ、本気で言ってんの…?あのテニス部を?

「顔のいい奴なんてたくさん溢れかえってるし、テニスが上手いやつなんてゴロゴロいるし。そんな彼らが好きな君も、そんな君から好かれてる彼らも可愛そうなもんだよ。そう思わない?」

至極楽しそうに言った。

「だから手伝わせてよ牧野さん。マネージャーにさせてあげる」
「ば、馬鹿言わないで!誰があんたなんかにっ…」
「君一人じゃ無理だっていい加減気づいたら?二次創作みたいにコロッと行くと思ったの?残念だけど今の君は邪魔以外の何者でもないんだよ」
「そんなわけっ…」
「あるよ」

冷たく笑った。さっきからこいつ、笑ってしかいない。

「君にはひどいこといっぱいしちゃったし、お返しがしたいんだ。だからマネージャーにしてあげるよ」
「ッ…」
「そして楽しませてくれたら、それ以外何もいらないから。ど?私を利用してみない?」

まるでサーカスのピエロのように、愉快そうに愉しそうに、そして歪んだ笑みを、私に向けた。

「何考えてんの…?」
「さぁ?何考えてんだろ。わかんないや。ただ、楽しみたいだけだから」
「そんなこと言って私を騙そうとしてるんでしょ!?私に近寄って、テニス部の皆と仲良くしようとしてるんでしょ!?」
「あっはっは。――面白い冗談だね?」
「ッ!?」

背筋が凍った。

折原は笑うのをやめ、真顔で、いや少し嫌悪を出した顔をしている。

「君じゃないんだからそんなことしないよ」

とまた笑って言った。
なんでこいつ、こんなに表情コロコロ変えられるの!?意味わからない。

「ど?悪くない話でしょ?」
「…本当に…?」
「勿論。ああ、でも手伝うだけで君の味方になるわけじゃないから勘違いしないでね」
「……嘘でしょ」
「マジだよ」
「……」
「どうする?」

右手を差し出してきた。これをとったら、私は、こいつに頼ることになる。
でもマネージャーになれる。
何企んでるかわからないけど、こいつは私をマネージャーにさせたいらしい。
確かに、こいつの力を使えば、私はマネージャーになれる。
…なら

なら、利用してやる。

手を取ったら、折原は力を入れて私を立ち上がらせた。
交渉成立だね、なんて言った折原はいつも通りに笑った。

私は何も言わず、折原にわからないように笑った。
こいつの力は膨大だってのはわかった。利用してやる。

そして、私が「女王」の座を奪ってやる。





扱いやすいな、こいつ、と私は思うわけだ。

普通あんな嫌悪むき出しだった人間を信じるなんて、アマちゃんもいいとこだ。
でもま、彼女のことだ。いつか恩を仇で返すことだろう。その前に徹底的に潰すか。
駄目だ、その前に。
徹底的に彼女を調べあげなきゃ。

「牧野さん、そういえば君さ」
「は?なによ」
「うん、君ってさ」


彼女の顔を見て言った。



「人殺したこと、あるでしょ」


そしたら彼女は目を見開いた。

その目は明らかに人殺しの目をしていた。




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