08折原心亜は指差した方向をギロリと睨んだ。
3人はヒッ、と小さな悲鳴をもらして肩をすくめた。
「……」
なおも折原は、掴んだ頭を離さなかった。
「本当なの……!嘘をついたことは悪かったと思う!ごめんなさいっ…!」
女は泣き出した。顔を手で隠し、支える足は震えている。
折原は3人から目をそらし、泣いている女を見た。
虫酸が走るとでも言いたげな泣かせた張本人。こいつは鬼か。
「…ねぇ、この子が言ってることって本当?」
クラス中を見渡す。だが誰も口を開かない。
「…本当だと思う人は手ェあげてよ」
折原がそういうと、近くに座っていた男子が真っ先に、臆することなく手をあげた。
「マジだよ折原。松野はやってない」
と、手をあげた男子は言った。
「ちょっ、来栖!何ばらしてんのよ!」
「!アミ!!」
3人がボロをだした瞬間だった。
だが折原は不適な笑みを浮かべたまま。
まだ女、松野の頭を離していない。
「少数意見を尊重しろとは言うけどさ、たった2人の意見を尊重しろとか無理な話だよね」
クックックと笑った。
いや、折原は、絶対わかっている。誰が正しくて誰が犯人なのかも。
わかってる上で、あいつは楽しんでいる。何がしたいんじゃ、折原心亜。
「お、折原!マジだって!松野はんなことやってねぇ!」
隣にいるブン太が叫んだ。その言葉にハッとしたのか、クラスの奴らも口を開く。
「そ、そうだよ折原さん!」
「松野さんはそんなことしてないよ!」
「あの3人がやったのっ!」
口々に皆そう言った。あの3人は怒りと焦りが顔に出ている。折原はというと、構えたハサミをおろし、松野を解放した。
松野は文字通り泣き崩れ、床に力なく座りこんだ。
頭を掴まれていたので、髪は所々乱れている。
ああ、よかった―――と、クラス中が安堵した。
犯人の3人は逃げ場はない。
ここにいる自分たち以外を敵にした3人に、さらなる追い討ちをかけるべく、折原は3人に近づいた。
「いやぁご苦労様。いや御愁傷様?まぁいいや。どうせ君たちは少数意見派でしょ?反論あったら聞くけど」
なおも折原は嫌な素振りを見せる。もう、わかってるんだろ。だがそれを言う、いや言える奴は1人もいない。
あの来栖も、折原の様子をじっと見つめていた。
ブン太をみると、不安げに4人を見つめている。
かくゆう俺も、こんな状況にいることに感謝してるくらいだった。
「…ッ!」
折原と3人の距離はそんなに近くない。手を伸ばしても届かないくらいの距離だ。
ジリジリと追いつめられた獲物は、その場から少しずつ離れていった。
「あ、あたしらがんな事するわけねーじゃん!」
「証人は全部で11人いるんだけど?」
「……ッ!」
折原の顔は俺の位置からは見えない。だが怯える3人の顔は見えた。
顔面蒼白とはこのことを言うのだろう。
教室の空気はなんら変わらない。昼の放送で優雅なクラシックが流れたがここにいる俺たち全員、リラックスできる状態じゃなかった。
どう出る、折原。
全員が全員、4人を見ていた。
「ま、確かにさ。私も他人の意見を聞いただけで全てが真実ではないと思うんだよ」
折原が言った。
どことなく、3人の顔が緩んだ気がした。
「だから私は追及する」
その声はクラス中に響いた。
流石の俺も鳥肌がたった。あの声は本当に折原か?
そんな疑問がよぎる程、さっきの低い声に皆恐怖を感じた。
折原はというと、ポケットから何かを取りだし、慣れた手つきでその機械らしきものをいじくりだした。
何じゃ、あれは。
「上手く録れてるかなーっと。あ、ちょっと。静かにしててねぇ」
折原がそう言うと、校内放送の音量が数段小さくなった。俺が、ダイヤルを回したからだ。
「おっ、ありがとう」
それに気付き、折原が俺をみて言った。いやぁ、なんのなんの。
俺だって聞きたいしの。
折原がカチッ、とその機械のスイッチらしきものを入れると、何やら騒がしい音が聞こえた。
人の声とチャイムらしき音が混じったその音。チャイムらしき音が終わると、椅子をひく音がした。
それから数秒後、足音が聞こえる。誰かが近づいてきたのか?足音が止まった。するとビリビリ、と何かを破く音がした。
「ッ…!?」
3人の息が詰まった。オイオイ、まさか。
『っつーかマジムカつくんだけど』
「…!?」
聞こえたのは女の声。
しかも、聞き覚えのある声だ。
『すましてるし何様?って感じだよねー』
ビリビリ、と途中途中に聞こえる紙を破る音。
『まじムカつくんだけど』
ビリビリ
3人は明らかに動揺していた。その反応と、この音声。
間違いない。
『机の中はどうする?』
『いいよ別に』
『だね。ねーみんなー!このことチクったら殺すから』
犯人はこいつら。そしてあれは盗聴器。
録音が終わったのか、折原は盗聴器をポケットにしまった。
「松野さん…だっけ?ごめんね、あんな酷いことして。許して?」
その言葉に皆ハッとした。
「さてと…。君たちも馬鹿だよねぇ。机の中もみておけばよかったのに」
馬鹿にしたように言った。
「…決着つけようか?」
ハサミを3人に見せた。
すると、黒板の一番近くにいた女が、走り出した。
向かう先は教室の前のドア。
だが折原はれを許さなかった。
素早く振り向き、ハサミを投げつけた。
カッ、とハサミは黒板に突き刺さり、その数歩後にいた女は立ち止まるしかなかった。
「逃げてんじゃねぇよ」
「……!!」
「さぁて、お話しようか。出島アミさん、横田さん三津さん?」
そう言って、折原心亜はハサミを黒板から引き抜き、3人を連れて教室を出ていった。
通りすぎる時、俺は折原を見た。その時見た、あの不適な笑みを俺は忘れられずにいる。
そしてそれを見て、俺はあいつと同種ではないとわかった。
折原心亜は、俺より数段歪んでいる。
昼休みが終わる3分くらい前に、折原は速水と教室にやってきた。
皆驚愕していた。速水と一緒、という所に。
速水は笑顔で折原に問いかけ、折原はそれを返す。異様な光景だったのはそれだけではない。一緒に教室を出た3人がいなかった。
どうせ来るだろうと思ったが、昼休みが終わるチャイムが鳴っても3人は現れなかった。
それよりもっと俺が驚いたことがある。折原心亜が通った後に、髪の毛が何本か落ちていた。
それはあの3人の1人、出島アミの金ががった茶髪によく似ていた。
そして3人は何も言わず、誰にも見られず、この学校から消えた。
物語風に言うなら…そう。
こうして彼女は女王になりましたとさ。
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