65ここ池袋を縄張りとする人たちには、この光景は見慣れたもので、目を見張る程度ではないのか。
すでにあの化け物を、日常の一つとして処理しているとでもいうのか。
こんな、こんな非日常が、日常だと?
黒いライダースーツ、黒いバイク、黄色いヘルメット。
まさしくそれは首なしライダーだった。
それが、今。
俺の目の前に、白バイと共に現れ、走り去っていった。
一瞬だった。ほんの一瞬だったのだ。だがバイクが俺の目の前に来た瞬間、時間が止まったような感覚が俺を襲った。
ヘルメットの中は、暗くてよく見えなかった。
どちらも制限速度を遥かにこえているだろうスピードで、当たり前のように走っていく。
ハッとして振り返った。だが二つの背中はすでに遠く、馬の捻り声とサイレンの音が反響するだけだった。
そういえば見たことある。首なしライダーをしょっぴくために、白バイが日々見回りをしている、って記事。
俺は運よく、その光景を見ることができたと言うわけか。
でも、あいつ、本当にデュラハンなのか?
首から上がないなら目も見えないし耳も聞こえないはずなのに、一体どうやってバイクを走らせてるんだ。
「折原さん、あ……れ?」
隣にいる折原さんに視線を戻そうとしたが、そこに折原さんの姿はなかった。
前後左右見渡し、視界がおいつくところまで目を細め、それらしき人影を探すものの、通行人はさっき走っていった二台のバイクの行く末を案じているらしく、皆歩幅が止まっていた。
まさか上ってことはないよな、と視線を上げたが、いつもと変わらない空があるだけだった。歩道橋にも人はいたが、それらしき人影は見当たらない。
折原さんが被せた帽子がするりと俺の頭から落ちた。
「…神隠し…じゃ、ないよな?」
口に出さないつもりだったが、俺の疑問は素直に言葉になっていた。
落ちた帽子を拾う。迷ったが、あの二台のバイクが行った道を走って追ってみることにした。
間一髪。
歩道橋で煙草を吸う見慣れたバーテンダーに見つかる前にその場を離れた。あの人の、私のことが嫌いなくせに私を見つけるのが得意なところが嫌いだ。捕まったら説教確実だろう。ああやだやだ。
日吉くんはこのあとどうするだろうか。ちゃんと帰れることを願おう。
携帯を確認すると待ち合わせ時刻はとうに過ぎていた。彼氏気取りのシスコン兄貴からメールが5件の電話が14。と言ってるうちにまた電話がかかってきた。
うーん、なんて言い訳しようかな。
「…もしもし」
『あっ、繋がった…じゃないよ、何分待たせてるんだい本当。今どこ?まだ家なんてことはないよね?』
わあすっごい焦ってる。
いい年した男が待ち合わせのマックで電話しているのを想像して少し笑った。
「なに?まさか注文せずに一人でマックにいるの?」
『忘れたとは言わせないよ?心亜が決めたんだろう』
「今からそこ行くから…あ、ちょっと待って」
兄さんの待つマックに行くには道を戻りあの歩道橋を渡る他ない。今静雄さんはいるだろうか。静雄さんが何処に行くかは知らないけど今は会いたくない。
「集合場所変更」
『…横暴すぎない?』
「なんか奢る。『ミラノ』に来て」
『…ああ、あの喫茶店か…。成る程、君は今待ち合わせの俺をほっといて一人道草食ってるわけだ』
「それも含めて説明するから早く来て。会いたい」
一呼吸置いて、すぐ行く、と聞こえて通話終了。扱いやすい兄貴である。
さっきまでいた店に行くのはなかなか恥ずかしいものがあったけど、こういう場合は仕方ない。全て静雄さんのせいだ。
私はまた道を戻った。
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