「愛」をもらう
どうやらこの国では、男女関係なくバレンタインにお菓子をあげる文化らしい。
朝から男も女もお世話になった上司や仲のいい同僚にお菓子を渡すのに大忙し。

まぁたまにはこういうのもいいんだろうけど、野郎が娘に菓子渡すってのは、なんだろう、私の目には違和感しかない。

まぁ私も男の部下から貰ったけど。


「あっ、なまえ中将!」
「ん?…ああ、たしぎ」


名前を呼ばれ振り返ると、たしぎがこっちへ向かって走っていた。あんま急ぐとコケる…あ、コケた。やっぱりか。

いでで、と膝をさするたしぎのもとへ歩いていき、腕を掴んでその場に立たせた。

たしぎはハッとしてすみません!と敬礼したが、手が逆だった。しかも前髪が乱れてた。

それを整えてやり、バスケットに入った菓子を一つ差し出す。律儀に両手でそれを受け取り、うわぁ、と感激の声を漏らした。


「はい、バレンタイン」
「はいっ!ありがとうございます!実は私たちも、なまえ中将にお渡ししようと…はい、どうぞ!」
「ん、ありがとう」


じゃん、という効果音と共に出てきたのは、可愛らしくデコレーションされたトリュフだった。


「おお、美味しそうだな!」
「中には、微量ですがお酒が入ってますので、なまえ中将にぴったりだなって」
「ほー…。…そういや私たち、って、なんだ?」
「あ、私とスモーカーさんから、ってことです。本当は自分であげたほうがいいって言ったんですけど、面倒だから、って。…ひどいですよね」
「いや、まあアイツらしいんじゃないか?ありがとな。あ、じゃあこれスモーカーに」
「あ、いえ、スモーカーさん甘いもの駄目で、そういうの毎年受け取らないんですよ」


もったいないですよね、と言ったたしぎは、嘘をついているわけではないようだ。
確かに、甘いものを食べているあいつの姿ってのは想像し難い何かがあった。葉巻ばっか吸ってるからじゃないのか全く。


「しかし、貰いっぱなしってのもなぁ…。あいつには世話になったし」
「あ、ではホワイトデーにお返ししたらどうですか?ちょうどスモーカーさんの誕生日ですし」
「!…そうなのか。じゃあそうする。一ヶ月後、酒でも送ると言っておいてくれ」


了解です、と元気よく敬礼をしたたしぎ。
最後なのでさすがに敬礼は右手だ、と注意しておいた。




「スモーカーさ…あだっ!」
「なにもないとこでコケてんじゃねぇよ」


書類に目を通しながら一喝すると、今度はうわあああああ、と叫び声をあげた。


「…なんだ、騒々しい」
「なまえ中将からもらったクッキーがっ…!」
「…ああ?」
「粉々に……」


ぐずぐずとべそをかくたしぎ。
確かに転んだ拍子に、ぐしゃ、と音がした気がする。


「…菓子ごときでなに騒いでんだ。手があいてんなら他の書類を」
「あのなまえ中将がくれたんですよ!?スモーカーさんの人でなし!」
「ああ!?なんでそれだけで人でなし呼ばわりされなきゃならねぇんだ!」
「すいませんでしゃばりました!!」


イライラしながらまた書類に目を戻す。
たしぎは立ち上がり、どこへ行くのかと思ったら部屋の隅に移動して壁に向かってため息をついていた。

そんなに大事か、あの女からの菓子が。


「はぁあああぁー………」
「……割れようが割れまいが品質に変わりはねーだろ」
「…はぁあああぁー……」


一瞬こっちを見たくせにすぐまたため息つきやがった。
くそ、面倒くせぇな。


「…新しいの貰ってきてやる」
「え?」
「どうせおれの分は貰ってないんだろ。俺のやるから機嫌直してさっさと仕事しろ」
「え、でもこっちの…」


割れたほうは?と、たしぎが控え目に聞いてきた。


「…おれの机に置いとけ。あとで食う」
「…!はいっ!ありがとうございます!」


あー畜生、面倒くせぇ。
おれは甘いの苦手なんだよ。


prev next

bkm
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -