01

暦上はまだ5月。池袋からここにやってきてもう一か月が過ぎようとしている。
一か月か。長いんだか短いんだか。
学校の校門が見えて耳からイヤホンを外した。ギターの音から一変して、私の耳に聞こえるのは生徒たちのざわめきだけだった。

私はどこにでもいる女子中学生である。嘘じゃないよ?これだけは本当。でも他人から見れば私は異端児なのかもしれない。

「あ、来た。女王」
「今日も歪みねー」

朝からご苦労なことだよね。男子も女子も、こぞって私を煙たがる。彼らは、この学校の生徒たちは私を『女王』などと言うが私にとってはどうでもいい。他人からなんと言われようが、私は何の影響も受けないからね。
生徒がざわつく廊下を抜けて教室に入る。
最初は私が入っただけでざわつきが止んだこのクラスも今はもう慣れたのか、誰一人教室をあけた人物を気にするようなことはなくなった。
教室には大分人がいた。そこで私に話しかけるのはただ1人。

「おはよう女王!あいかわらず今日もにやついてるね!」
「…おはようハチ。相変わらず早弁か」

一番後ろの席から一つ前にいる速水が弁当を食べながら私に挨拶した。私もそれに返した。
普段なら昼に食べる弁当を今この時間に食べるのだからすごい。そんなことを考えながら速水の後ろの席に座った。

ちなみに、ハチというのは彼女のあだ名である。私が面倒なので勝手に名付けた。
以来彼女は犬のように従順である。
誰にだって?私にだ。

「ハチっていい響きだよねー」

なぜかうっとりしている。

「ならいっそ速水ハチに改名したらいいのに」
「心亜に言われるからいいんだってば」
「意味わからない」
「わかんなくていいよ」

なんだそりゃ。
返答に飽きたのでそうかい、と答えると彼女はガツガツと白飯を胃袋の中におさめた。
そして何かを思い出したのか、あ、と呟いた。

「そういや心亜、知ってる?今日は転校生が来るらしいよ」
「知ってるよ。なんでもここにくる前にいた学校が不明らしいね」

私が笑いながらそう言うと、一瞬怪訝そうな顔をした。

「またお前学校のパソコンハッキングしたな?」
「管理が緩いんだよ。パスワードとか簡単すぎ」

ニヤニヤしながら答えるなっつーの、と言ったハチもニヤニヤしながらお茶を飲んだ。
転校生か。懐かしいなぁ。私も前はその立場だったっけ。
そんな前のことを思い出してククと笑った。素晴らしい思い出だ。

「退屈しのぎになるかなぁ」
「なるだろうねぇ。なんたってテニス部に興味があるとか書類に書いてあったからね」

『テニス部』か。『テニス』じゃないんだ。この学校のテニス部が気になるってことだから…

「ミーハー?」
「多分」

迷わず答えたハチも、その転校生が変だと感づいているらしい。

「そりゃ楽しみだ」
「B組には仁王と丸井がいるから、どっちかには手をだすだろーね」
「だね」
「その言い方じゃあどこのクラスに入ってくるかわかってるみたいだね」
「ここ、でしょ?」

私がそういうとハチはにっこり、裏がありそうな笑顔を向けた。
ちなみにB組とは私たちの在籍しているクラスだ。学校一有名なテニス部。
このクラスでテニス部員はその二人、仁王と丸井しかいない。

どんな転校生かなぁ。
ああ、楽しみだ。

「暇つぶしには、ちょうどいいかな」
「あんまおイタすんなよ?」

ニヤニヤしながら言ってきたので、私はフッ、と口を歪ませて言った。

「善処するさ」




朝教室に来たら、女王と生徒会長、速水が何やらあやしい話をしていた。
聞く耳もたてず、なぜあやしいと断定できるのかと言うと、あいつらの話を聞いててまともな会話なんて聞いたことないからだ。

あいつらの斜め前の自分の席につき、寝たふりしながら聞く耳をたてた。
今日は何を話してるんだか。

「今日は転校生が来るらしいよ」

転校生?こんな時期に?
速水の方を見そうになったが、なんとか踏みとどまる。転校生が?そんな話初耳だ。


「知ってるよ。なんでもここにくる前にいた学校が不明らしいね」

は?不明?何じゃそれどういう意味じゃ。というか、なんで折原が知っとるんじゃ。

「またお前学校のパソコンハッキングしたな?」
「管理が緩いんだよ。パスワードとか簡単すぎ」

ちょっと待てちょっと待て。今なんて言った?ハッキング?
折原が?
でも、折原ならやりかねない。教室がざわつき、二人の声が掠れてきた。俺は慎重に、二人の会話を盗み聞く。

「退屈しのぎになるかなぁ」
「なるだろうねぇ。なんたってテニス部に興味があるとか書類に書いてあったからね」

速水が言った。
俺も何も知らずにミーハーだと確づけたいわけではないけど、直感が訴えかけてきた。
ミーハー女か?

「ミーハー?」

俺の変わりに折原が答えた。

「多分」
「そりゃ楽しみだ」

何がじゃ。思わずつっこんだ。つくづく理解できん、折原の考えは。

「B組には仁王と丸井がいるから、どっちかには手をだすな」
「だね」


いつのまにか話の矛先は俺に。
手をだす、ということはやっぱりミーハー女か。
でも関わらなければ手をだすこともないじゃろ。


「その言い方じゃあどこのクラスに入ってくるかわかってるみたいだね」
「ここ、でしょ?」

まじでか。俺、餌食決定じゃなか。しかも昨日はなかった隣の机。
これ明らかに転校生のやつじゃろ。めんどくさい。どうにかならんかの。

「善処するさ」

折原の声がした。
何に善処するのかわからないが、その転校生がくるまで俺は寝たふりをしようと思う。



「転校生を紹介する」

担任が言った。
するとクラスがざわついて、それにまじって前の席のハチが体をそらせて私に向く。

「ケバいに一票」
「ぶりっ子に一票」

なんて下らない投票をすると、あれ見てよ、と斜め前にいる仁王を指差した。

「朝のあたし達の会話聞いてたのか、どことなく疲れてる」
「そうかな?私はこれからくる転校生と薔薇色の生活を育むために脳内トレーニングしてるふうに見えるけど」
「嘘でしょ」
「嘘だよ」

仁王、頑張ってよ。応援なんてしてないけど、私を楽しませてくれないかな。こっちにきてから、ほんと退屈でさ。池袋が恋しいよ。

「ほら、入ってこい」

担任がいうと、前のドアが開いた。
やってきたのは、女の子。

「転校生の牧野まなかだ。みんな、仲良くするように」

目がチカチカしている、だいぶ髪をもてあそんだ女子だった。
ほら、挨拶、と担任がはやしたてると、女子は精一杯演技しながら言った。

「てっ、転校生の、牧野まなかですっ、えと、仲良くしてくださぁい」

出たな、本性。小さい「あ」を言ったせいか前のハチは顔を埋めて笑いをこらえていた
肩が尋常じゃないほど上下している。仁王はというとげっそりしている。
クラスの男子は見とれているようだが、女子の一部はそうではないらしい。舌打ちが聞こえた。
それに気づかず笑顔を振り撒く少女。寝たフリをきめこむ仁王。賛否両論がとびかう教室で私だけがほくそ笑んだことだろう。
これはこれは、楽しくなりそうだ。私の世界じゃ、楽しいことこそが正義なのだから。





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