05

俺と心亜が初めて話したあの日を、思い返そうと思う。



折原心亜は牧野まなかと同じく転校生だった。
牧野とは違い、俺らが3年に進級してすぐに転入してきた。転校生がくることは2年の最後にわかっていたので、学年全員期待していた。男か女か。美人か美男か。
その期待を裏切ったのが、心亜だった。

教室に入って自己紹介をする前に、あいつはクラスを見渡した。
目があったが、今みたいにニヤニヤ笑わなかった。

今思えば、多分営業スマイルだったんだろう。にっこり、屈託のない清々しい笑顔を向けた。

「折原心亜です」

名前だけ言った。珍しい名前だな、と皆思ったことだろう。俺も思った。
でもあいつは名前を言っただけで、他に何かを言おうとはしなかった。
こういう場合は相場が決まってて、前いた学校の名前だとか、部活は何をしていただとか、趣味特技友達100人作りたいとか、そういう小話をするものだと思っていたが、違ったらしい。
クラスの奴も、担任もざわついたが折原はもう何も言わなかった。

今思えば、よろしくお願いしますとも言わずに。


そんな心亜に、俺は興味を持った。なぜかわからないが、本能的に、あいつは俺と同種だと思った。

自慢するわけではないが、女は俺をみると自分から近寄ってきたり、顔を赤らめたりする。
別に優越感を感じているわけではないが、それが普通だと思ってた。

でも奴は普通じゃなかった。

近づかないし、俺を見つめることもない。俺のほうが、あいつを見ていた。
転校初日だというのに、あいつは肝が据わっているというか、生意気とは違う冷静さが見えた。

転校慣れしているのかは知らないが、妙な奴だと思った。
これは案外、面白いかも。
そう思った俺は、奴の本性を見ようと近づいた。
これが最悪のファーストコンタクトだった。

「なぁ、お前さん」
「……なに?」

俺が話しかけると、目だけ笑って言った。ニヤニヤと。
俺が話しかけると手を止め、少し鬱陶しそうに、俺を見上げる。

その時も心亜は携帯をいじっていた。

顔は赤くない。

「どうかした?何か用?」

見とれていた俺は心亜の声にハッとした。

「…お前さん、どこから来たんじゃ?」

平然を装いながら、警戒心をなくそうとおだけた様子で聞いてみた。

「えっ、あたしもききたいっ」
「折原さん、教えてよ!」

俺が話したことをいいことに、話しかけられなかった女子が数人集まってきた。
女子は期待の目で折原を見つめる。

「……」

心亜は一旦携帯画面に目をやり、何かカチカチボタンを押してから折り、携帯電話をスカートにしまってから言った。


「――は?何期待してんの?」

ぴしゃり、と。言うなれば槍。槍のように鋭い返事だった。
心亜はせせら笑いながら俺らの顔を見渡す。

「出身地?私の?聞いてどうするの。君ら女子も何?期待したような目なんてしちゃって」

怒りというか、なんというか。恐怖にも似た感情が、その場に巻き起こった。


「馬鹿みたい」


にっこり笑って言った。

呆気ないほどのマシンガントーク。トークと言うより、一方的な誹謗。
黙って聞いていた女子数人は、だんだんと正気を取り戻す。

「な、何お前!」
「馬鹿はどっちよ!仲良くしてやろうと思ったのに!」

その言葉に心亜が反応するが、奴は鼻で笑う。さっきから馬鹿にしかしていない。

「してやろうと?私は頼んだ覚えない」
「うっ、うるさい!」
「仁王も何か言いなさいよ!」
「…」


不甲斐ない話だが、俺は言葉なんて出せなかった。
何も、言えなかった。

睨まれたわけでもない。

ただ、人を馬鹿にしたような笑いと、何もかも呑み込んでしまいそうな目をみて俺は引き込まれた。

「ん?まだ何か?」
「いや。悪かったな」
「ちょ、仁王!何してっ…」
「ええじゃろ別に」

ざわざわと教室内が険悪なムードになった。
心亜は腕組みしながら机に寄りかかった。だいぶ余裕があるらしい。

そんな空気の中、ガラッ、と勢いよく教室の扉が開いたものだから、皆一斉にそっちを向いた。

「…?何してんのみんな」

速水マツリだった。このクラスのムードメーカー兼この学校の生徒会長。
空気を読むより空気を食べるくらいの勢いのこの女は、空気を読むことなんてせず、ずかずかとこっちにやって来た。
そしていつも通り、いやいつもと若干テンションがあがっているように見えた。

「やあやあ転校生。はい、これ入部届け。書き終えたら私にちょうだいな」
「わざわざありがとう」

心亜は入部届けを快く受け取った。
それを見ていた周りの女子が速水に近寄った。

「いいよ会長っ!こんなやつに仲良くしなくても!」
「常識はずれだよ、こいつ!」

ぐい、と速水の腕を引っ張り心亜から離れさせる。
詰め寄られ速水は慌てていた。
必然的に俺と心亜が向かいあわせになった。
そこでやっとこのはりつめた空気に気付いたのか、女子数人を宥めてから俺に声をかけた。

「?なになに、どゆこと?仁王、説明プリーズ」
「何もなか。すまんかったな折原さん」
「いや?気にしないでいいよ。そこの女子も」

そしてまた席につき、カチカチと携帯をいじる。
その態度で、ここにいる俺と速水以外を、折原心亜は敵に回したことになった。

いや、違う。

この時既に折原心亜は、速水以外を敵と見なしていたのかもしれない。






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