二年間付き合った彼女と結婚したいと考え始めたのは、俺が晴れて刑事になった日のことである。
危険と隣り合わせな仕事だが、女一人養うことはできる。最もまだ新人だったから、安定した生活を送るにはもう少し頑張らないといけなかった。
そんな俺の意思とは裏腹に、彼女は彼女で企んでいた。
「私、探偵やるから」
「…は?」
パスタを巻く手が止まった。
シアンはパスタに粉チーズをかけながら、そういうことだから、と続けた。
「た、んてい…?」
「うん。大学教授の友達が探偵事務所してたんだけど、その人が亡くなって今事務所すっからかんなんだって。で、私の頭脳を買ってくれて。今のところより家賃安いし面白そうだし」
「ちょ、ちょちょ、待て待て、待ちんしゃい」
俺が説明を要求しようとしたら、シアンはパスタを口に入れようとする寸前で、凄く嫌そうな顔で俺を見た。
「…いや、食べてええよ」
そう言うと何も言わず口に入れる。口に入れて喋れない間に俺は不満をぶつけることにした。
「…探偵?正気か?っていうかなんで俺になんの相談もなしに決める?事務所ってどこ」
「アルゴン街221B。署から車で5分くらい?」
「署から車で5分なら、俺の家から45分じゃ!今の部屋はどうなる!?」
「もう売って、荷物は事務所に運んだ」
「待て待て待て待て!そんなもん一人でできると思って――」
「教授の甥っ子が助手してくれるし大丈夫だよ」
「甥!?男!?待っ…!何歳じゃそいつ!」
「同い年」
「はぁ!?ちょっ…俺は、お前と同、」
「色々考えたんだよ私だって。一人で生きるにはどうすればいいかなって。仁王が刑事になったんだから私も手に職見つけて生きてやろうって考えたの」
「…ッ!?」
つまりそれはあれか!?
お前は俺なんかに頼りにしてないってことか!?
っていうか
最初から二人で暮らそうとは、思ってなかったんか!?
今思えば、俺はあの時嫌が応でも彼女を説得して探偵を辞めさせ同棲するか、
後腐れなくふるべきだったのだ。
それから一年後。
シアンと助手の忍足の探偵事務所は俺たち警察からも絶対的信頼を寄せられるくらい実力を持った事務所になった。
俺はシアンをどうにかして探偵業から足を洗わせるべく、というか結婚するべく、スピード出世を成し遂げた。
やり手な探偵とエリート刑事の俺たちカップルは有名と言えば有名になり、こうなればシアンも結婚を考えると思ったが
「は?結婚…は、考えてないけど」
と言い放ち、俺に深い傷を負わせた。
一緒に住むだけだと妥協案を提案してもシアンは首を縦には振らなかった。
「…どうしてこうなった…」
俺の不満をシアンがわかってくれるとは思ってない。惚れた弱味とは、まさにこのことだ。
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