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それからどうなったかというと、彼女の言葉に怖じ気づいた男は抵抗も虚しく次の駅で降りることとなった。
俺も彼女もその駅で降りることにしたのだが、その間彼女は眉をひそめて痴漢した男を見ていた。
途中何度も時計を気にするような仕草を見せ、俺にも今何時かをきいてきた。

電車が停まって降りようとした時、ねぇと声をかけられた。
見ると白髪のお婆さんがいた。俺が落としたストラップをわざわざ拾ってくれたらしい。

どうも、と言って受けとると、偉いねと言ってくれたのだが、あれはどうも俺の中では黒歴史になりそうだ。


それから彼女と二人で駅員に男を引き渡すと、話を聞きたいからと言って俺共々別室に移動させられた。
ちなみにもう一人の男は相方を置いて電車に残ったままだった。甲斐性無しめ。

「痴漢を捕まえてくれたと彼女が言ったんだが、本当かい?」
「はい。触ってるのが見えていても立ってもいられず」
「そうかそうか。天晴れだな。でも危険じゃなかった?」
「殴られる覚悟はしてました。相手も電車の中で暴れないとは思っていたので」

そうか、と警察官は言って何かをメモりだした。その前の紙には随分いろいろ書かれていた。

「君、中学生?」
「はい。二年です」
「神奈川から来たの?」
「いえ、違います。東京です」
「そっか。じゃあ名前と学校名も教えてくれるかな。感謝状を送るから」
「日に吉に若で、日吉若。学校は氷帝学園です」
「はい、了解」

警察官の人は話が聞けたから帰っていいよ、と言って事情聴取が終わった。
最後に敬礼されたのだが、俺は小さく礼をして部屋を出た。
あれは俺も敬礼したほうがよかったのだろうか。

「あ」
「!」
「やっと来た」

キャップを被ったその人はどうやら俺を待っていたようだ。

ベンチから立ち上がり、ありがとうございました、と頭を下げられた。

「まだお礼言ってなかったから」
「あ、いえ…。無事でなによりです」
「時間潰しちゃってごめんなさい。もしかして池袋まで行くつもりだった?」
「あ、はい。そうです」

そっか、というと彼女は俺の上から下まで一通り眺めて、にこりと笑った。

「お礼に何か奢らせてください」
「えっ」
「大丈夫だよ。多分歳も近いし。君中学二年くらい?」
「そう、ですけど」
「私は中学三年。神奈川の立海。君なら聞いたことあるんじゃない?テニス強いらしいし」
「!」
「なんでテニス部だとわかったか?」

図星だ。
なんだこの人。初めて会ったのになぜそこまでわかるんだ。

すると彼女は自分の顔を指差した。

「まず顔。適度に日焼けしてるから、アウトドアの運動部だと断定できる」
「は、あ」

次に俺の右手を指差した。

「そして手首。リストバンドをしてたらできるような不自然な日焼けをしてる。リストバンドをしてスポーツするなんてテニスしかないかと思って。どう?合ってる?」
「…お見事です。学校でマネージャーか何かやってるんですか?」
「まさか。やらないよ。人より観察眼が鋭いだけ」

面白おかしな話だが、この人の言ってることは全て筋が通る。疑いの余地はない。

しかしこんな中学生がいたとは。しかも年上。跡部さんも確かに観察眼は鋭いけど、なんたってこの人は女だ。

「他にもなんでも知ってるよ。前池袋に住んでたから」
「!?」
「…その驚きようだと、何か知りたいことでもあるんだ?」
「興味本意…ですけど、そんな感じです」
「そう。じゃ、ここで会ったが何かの縁。とりあえず池袋行こうか。名前は?」
「…日吉若です」
「珍しい名前だね。私も結構珍しいって言われるの。奈倉嵐。よろしく」

そう言って奈倉さんは愉しそうに笑った。




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