02

「ケバいに一票」
「ぶりっ子に一票」

騒がしいはずの教室なのに、速水と折原の声は俺の耳に入ってきた。まーた何じゃ。くだらないこと言っとるの。ため息をつくと、机につっぷした。
するとあの二人が、

「朝のあたし達の会話聞いてたのか、どことなく疲れてる」
「そうかな?私はこれからくる転校生と薔薇色の生活を育むために脳内トレーニングしてるふうに見えるけど」

なーんて言った。それ完璧俺のこと言うとるじゃろ。というか折原。何じゃそれんなわけあるか。

「嘘でしょ」
「嘘だよ」

だろうな。少し安心した俺はなんなんだ。ヤツの言う言葉は、大概嘘で塗り固められている。それを知っていてもなお、あいつの言葉を聞くと判断がつかなくなる。
それが面白いから、俺は結構気に入ってたりしている。
ドアが開く音がして前を見ると、大分ケバい女。ケバいというか、ギャルみたいな女。

「てっ、転校生の、牧野まなかですっ、えと、仲良くしてくださぁい」

声音からして、ミーハー女決定じゃな。1ヶ月苦労するのう。これならまだ、女王のほうがましじゃ。
後ろを見たら、速水は激しい笑いをこらえていた。
折原はというと、これからいたずらをしかける子供のように笑っていた。
俺は自然とため息をつく。心底、俺はあいつみたいになれないと思った。



私は綺麗。私は美人。私は可愛い。そう、私が主役。
もといた世界とは違う、今のこの世界で私は愛される。立海大付属中等学校。私の好きな人が、いる学校。
私をトリップさせてくれてありがとう、本当に嬉しいわ。この世界じゃ私は最強。
逆らえない。私は、そのためにいろいろ捨てたんだから。

少女は密かに歪んだ笑みを浮かべた。人間の欲が写し出されたような笑みだ。
なおも少女は続ける。

仁王に幸村に跡部に忍足。本当は氷帝がよかったけどマネージャーになるんだから関係ないよね。幸村に言えばいちころよね。退院した設定にさせておいてよかった。
そして転校生の私に興味を持つの!!
マネージャー??やってあげるわ。イジメ??皆が守ってくれるでしょ??ああ、楽しみ!!!楽しみで仕方がない!!!
教室に入ると、仁王がいた。きゃあああ!!!本物だ!どうしよう!!隣の席があいてるってことは、やだ、私、隣!?でも仁王はこっちを見ない。寝てるのかな?照れてるのよね。
ブン太は…っとぉ、いたいた。顔赤くしちゃって可愛い。でもごめんね、本命は仁王なの。
仁王を見つめながら、用意していた言葉を言った。

「てっ、転校生の、牧野まなかですっ、えと、仲良くしてくださぁい」

うん、これでいいかな?あっ、仁王顔あげた!
目があったのは一瞬だけど、嬉しいなぁ。私の王子様なんだから、よろしくね??
でも仁王はもうこっちを見ていない。
…?あれ、仁王どこ見てるの?後ろ?後ろの女…?

一番後ろの席に、オレンジ色のパーカーを着た女子がいた。仁王は確実に、あの女を見てる。
そしたらその女と目があった。口角が上がり、ヘラリと笑う。
なに、あいつ。なにニヤニヤしてんのよ。何で仁王は、あいつを見てるの?しかも前のヤツは笑いをこらえている。何様?何様のつもり?
気にくわない。落としてやる。この世界は思いどおりに動くんだから。



仁王の隣の席につくと、転校生はお世辞にも可愛いとは言えない笑顔を仁王に向けていた。

「よろしくね」
「…ああ」

シュールだな。やばい、あの子面白い。
担任の話が終わり教室を出ていくと、笑いをこらえていたハチがすぐさま私の机につっぷし、ガンガンガンガン机を叩きながら笑った。

「アッハッハハハ!ッハッハハハハハ!!ちょ、ま、は、はら、いたっ」
「よく我慢してたなぁ」

正直私も顔のニヤニヤがとれない。ハチは涙を拭った。

「いやぁー…パンチきいてたね。お前にはかなわないけど」
「どうかな」

ひーひーと呼吸を整えると、チラリと転校生のほうを向いたハチ。
また笑いだした。

「…プフッ…睨んでやんの」

そう言って私の机につっぷした。頬杖をついて転校生を見たら、おやまぁばっちり睨んでいる。
お返しに兄さん譲りの人を馬鹿にしたような笑顔を見せたら、ガタッ、と席を立ってこちらにやってきた。なんだなんだ。注目されてるよ。

私の机の横にきても、笑いやまないハチを見てイラついたのか、バン、と私の席を叩いた。
おやおや。痛くないのかい?

ハチも笑うのをやめたのか、動かなくなった。

転校生を見上げる私。
近くでみると目とか日本人離れしてるな。うっすら青い。

「……なぁに?」
「私をみて、笑ってたでしょ」
「笑ってないよ。自意識過剰かな?」
「違う。笑ってたでしょ」

どうやら怒っているらしい。顔が真っ赤だ。こういうのをよく『自己の正当化』という。他人の意見に耳をかさず、自分の意見をこじつけてさも自分が正しいと錯覚させる一種の自己暗示だ。
まぁ余談はこれくらいにして。
とりあえず何が言いたいかっていうと彼女は相当馬鹿らしい。

「謝ってよ」
「何もしていないのに君に謝るのほど、私はお人好しじゃないんだよ」
「いいから!私は嫌な思いをしたの!!不快な思い!謝って!」

またバン、と机を叩いた。
成る程、君はそういう人か。外野はただ息を潜めて見守っている。
助けてやれよ誰か。

だが誰もやってこない。ああ、なるほど、サシでやるのか。ニヤニヤ笑いをやめて椅子から立ち上がった。

「な、によ」

転校生は後方にさがった。それをいいことに私はずん、と顔を近づける。

「君を不快にしたなら謝ろう、ごめんね。許して?でも今度は君の態度のせいで私が不快になってしまった。謝って」
「は…あ?」
「次は君が謝る番だ」

そう言ってにっこり笑うと、転校生はたじろいだ。

「逃げるなよ。私は謝った。次は君の番」
「な、なに言ってんのよ馬鹿じゃないの?」
「どうやら君は人を不快な思いにさせるプロみたいだね。こんなに言ってもわからないならもう喧嘩しかないかな?」

隣の席の男子が机を大分ずらした。うん、いい判断だ。

「穏便にすませたいんだ。早く謝れ君」
「な、なんで私がっ」
「はい、終了。よぉし、喧嘩だ」

ペンケースからボールペンを取り出した。くるくるペン回しをしながら転校生の顔色を伺った。

「日常生活のちょっとしたものでも使い方を誤ると簡単に人を傷つけるんだってさ。このボールペンは刺さったら痛いよね、眼球とかさぁ」

転校生の顔が固まった。ニヤリと笑って構えると、左腕を誰かにつかまれた。
すると転校生も、なぜだか丸井が後方に引っ張った。

「生徒会長として暴力を見逃すことはできないなぁ。心亜、もう授業だ」
「……ハチ」
「転校生、お前も、早く席つけ」

丸井の言葉にハッとしたのか、転校生はわざとかしらないが床に静かにたおれこんだ。
オイッ、しっかりしろよぃ!と丸井が転校生を支えた。私はボールペンをしまって、席についた。
睨まれた気がしたがどうでもいい。

「牧野さん、だっけ」

ハチが言った。

「君もさぁ、もうちょっと空気読もうか。心亜が悪いとしてもさ、早いとこ謝っちまえばよかったんだよ。言っとくけど心亜に楯突くなら、これくらいの覚悟はしといてね。次は、こうはいかないよ」

最後の声はパネェっすなハチさん。

「あ、私速水マツリ。生徒会長だよ。なにかあったら相談しなさい。こっちは、折原心亜」
「…よろしく」

また睨まれた。でもごめん、威力ないよ。

「悪かったな折原。仲良くしてくれ」

丸井が代わりに謝ると、転校生はふらふら歩きながら席についた。チャイムが鳴って、クラスの皆も忙しく席に戻っていった。隣の席の男子は机をもとの位置に戻し、私に目で訴えた。

『あまり俺に迷惑かけるな』

そんな顔をした彼に、私はフッと笑うだけだった。



いきなり席をたってどこいくのかと思ったら、折原に向かっていきやがった。なんじゃあいつ、勇者か。クラスの奴ら、回りにいた奴らは皆固まった。
机を叩いた瞬間、傍観者全員が肩を揺らした。今まで、折原の机にあんなことしたのはいない。…いや、いたのだけどあれよりひどかった。折原は不適な笑みを浮かべながら転校生を見上げ、斜に構えていた。
速水は折原の机に突っ伏し、その場は異様な空間だった。
謝って?図々しい転校生じゃの。どうする折原。するとあいつは真顔になり、椅子から立ち上がった。

「君を不快にしたなら謝ろう、ごめんね。許して?でも今度は君の態度のせいで私が不快になってしまった。謝って」

一気に言うと、牧野は動揺していた。折原はニコニコしながら出方を見ているが、左手にはペンケースを握っていた。

――不味くないか。

初めてこのクラスになった初日のことを思い返して、戦慄した。
奴は、折原は、潰す気でいる。止めようにも、今このクラスは折原の空気に乗っ取られている。
ああ、いかん。ぞくぞくしてきた。



正直牧野は可愛いと思う。でも、転入早々折原につっかかるのはどうかと思った。
何も知らないとはいえ何か感じ取ったはず。空気を読め。

「悪かったな折原。仲良くしてくれ」

咄嗟にそう言うと、折原はいつも通りに笑った。多分それは、牧野に送られた笑顔だろう。
立てよ、というと俺の腕を掴んできた。起こせってか。図々しいな。ぐいっと力をいれて立たせると、小さい声でありがとうと言った。笑いかけてきた。可愛いとは思った。
でも、そんなんじゃ償えないほどの過ちを犯したんだぜ、お前は。
席に戻ろうと折原に背中を向けた。
一回チラリと振り返ったけど、折原はごくごく普通に席について授業の用意をしていた。

折原心亜は敵に回してはいけない。それを知っている俺は折原心亜に味方している。
転校生はギリギリと歯を食いしばった。つまり、こいつの味方になるやつなんていないってことだ。





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