61「アップルティー一つ。君は?」
「…じゃあ、アイスコーヒーで」
かしこまりましたと店員が言いこの場から去ると、目の前にいる奈倉さんは頬杖をついて俺を見た。
奈倉さんに連れられやって来たのは池袋駅近くの喫茶店。
その店内の一角で、俺達は向き合うように座っている。
「……」
「何が聞きたい?なんでも言って」
本当に一つ上なのかと疑うほど奈倉さんの対応というか、口調が大人っぽくて、本当になんでも知ってそうだった。
ただその分、怪しい。
だからきっと初対面の俺に、こういうことをしたんだと思う。
「…失礼を承知で聞きます」
「うん」
「あなたの本当の名前を教えてください」
それを聞くと奈倉さんは目を細め口角を上げ、笑った。
来るか、来ないか。
俺の推理力が正しければ、この人は奈倉嵐なんかじゃない。
俺はさっきまでの出来事を思い返した。
それはきっと、この人も同じじゃないのか。
「いつから気づいてた?」
やっぱり。奈倉嵐は偽名か。
俺は咳払いをして、推理を説いた。
「…奈倉嵐って聞いて、まずそこで疑問に思いました」
「うん」
「一番最初駅であなたと肩がぶつかった時、定期を落としましたよね。その時名前を見ました」
机の端に置いてある『お客様アンケート用紙』と書かれた紙一枚と、そこについているボールペンを取って、用紙の裏に定期にあった目の前の女性の名前を思い出して書いていく。
その間も奈倉さん(仮)は、頬杖をついていた。
「あと、さっき駅で警察の人が書いていた書類でもあなたの名前らしきものがありました。でも本人が奈倉嵐と名乗っていたので、書類の名前は親族か何かだと思ったんですが定期のことが腑に落ちなかったんです」
折原心亜
書き終わってそれを目の前の女性、奈倉さん(仮)に見せた。
「こんな名前じゃないですか?」
「正解正解。君もなかなかやるね」
呆気ないほど簡単に、折原さんは非を認めた。
もしかして俺を試していたのだろうか。
折原さんはふふふと笑う。
「やっぱりさー、このご時世物騒だから、あまり本名を名乗らないようにしてるんだ」
「……」
「でも君、えーっと…日吉くん?」
「はい」
「には、本名教えるつもりだったよ」
「…じゃあ偽名を名乗ったのは、疑わしかっただけですか?」
「いや、ほんの少しばかり試してみたかったんだ。今時珍しい正義感のある人だったから。まぁ、手っ取り早く言うと騙してみたかったんだよね」
ごめんね、と悪びれる様子もなく、折原さんは笑った。
気の抜ける話だが、俺の推理力も馬鹿にならないとわかっただけでもまぁ、よしとしよう。
店員がアップルティーとアイスコーヒーを持ってきた。
折原さんはストローを開け、氷をつついてから口をつけた。
でも俺はまだ一つ疑問が残っていた。
「あの、もう一ついいですか?」
迷ったが聞いてみることにした。
折原さんはストローから口を離した。
「うん、いいよ。なに?」
「…立海の生徒っていうのは、本当ですか?」
「あー、どっちだと思う?」
質問を質問で返してきた折原さんは、また愉快そうに笑った。
どっちだろうと真剣に考える俺に折原さんは見かねたのか、それは本当だよ、と言ってまたストローに口をつけた。
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