氷帝
氷帝学園。
とある朝の練習風景。

「転校生?」

司がすっとんきょうな声を上げた。朝早く起きてやりたくもないマネージャーをしているということ、そして何より彼は低血圧な人間なので、この時間はいつも不機嫌である。

忍足の言った朝一番の情報にも態度を変えず、司は眼鏡の奥の眼光をさらに鋭く、そして目の下のクマを濃くした。

「どーせガセだろ。くだらねぇ」
「そうでもないんちゃう?さっき黒い車から知らん女子が父親らしき人と校舎入ってくの見たし」

司の切り捨てに忍足は冷静に対処した。
だが司は腑に落ちないのか、いや多分興味すらないのだろう、大きなあくびをした。

「ま、どーでもいいわ」
「もうちょっとは驚いてぇな。疲れてるお前の為にせっかく仕入れた情報なんに」
「ごめん、全っ然興味ないわ」
「なんて酷い切り捨て方。いや多分本当やで。しかも俺らと同学年」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「実は全部跡部から聞いてん。せやから今日の朝、緊急に朝礼や言ってたで」
「ホクロから聞いた?じゃあ俺は信じねぇ」
「少しは信用せぇや、自分」

ちなみに司の言う『ホクロ』とは跡部のことである。ちなみに跡部は司のことを『黒ブチ(メガネ)』と呼んだり呼ばなかったりする。

二人の間にある溝は広がるばかりで深まることは一向に無かった。

そんな二人のうち今目の前にいる一人を見兼ねた忍足は、ハァ、とため息と苦笑いをした。

「ホンマ、跡部嫌いやな」
「…嫌いっつーか気に食わねぇんだよ。あの澄まし顔とセンター分けと性格が」
「それ全部ちゃう?」

忍足が冷静に突っ込んだ。
ではこうしよう、質問を変えよう。

「なら、跡部の好きなところは?」
「ねぇよ。あってたまるか」
「じゃあ、これだけは認めてるとこは?」
「……なんだろうな。テニス?俺だったらガキの頃からやっててもあいつには負ける気がしなくもないけどやっぱり俺が勝つと思う」

ああそうですかと反応するしかできなかった忍足は、ラケットをくるくる回しながらまたため息をついた。

「なんだかなぁ…二人に共通の敵ができたらエエのになぁ」
「なんで」
「よくあるやん、敵対しとった間柄やけどお互いに邪魔な存在が現れたら、お互い協力して…みたいな。なんやったっけ、呉越同舟?」
「ないない、絶対ねぇよ」

司は全てを悟ったように笑った。

「あいつと俺に共通な敵がきたら真っ先に俺は敵側につくね。そして敵と一緒になってあいつをボコす。あいつも俺相手だったらきっとそうするだろうよ」

そして最後に不機嫌な顔でハッと笑い、コートを出て行った。

(…あいつらの敵にはならんようにしよう)

忍足はそう心に誓い、無表情でコートへ入って行った。