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「じゃあ行こうか」

え、と声が漏れた。
折原さんは携帯を俺に返すと、レシートを持って立ち上がった。

「行くって…何処へですか」
「案内してあげるってこと。首無しライダー見たいんでしょ?」
「えっ…そんな簡単に見れるんですか?」

折原さんはニヤリと怪しげに笑い、疑う俺を無視してレジへ向かった。
慌てて俺も後を追う。

なんだよこれ。展開が急すぎないか。

「ちょっと、折原さん…。どういうことですか」
「だから、案内してあげるよ。闇雲に歩いて出会うような奴じゃないって言ってんの」

まったくわからないやつだなぁ、と馬鹿にされたが、アンタにだけは言われたくない。
今日初めて会った人間だぞ俺は。なんでそこまで面倒を見たがるんだこの人。
奢ってあげるという名目でノコノコついてきた俺も阿呆かもしれないが。

なんだか怪しい。
裏がありそうだ。

路地に入ったらクロロホルムで眠らされて気がついたら…って、俺は本当に阿呆か。
本の読みすぎでおかしくなりそうだ。

支払い終わった折原さんは、俺をみてまたニヤリと笑う。

「じゃ、行こっか」
「……」

怪しいとはわかっているものの、その先にある楽しみに根負けして、俺は折原さんに案内されることにした。




店を出て数秒後、折原さんはおもむろに口を開く。

「ねぇ日吉くん」
「はい?」
「テニス、楽しい?」
「え」

予想外の質問に、俺の思考が急停止した。

「テニスは…楽しいですよ」
「……ふぅん」

そう、と一人自己完結したのか、折原さんは遠くを見た、ように見える。

「じゃあ、部活は楽しい?」
「!」

驚いて折原さんを見ると、本人は俺のことなんて見ておらず、歩く方向を凝視していた。

俺は頭を捻らせる。

テニスと部活。
その二つは俺の中ではイコールではない。なんだか腑に落ちないというか、言葉にしがたい気持ち悪さがある
でも、確かにその通りだ。
テニスは楽しいが、部活が必ずしも楽しいとは限らない。嫌なやつだっているし、負ければ悔しい。

でも、それを引いてでも

「楽しいんじゃ、ないんですか?」
「あはっ。なんで疑問系なんだよ。じゃあ、部活が嫌になってテニスも嫌いになるような状況下って、例えばどんな?」
「……」

なんでそんな楽しそうに聞いてくるんだこの人。現役テニス部になんてむごいこと聞いてくるんだ。

チラリと隣を盗み見みると、やっぱり折原さんはこっちを見ていない。

あー、なんて答えようか。

「…部の雰囲気とか、上下関係とかが絡んでくるんじゃないですか?」
「いまいち具体的じゃないんだよなぁ」

何がお望みなんだよこの人は。

「じゃあさ」

ため息をつくのと同時に、折原さんは足をとめた。
何事かと思っていたら、信号が赤になっていた。

「もし、日吉くんの嫌いな女の子がテニス部のマネージャーになったら、日吉くんは部活嫌いになる?」
「え」
「どう?」

そこでやっと折原さんは俺を見た。
メガネレンズの奥の目は、なんだか怒っているような、楽しんでいるような、そんな目だった。
不意に俺は目を逸らす。

「…どうって、別に…。そんな下らないことで部活は嫌になりませんよ」
「本当にそう言える?大っ嫌いなんだよ、その子のこと。視界にいれたくないくらい嫌いなの」
「…あんたなんか嫌な思い出でもあるんですか」
「でもね、その子すごい可愛いの」

俺の言葉を無視して折原さんは続ける。

「可愛いから、日吉くん以外みんなその子が大好きなの。でも日吉くんはその子が嫌い。数の暴力かもしれないけど、一人がどんなに反抗しても他全員が賛同してればそれは一人が悪いことになっちゃうんだ。つまり、味方がいない。一人対それ以外。そんな部活が、日吉くん。楽しいと思う?」

折原さんはそう言うと、固まった俺を馬鹿にしたように見透かしたよう嘲笑った。

「……そんな部活、こっちから願い下げですよ」
「楽しくないんだね、わかったよ」
「違います、女一人ごときで俺は騒がないと言ってるんです」
「残念ながら、女ってのは日吉くんが思ってるより怖いし、一人ってのは思ってるより悲しいよ」
「…まさか、立海がそうなってるわけじゃないですよね」
「わけないじゃない。なんたってあいつら、「王者」だなんて言われてるんだから」

その皮肉が合図だったのか、信号機は青へと変わった。

折原さんは歩き出す。俺も歩き出す。

「まぁ、部活が楽しいか楽しくないかなんて本当はどうでもいいんだけど」
「どうでもいいんですか」
「つまりさ、私が言いたいのは」
「!」

信号を渡り終えると、折原さんは足を止めた。
すると来た道を振り返り、帽子と眼鏡をとった。


「日常ってのは、些細なことで反転しちゃうってこと」
「何を言って――…」


るんですか、と言おうと振り向いたら、折原さんに帽子を被らされた。


「良かったね、君ツイてるよ」


眼鏡を外した折原さんが笑う。

すると何処からか、動物の――馬の唸り声のようなものがきこえてきた。





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