10-2

「…仁王」
「すまんの。すぐ出てぐぜよ」

中からは確かに、幸村の声が聞こえた。重たい雰囲気から伝わった異常な緊迫感。
これはアレか。フラグ立ったか。

「何しに来たのだ。練習はどうした」

どうやら私が立っている所は死角になっているらしく、中からは見えないらしい。
真田の声からすると、私に気づいていない。

「クラスの奴から借りてた物を返せと言われて取りにきたんじゃ」
「む、そうか」

どうやら納得したらしい。
ハチは立っているのが飽きたらしく座ってボリボリとポテチを食べている。

「心亜」
「何?」

名前を呼ばれ返事をして中を見ると、そこには目を見開いてこっちを見つめる牧野まなかがいた。こいつは愉快。
フラグ立ったな。

「あれ?牧野さんじゃん。本当にマネージャーするんだすっごーい」

なんて言うと睨んできた。
負けるわけもないがやられっぱなしは好きじゃない。私も睨み返すと、彼女の顔が一瞬引きつった。それだけ見れれば満足なので、次の瞬間私はにっこり笑う。

「偉いねぇ。他人の為に自分を働かせるなんて。私にはできないね」

「…心亜ちゃん」

「あ、名前呼びとか馴れ馴れしいの嫌いなんだ。名字で読んでくれて構わないよ」

笑いながら言うと彼女はまた睨んできた。元気がいいなぁ。

「…君は?」

すると黙りこんでいた幸村が口を開いた。

「君たちのファンだよ」
「!…」

幸村は目を見開いた。

「なんて嘘だけどね。ただの生徒だよ」

ああ、この人私を知らないのか。知らないなら知らないほうがいいよ。
だけどもう無理だねぇ。
牧野まなかと出会った以上、私と巡り会うのは避けられない。
仁王が近づいてきて携帯を返してもらうと、慣れた手つきでバレないようにカメラモードにして咄嗟に写真を撮った。フラッシュもシャッター音もしない。それを見ていた仁王は驚いたげだったが何ら問題ない。

「じゃあね。牧野さんと仁王とそこの2人。あ、柳にあったらごめんって伝えておいてね。それじゃあさよなら。牧野さん頑張って。これからイロイロ起こるだろうけどね」

口元を歪ませてそう言うと、最後の最後まで睨まれた。
少しは穏便にまとめろよな全く。

「よく言うぜ」
「!」

外に出ると、ハチが笑いながらそう言った。




「…奴が折原か。わからん奴だ」

真田が言った。

「牧野がいるのに暴れなかっただけで良しじゃ」

牧野さんがいるというのにそう言った仁王。一方の牧野さんはドアの方向を睨んでいる。
額から汗がつたった。暑いからじゃない。彼女に恐怖したのだ。
コロコロ変わる表情と、コロコロ変わる心理。嘘で塗りかためられた言葉。
何でもわかっていそうな瞳。あんな人間は見たことない。

「……あいつが折原心亜。またの名を、女王じゃき」

ああ、やっぱり。一目見てそうだと思ったがやっぱりか。
彼女は最後、イロイロ起こるだろう、と言った。それは、多分、俺たちへの忠告だ。彼女は、女王は、折原心亜は、何かを起こす気だ。
暇潰しは、牧野まなかではなく、俺たちテニス部のことだったんだ。






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