▼ 14
「アンナ、ストップ」
これ以上長居するのは俺のモラルに反するので、がさごそと段ボールを漁るアンナに打ち切りの印として手を伸ばし、「NO」を主張した。
アンナは振り向き、俺の手のひらと顔を交互に見ると、よくわからないのかまたクエスチョンマークを浮かばせた。
うーん、なんつったらええんかな。
「あー…。今日はもう遅いし、また今度見せてくれ。明日も学校やし、今日はお開きにしようや」
「オヒラキ?」
「えーっと…終いゆーこっちゃ。終わり。また明日、な?」
「Oh!わかりマシタ。また今度ネ」
にこりと笑い、また段ボールを閉めたアンナ。
ああよかった。通じた。かんしゃく起こされたりしたらどないしよう思ったけど、聞き分けががええ奴で安心した。
異国文化はようわからん。フランスについて勉強するかな。
…うん?いや、俺がそんなことする必要ないやろアホか。
たまたま近所にフランス人が引っ越しただけやん。なんでわざわざ俺がこいつに合わせなアカンねん。
あーやばい。
こいつに毒されてきとるな、俺。
目の前にいるアンナに失礼だと思いながらも、俺はなるべく目を合わさないようにしながら立ち上がった。
「!」
そして目に入った、一つの絵。
それは壁に掛けてある時計の斜め下にあった。
鮮やかな緑色と、力強い茶色の木々。幾重にも重なったオレンジ色のレンガ。絵の中央で舞っている子供。
あれ、こんなんあったか?
「あ、コレ?」
俺の目線に気がついたのか、アンナは絵を指差した。
その絵を見ていたことを知られ、少し恥ずかしいような、驚いたような変な気分になったが、俺はああ、と呟いた。
「…綺麗やな。お前が描いたん?」
「ソウデス」
「え」
冗談で言ったつもりだったのに、予想外の答えが返ってきて驚いた。
これを、こいつが?
絵とアンナを見比べた。人は見かけで判断すんなってことやろか。
「…」
それにしても、上手い。まぁ下手って言う奴もおるやろうけど。
上手いっちゅーか、俺好みの絵。
「…なぁ」
「?」
「あの絵、俺にくれへん?」
「?くれ…?」
「…!いや、ちゃうねん、今の無し。忘れて」
「?」
あぶなっ。何言っとんねん俺。
しかもこいつ、理解してへんし!
「…?光、帰らナイの?」
もっともなことを尋ねるアンナ。
ホンマや、いつまで俺ここにおる気やねん。
14#絵
玄関まで送ってくれたアンナ。靴を履いてから振り向くと、こいつは何が面白いのか、ニッコニコ笑って手を振った。
それを見て、どっと疲れが襲ってきた。何で俺だけこんな疲れてんねん。
「…帰るわ。また明日な。えっと…サリュー」
「ハイ、Salut!」
ようし帰ろう、とドアを開けると、おや、と野太い声が聞こえた。
振り向くと、アンナの後ろに親父さんがいた。
「あ…夜分遅くにすんませんでした。お邪魔します」
「もう終わったのかい?早いね」
「…」
おとなしい顔して何言っとんねんこの人。そしてアンナ、お前もいつまで笑ってんねん。
この親子、絶対おかしい。
俺は全速力で家に帰った。
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